No.084

News 94-12(通巻84号)

News

1994年12月15日発行

紀尾井ホール オープニングシリーズ 記者発表

 新日本製鐵株式会社創立20周年(1990年)の記念事業として千代田区紀尾井町に建設が進められている紀尾井ホールは来年の4月にオープンする。オープニングに先だって、11月15日にオープニング・シリーズの記者発表が隣接のホテルニューオータニで行われた。

紀尾井ホール外観

 四ッ谷見附から赤坂見附を結ぶ紀の国坂(外堀通り)はユリの木の並木に縁取られた美しい道である。右に迎賓館、左は上智大学のグランドをとおして桜の名所である外堀の土手が一望できる。紀尾井ホールはこの土手の上に白い壁を覗かせている。

 この施設はクラシック専用の800席のホールと邦楽専用の250席の小ホールとで構成される。当初はクラシック専用のホールとして出発したが、途中で施主側から邦楽についての強い要望があり、最終的には二つのユニークな専用ホールを持つこととなった。東京のホール事情を考えるとき、この800席のコンサートホールと邦楽専用のホールの誕生によって新しい音楽活動が展開されるであろう。

 東京でクラシック専用に使用されている小ホールは都心に限ってみても220席の音楽の友社ホールから649席の東京文化会館小ホールまで7ホールがある。このような状況から考えると、800席の紀尾井ホールは規模からいって、中ホールよりの小ホールという感じである。しかも室容積の点では9,380m3と、1,500席の多目的ホールに相当する空間である。在来の小ホールに比べてひと回り大きいこの空間は、従来の小ホールとは違った余裕のある新しい響きが期待できる。

 記者発表会の当日、指揮者の尾高忠明氏から“室内楽より大胆に、オーケストラより繊細に”という室内オーケストラの構想が発表されたが、これはそのままわれわれの音響設計のコンセプトに重なったという印象であった。また、小ホールはわが国では初めての邦楽専用の施設であり、邦楽関係者から大きく期待されている。この種のホールについては音響設計資料が少ないだけに、資料の収集をしながら設計を進めてきたというのが実情である。

都心の小コンサートホール

 オープニングシリーズの発表にあたって、紀尾井ホールの自主企画の方針について、新しく組織された(財)新日鐵文化財団の林事務局長から説明があった。特色は国内の音楽界に重点をおいた内容であった。音楽活動の中心は尾高忠明氏をミュージック・アドヴァイザー/首席指揮者とするレジデンス室内オーケストラ「紀尾井シンフォニエッタ 東京」による演奏活動である。この室内オーケストラは、リハーサルもこのホールで行うという本格的なレジデンスオーケストラで、古典、バロックから現代まで幅広い作品を取り上げて行くとのこと、アンサンブル金沢にみる質の高い演奏活動が期待される。

 室内楽、リサイタルとしてはこれまでの新日鐵コンサート、新日鐵音楽賞をとおしての音楽界への関わり合いからプログラムが企画された。東京の室内楽、リサイタルはより一層賑やかになるであろう。

 邦楽というのは、東京でもいくつかのホールで演奏活動が行われているようであるが、一般の人にとっては、邦楽は歌舞伎の下座音楽として、あるいはNHKの放送などをとおしてしか接することのなかった分野である。私はかって、カザルスホールで邦楽を聴き、その繊細な音色にうたれたことがあるが、いよいよ邦楽専用ホールで人間国宝級の名人の演奏が聴けることになる。オープニングシリーズでは、三味線音楽を中心に江戸の音曲が繰り広げられる。

 オープニングは4月2日の午後3時、「紀尾井シンフォニエッタ 東京」のデビューコンサートで開幕する。曲目はショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番ほか、ピアノは野島稔、引き続いて6月19日まで4回の公演が行われる。

 リサイタル、室内楽については、4月14日の新日鐵音楽賞受賞者コンサートを皮切りに、紀尾井オリジナル・アンサンブル・シリーズ、アーティスト・プロデュース・シリーズ、その他によって7月初旬まで多彩な内容のコンサートが続く。一方、音楽事務所による協賛コンサートとしてゲヴァントハウス弦楽四重奏団ほか海外演奏家によるコンサートも確定している。

 邦楽の柿落し公演は5月9日、長唄「翁三番叟」、三曲「松竹梅」、引き続いて、清元、常磐津、義太夫などが6月末まで行われる。

 本ホールの音響設計であるが、新日鐵という超大型企業だけに、設計組織も複雑であり、関係した有識者、コンサルタントは数多く、様々な主張が入り交じる中での業務であった。したがって、模型実験一つとっても、徹底したスタディが要求された。なお、最終段階の音響特性の測定は年末から正月にかけて行う予定である。音響設計の概要とともに、音響特性の紹介は後日にしたい。なお、プログラムの詳細、チケットの購入については紀尾井ホールチケットセンター(Tel:03-3237-0061)まで。(小野 朗 記)

今年のホール界を振り返って

 昨年と同様、明るさの見えないままの一年であったが、ホールの建設の勢いは続いており、今年は宮崎市、所沢市、浜松市、与野市などに大型の文化施設がオープンした。今年のホール界に感じたことを述べてみたい。

豪華になった総合文化施設

 熊本県立劇場、東京芸術劇場、愛知芸術文化センターなどで始まった大型文化施設が今年は宮崎、浜松などの地方都市に、また東京近郊では鎌倉、横須賀、所沢、与野市などに一層豪華な施設として誕生した。これらの施設は専用劇場で構成されているという点が、これまでの市民会館、県民会館との大きな違いである。この勢いを受けて、富士市、福山市の新しい文化会館のように、多目的対応をベースに持ちながらも、専用劇場に限りなく近づける仕組みをもったホールで構成された会館が誕生した。これも今年のホール界の特徴といってよいであろう。もちろん、建設費も従来の枠をはるかに越えている。したがってこれらの会館は一段と豪華になり、ホールの内装、ホワイエ、ロビーはいうまでもなく、ステージ裏のオーケストラロビー、レストランから階段の手摺一つにまでも、建築家のデザインの手が浸透していることを感じる。

 このような施設の豪華さとは裏腹に、一部の文化施設の運用の貧しさがマスコミにも取り上げられるようになった。また、関係団体でホール運用をテーマにシンポジウムが開催されたこともこの問題が深刻に受け止められていることを物語っている。たしかに、勢いのあるホール、勢いのないホールの格差は明確になっているように思う。これには会館の企画、運用、サービスといったオーナー側の姿勢が大きく関与していることは事実であるが、周囲の観客、聴衆の文化活動に対しての意識、関心も大きなファクターではないかと思っている。われわれとしては、勢いのあるホールの実態をいろいろな形で紹介してゆきたいと考えている。

ガラスのホール、円形のホール

 コンサートホールの原形はシューボックスであるといってよいであろう。その枠から抜け出した空間として、客席ブロックを段々畑式に配置したワインヤードといわれる空間が生まれた。内外のコンサートホールはこの二つの様式のいずれか、あるいはその変形としてとらえることができる。さらに、内装についても石、コンクリート、漆喰、木、ボードという風にその素材はほぼ決まっている。ホール空間はその形も内装も建築デザインの対象としては自由度は少ない空間であることは間違いない。

 建築家にとって、このお決まりの様式からなんとかして脱皮したいという気持ちが起こるのは当然であろう。これまでも、小ホールなどには円形の平面型のホールもなくはなかった。しかし、一部の建築家によって音響の教科書を無視する形状のホールが誕生し運用に入っている。さらに、ホールの内装にガラスを使用したホールが現れている。最近、当事務所で関わっているホールの一つに、楕円の平面形に加えて周壁が総ガラスという徹底したデザイン指向のホールがある。

 ホールの楽器としての側面を考える限り、伝統的な構造、材料に制約があるのは当然である。しかし、かつての絵画運動でフォービズムやキュービズムが新しい感動の世界を拓いたように、伝統に反する空間から将来新しい音楽が生まれることを期待したい。クラシック音楽にとどまる限り、この種の空間は自然に淘汰されて行くであろう。現在のクラシック音楽にはそれだけの伝統の重みがあるのである。

新しい聴衆

 “軽やかな聴衆の誕生”、これが渡辺裕氏の著書「聴衆の誕生」(春秋社)の基調にある現代のコンサート風景であった。たしかに今年もガラコンサート、コンサートオペラ、年末恒例の第九からジルベスターコンサート、ニューイヤーコンサートなどの賑わいは渡辺氏が指摘するように、水平方向へと聴衆の意識が拡散していることを物語っている。先日、歌舞伎を観る機会があったが歌舞伎も同じである。軽やかな観客を意図した演出であった。しかし、この著書が生まれたのが1989年、既に5年になる。その後バブルの崩壊もあった。聴衆の様相も変わってきている。海外のオーケストラの来日公演に空席がめだったことも、聴衆の変化を物語っている。

 一方で、小ホールでの演奏会には渡辺氏が19世紀の名残りだと指摘する真面目な音楽(E-MUSIK)を求める聴衆がいることをいくつかの演奏会から強く感じた。垂直方向の動きも確実に成長しているのである。

 渡辺氏の著書には、18世紀、貴族社会の人間関係を維持する目的の社交の場として演奏会があったことが記されているが、今日、仲間意識で結ばれたグループによる音楽への参加という形の新しい聴衆が目につくようになった。ここには音楽より先に人間関係があり、参加する催し物が限られているのが特色である。

ボーズ社のホーンスピーカ

 話しは大きく変わるが、ホーンスピーカに執拗に反発してきたボーズ社が今年ホーン型のスピーカを発売した。時間の都合で発表会には行けなかったが、参加者の話しによれば、他社とのスピーカとの優位性について技術的な説明が続いたとのこと。詳細は分からないが、ホーンそのものを否定してきたあの基本的な考えをどう処理できたのであろうか。米国流の論理で押し切ったのであろう。社会党の姿勢の転換を思い出した。

NEWSアラカルト

W.サヴァリッシュ氏、サントリー音楽賞特別賞を受賞

 1964年以来来日し、NHK 交響楽団の指揮者として活躍されてこられた指揮者のサヴァリッシュ氏の活動に対して、サントリー音楽賞の特別賞が贈られた。受賞式は11月21日、N響のサントリーシリーズのコンサートの前に佐治会長から表彰状と賞金が手渡された。

日本近代音楽館、第18回音楽之友社賞を受賞

 この施設は1966年遠山音楽財団付属図書館として出発し、1987年に日本近代音楽館として発足した。発足以来の資料収集活動にたいして今回の賞が贈られた。

第24回モービル音楽賞

 邦楽部門を一中節の都一いきさん、洋楽部門を作曲家の松村禎三氏、洋楽部門奨励賞をテノール歌手の錦織健氏が受賞した。

サントリー社“メセナ大賞´94”を受賞

 サントリーホールの運営と活動に対して企業メセナ協議会から表記の賞がサントリー社に送られた。

コンサート事情と案内

フランソワ・クープラン 修道院のためのミサ

 11月20日、田園調布カトリック教会において、フランソワ・クープランの「修道院のためのミサ」がミサの儀式として行われた。企画されたのがオルガニストの平井靖子さん、司会は上智大学神学部教授の古山登神父、グレゴリオ聖歌は三軒茶屋カトリック教会主任司祭のジョヴァンニ・プッチ神父であった。先月号で下井草教会のパレストリーナのコンサートを紹介したが、今回はカトリック教会で行われる本格的なミサであった。平井さんのオルガンがひときわ輝いていた。

満田抗チェロリサイタルのお知らせ

 現在桐朋学園の嘱託をされている満田抗氏のチェロリサイタルが12月26日7時より、府中の森ウィーンホールで開催される。曲目はベートーヴェン、プーランク、ブラームスその他。ご来場をお願いします。