No.434

News 24-11(通巻434号)

News

2024年11月25日発行

ドイツでのコンサート体験

 先々月からのパリ、ブダペストに続き、本号ではドイツでのコンサート体験を紹介したい。訪れたのは、コンサートホールの歴史の中で革新的だったベルリンフィルハーモニー。それと、約7年前にオープンしたハンブルグのエルプフィルハーモニーである。

ベルリンフィルハーモニー Großer Saal(2,440席)

 言わずと知れた、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の本拠地である。大ホールがオープンしたのは1963年で、東京文化会館(1961年)やニューヨークフィルハーモニックホール(1962年)と同時期に建てられたホールである。オーケストラの芸術監督をヘルベルト・フォン・カラヤンが務めていた時代に、音楽をホールの中心に置きたい、という強い要望を建築家ハンス・シャロウンと音響学者ローター・クレマーが実現化した。このホールの設計が行われていた時代は、室内音響的に初期反射音が有益であることが判明し様々な実験が行われ始めたばかりの頃である。そのような中で、壁から遠い客席は小さな「テラス壁」を周囲に設け、初期反射音を届けようというアイディアで、今でこそ一般的となった「ヴィニヤード型」が実現した初めてのホールである。音響的な確認には縮尺模型実験が行われた。コンピュータが手軽に使えない時代に、3次元的に複雑な形状が図面化、施工された新しい形のホールに、オーケストラが慣れ、世界中から聴衆が集まるようになるまでに至った関係者の気苦労は計り知れない。

ベルリンフィルハーモニー 大ホール外観

 訪れた日はベルリンフィルハーモニー管弦楽団が不在で、ベルリン・ドイツ交響楽団(DSO)のシーズンフィナーレであった。DSOもこのホールで定期公演を行っているオーケストラである。指揮は音楽監督のロビン・ティチアーティ、ピアノにエマニュエル・アックスを迎えた「ウィーン音楽の神髄」と綴られたコンサートである。プログラムはハイドンの弟子、マリアンヌ・フォン・マルティネスのシンフォニーで始まり、モーツァルト(マルティネスのサロンに出入りしていた)のピアノ協奏曲25番、最後はハイドンの交響曲104番「ロンドン」。前半は舞台後ろの1段目下手側ブロック、後半は正面3段目の下手側ブロックで聴いた。

大ホール 正面側の席から

 前半は良く言えば音が柔らかく、悪く言えば芯のない音で迫力が感じられなかった。舞台正面側で聴いた方も同じような印象だったそうで、場所だけのせいではなかったようである。ところが後半の正面席では、編成があまり変わらないにも関わらず音量感が格段に上がり、迫力も生まれ、全く違うオーケストラに変わったかのようであった。しかしベルリンフィルハーモニー管弦楽団の、音が舞台中から勢いよく湧き上がってくるかのような迫力までは感じられなかった。個人的な感想として、特に後半はラジオフランスほどの音像の近さはないものの、十分な明瞭さがあり、音に豊かに包みこまれる感じの中でオーケストラを堪能できる演奏会であった。

大ホール 舞台裏の席から

ベルリンフィルハーモニー Kammermusiksaal(1,180席)

 1963年の竣工当時は大ホールだけだったベルリンフィルハーモニーに、1987年に室内楽用ホールが増設された。設計者はハンス・シャロウンの弟子で、大ホールも担当していたエドガー・ウイスニウスキー、音響設計はローター・クレマーである。大ホールとは建てられた時期が20年以上違うものであるということが全く感じられない程デザインが統一されており、一体感があった。

 訪れた日のコンサートは、RIAS室内合唱団とチェロ、リュート、ピアノ、オルガンによるハインリヒ・シュッツ(1585-1672)のバロック音楽とカール・アマデウス・ハルトマン(1905-1963)の現代曲であった。前半は舞台正面2段目の上手側ブロックで、後半は舞台後ろ1段目の下手側ブロックで聴いた。お客さんの入りはおそらく40%程で、舞台の後ろ側にはほとんど誰もいなかった。

小ホール 正面の席から

 プログラムはどれもレクイエムや葬式のための曲で、明るい気持ちでは聴けなかった。気持ちが盛り上がらなかったこともあるが、音の印象も少し寂しく、ホールの見た目に反して響きが短く、包まれる感じもあまりない、という感想である。歌自体は前半の席ではとてもクリアで、美しく澄んだハーモニーを聴くことができた。後半は合唱を後ろから聴くことになったが、人の声の指向特性が前向きに強いこともあり子音の判別が難しくこもった聴こえ方であった。次の機会には、このホールでは弦楽アンサンブル等の器楽を聴きたいと思う。

小ホール 舞台裏の席から

エルプフィルハーモニー Großer Saal(2,100席)

 施設については、本ニュース350号(2017年2月)を参照していただきたい。このホールでは、他ではあまり経験したことがないユニークな取り組みの一つに、ホワイエの開場時間とホールの開場時間がずれている、ということがあった。いくつものバーやラウンジが分散して配置されたホワイエでの滞在時間が半ば強制的に作り出されており、あちこちで人々の交流が生まれていた。

 ここではコンサートを二回聴くことができた。一つはレジデントオーケストラのNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(NDR)とアラン・ギルバートのシーズン最後の定期演奏会。もう一つはウィーンフィルハーモニー管弦楽団(VPO)とクリスティアン・ティーレマンの演奏会である。どちらのコンサートも空いている席は見当たらなかった。

NDR のコンサート 前半の席から

 NDRのプログラムは、前半がスメタナの「わが祖国」第1曲とモーツァルトのバイオリン協奏曲第3番、後半がドボルザークの交響曲第9番「新世界より」。前半は上手側2段目のバルコニーで、後半は上手側1段目のバルコニーで聴いた。聴きなれたはずの曲が、普段よりも迫力があり、身体全体でコンサートを楽しんでいるという感覚になれた感動的なコンサートであった。前半の席ではオーケストラの音像が良くまとまっており、音量感、明瞭度もとても聴きやすいバランスであった。後半の席は前半よりもオーケストラに近くなり、演奏者がとても嬉しそうに演奏しているのが良く見えて、オーケストラの広がりの一部に自分もいるかのような感覚であった。弦、管ともに良く鳴っていて楽しい演奏会であった。

NDR のコンサート 後半の席から

 VPOは、前半がメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」、後半がシュトラウスの「英雄の生涯」、アンコールはシュトラウスのオペラ「カプリッチョ」より「月光の音楽」。全体を通して、1階席のやや下手側で聴いた。VPOは、ホールが変わっても弦楽器の柔らかくかつ力強い響きが特徴的だなと感じる。NDRの時よりも厳格でやや緊張感のあるコンサートであった。二回の演奏会で座ったどの席も、低域に支えられた豊かな響きと高い明瞭さが両立していることと、演者と共にいるという臨場感を強く感じられた。

VPO のコンサート

 今年のヨーロッパ視察では、様々なヴィニヤード形式のコンサートホールでのコンサートを連日体験することができた。ホールの違いだけでなく、席ごとにそれぞれの聴こえ方があるものの、改めて舞台を近く感じられ明瞭度が高い音になりやすいのだろうという印象を感じた。音響以外の面では、エンドステージ形式のホールよりも視覚から来る高揚感が大きく、会場全体の一体感も強くなりやすいように思う。ただホールの評価は、1回のコンサート体験でできるものではないし、演奏次第で良くも悪くもなることに注意したい。良い音楽を生で、”良く鳴る”空間で聴く体験は特別なものだと強く再認識する視察であった。(鈴木航輔記)