碧南市芸術文化ホールのオープン
愛知県碧南市に建設が進められてきた“へきなん芸術文化村”が完成し、併設の市民図書館とともに芸術文化ホールが7月17日オープンする。(設計・監理:(株)久米設計名古屋事務所、施工:戸田・白竹・梶川・木村建設共同企業体)
芸術文化ホールは、452席のコンサートホール、316席の演劇ホールの二つの本格的な専用ホールを中心に、屋外の客席と一体になる可動外壁を持つスタジオ等で構成されている。建設にあたっては計画の段階から名古屋大学の清水裕之助教授、N響団友の平井光氏、演出の佐藤信氏、舞台美術の内山千吉氏の方々がコンサルタントとして参画された。オープンに先だってコンサートホールは、碧南市の“碧”からイメージされる“エメラルドホール”、演劇ホールは、“南”をとって“シアターサウス”と命名された。
“エメラルドホール”はクラシックコンサート用としての雰囲気と音響を備えたホールとして計画され、平井氏のアドバイスのもとにつぎのような方針で音響設計を行った。
- ホール形状はワンフロアーのシューボックス形とする。
- 12m以上の高い天井高と、1席当り10m3以上の容積を確保する。
- 内装は木の雰囲気を基調とし、一部に石を併用する。木はできるかぎり厚みのある木板を使用し、下地骨組みを構造的に堅固なものにする。
- 音の響きはバロック音楽に適するように、“クリアー、爽やか、素直な響き”を目標に、低音の残響時間をあまり長くしない。
- 多少響きの量を調整できるように、簡易な残響調整設備を設ける。
- ホール内の騒音はNC-20以下にする。
ホール内装に本物の木を使用することには制約があるが、設計者の熱意で客席側壁、後壁はすべて木板仕上が実現し、もっとも厚い部分は下地を含めて50mm厚の木の積層壁となっている。残響時間は空席で2.2秒(500Hz)、客席両サイドのギャラリーに設けられた残響可変用カーテンと吸音パネルによって約0.3秒の可変ができる。
“シアターサウス”は分割迫り形式のステージ、走行式プロセニアム、可動観客席等の可変機構と、客席天井部にも自由に照明等の仕込みができる吊り装置によって、様々な形式の演劇、イベントに対応できる多目的演劇ホールである。コンサートホールが別にあるので、本ホールには音響反射板や客席天井の反射面を設ける必要がなく、そのぶん劇場としての舞台設備の充実が図られている。音響的には演劇用に響きを抑えた設計で、空席時の残響時間は客席を劇場形式に設定した状態で1.1秒(500Hz)である。
オープン前の6月4日、“エメラルドホール”用として購入されたスタインウェイ、ベーゼンドルファー、カワイ、ヤマハの4台のフルコンサート型グランドピアノの試奏整音の会がN響の本荘玲子さんを迎えて行われた。ホールの音響設計の仕事をしていても、これだけのコンサート用ピアノを一流ピアニストによる演奏で聴き比べられる機会はそうあるものではない。試聴の印象は、このように間を置かないで聴き比べると、ピアノによる音の違いがかなり鮮明だということである。これまでの言葉だけの情報を自らの耳で確認できたことは貴重な体験であった。音の良かったのはどの銘柄?という質問には、好みもあるので答えは控えさせていただくが、それぞれの音には個性があり、それをどう評価するかということであろう。じつはこの試奏は、ブランドの聴き比べが本来の目的ではなく、それぞれのピアノに対してステージ上の位置や残響可変の最良条件をつかむために行われたものである。この試奏会により、ピアノによって微妙に異なる最適条件が明らかになり、この結果は今後のホール運用に生かされることになる。弦楽器を対象とした試奏調整も平井氏によりすでに終わっており、オープンを控え、音についての準備は万全である。
本ホールの音響設計を担当して感じたことは、関係者が“最高のホールを創ろう”という共通の目的意識のもとにチームワークが良く、仕事がスムースに進められたことである。このエネルギーが新しいホールの質の高さに結実しているように思う。市民の方々に広く利用されるとともに、多くの方に見て、聴いていただきたいと思っている。
オープニングイベントは7月17日から両ホール・図書館で多彩なプログラムが組まれている。足の便は名古屋からJR東海道線の刈谷駅で名鉄三河線に乗換えて北新川駅下車徒歩5分、名古屋から約1時間である。
問い合わせ先:
碧南市芸術文化ホール Tel:0566-48-3731 (中村秀夫 記)
京都市コンサートホール・オーケストラステージをめぐる実験
平安建都1200年記念事業として建設が進められている京都市コンサートホールでは、よりよい音響を目指して、ステージの床構造材の選定とオーケストラ迫りの使い勝手の検討が進められている。
これまでのコンサートホール音響学は、どちらかと言えば客席空間の音響条件に焦点があてられており、ステージ空間の条件についての研究の歴史は浅い。特にエンドピンを直接床に立てるチェロ・バスと高弦とのバランスや、演奏台に乗ったチェロの音色など、ホール・演奏者により印象が様々であることから、ステージ床も音響上重要なポイントであることは容易に想像がつく。また音楽関係者の間での床材の張り方についての論議もよく耳にする。しかし特にステージ床材・構造については、明確な設計指針・資料のないのが現状であった。今回このホールの計画・建設関係者と、このホールがホームグラウンドとなる京都市交響楽団の協力を得て、様々な論議のあるステージ床材と床組構造の選定のための試奏・試聴実験を実施することができた。最近、デンマーク放送コンサートホールやサンフランシスコ・デーヴィスホールの改修にあたって同様な試みが行われたと聞く。
ステージ床と一言で言っても、その材質・厚さや下部の支持構造・空気層深さなど様々な組み合わせが考えられる。ここでは我々が関わったホールの例を参考に、つぎのような点に着目して実験を行った。
- 床材樹種のちがい :檜・米松・ナラ他
- 厚さのちがい :30mm~70mm
- 下張り合板の有無
- 板張り方向のちがい
- 床組構造のちがい :根太・大引間隔の違い
- 下部空気層深さのちがい:約200mm~800mm
試験体の大きさは、低弦用オーケストラ迫りの大きさ1.8m×1.5mである。試験体2体ずつを並べて、ヴァイオリン・チェロ・コントラバス・ティンパニーの各奏者による試奏と関係者による試聴を繰り返した。
30を越す組み合わせのなかには違いの微妙なものもあったが、結果からはつぎのような傾向が読み取れた。
- 鳴り方の印象で、“ふくよか”な鳴りを好むグループと、明瞭な音を好むグループに大別できる。
- 楽器によって好ましい構造に違いがありそうである。
- 床厚については樹種により違いはあるものの、薄すぎず・厚すぎずで適当な厚さの範囲がありそうである。
- 聴衆に対する床板の縦張り・横張りのちがい、床組構造のちがい、下部空気層深さのちがいは明確ではない。
海外のコンサートホールのステージ床についての資料はほとんど見当たらないが、わが国の伝統芸術の“ひのき舞台”に使用されており、日本・台湾特産樹種である檜が、今回の試験体のなかで比較的バランスのよい鳴り方をしていたのが興味深い。
なお、床構造の検討とは別に、オーケストラ迫りの分割のあり方、各ブロックの寸法についても、指揮者の井上氏、京響の方々の意見を聞きながらテスト演奏を重ねている。その経緯、結果についてもいずれ報告の予定である。(小口恵司 記)
本の紹介
歌う生物学 本川達雄 著 講談社 定価1500円
本ニュース93年3月号で紹介した“ゾウの時間、ねずみの時間”(中公新書)につづく生物学の本である。歌う生物学という標題の意味は、講義の内容を歌にして教えているという、最近の学生の反応から生まれた先生の知恵ともいうべき意外なものであった。
まず、プロローグとして、歌う生物学が生まれたてんまつ記で始まる。そして著者が生物のサイズの研究を始めた沖縄の島の豊かな自然と、そこで独自の研究を続けておられた恩師の紹介がある。ついで、ナマコやサンゴの生態、動物と椊物の構造の特色についてのユニークな解説がある。最後にアメリカでの研究生活から、日本とアメリカの学者の研究に対しての考え方、姿勢の違いが「科学と仮学」という章でまとめられている。音響の部門でも、何故アメリカでこんなに、といわれる研究があるが、その理由が納得できる。
ユニークな目次を紹介しよう。
プロローグ.「歌う生物学」てんまつ記
1.せんばる音頭─小さい島の大きな自然
2.サンゴのタンゴ─海の砂漠に万里の長城
3.ナマコの教訓歌─砂を食べてるスゴイ奴
4.動物は動く─サイズで違う動物のエンジン
5.椊物は光の子─じっと立ってる地球の王者
6.ナマケモノの歌─身の丈知ったる利口者
7.スケーリング音頭─大は小を兼ねず
8.科学と仮学─ハンバーガーは寿司を笑えるか
エピローグ.やはり、人間は特殊な生きもの
ほんとうのあとがき
生物学に無縁な人でも面白く読める好著である。