音楽の家 House of Music Hungary
9月上旬、2022年初にオープンしたHouse of Music Hungaryを訪れる機会を得た。この施設内のイベントホールとレクチャーホールの音響計画については、本ニュース404号(2022年2月号)で紹介した。オープン時はまだCOVID-19の影響が残っていて訪問は叶わなかった。施設建物とその中で行われている展示やイベントが好評であることはインターネットを通じて見聞きしていたが、今回それを実感することができた。ここでは、施設概要とイベントホールで行われたコンサートの様子を紹介したい。
施設概要
House of Musicは、古城、美術館、動物園、植物園、アイスリンク、温浴施設など様々な文化と憩いの場が点在するブダペストの市民公園内に、大型開発プロジェクト(Liget Budapest Project)の一貫で整備された。ほぼ同時期にMuseum of Ethnography(民族博物館)もオープンしている。
施設の設計は藤本壮介建築設計事務所で、地下1層、地上2層の3層構成である。この日は、青空と公園の緑に、ライトウェルと“葉”をモチーフにした視覚天井の金色がよく映えていた。
地下階
地下には、常設・企画の2つ音楽関連展示室、サウンド体験室(Creative Sound Space)、サウンド・ドームが配されている。常設展示室では、オーディオガイドで様々な楽曲や楽器の音を聴きながら、マジャール民族音楽の成り立ち、クラシック音楽を経由して現代ポップスまで、歴史に沿った展示を観てまわることができる。特に、ハンガリーの作曲家バルトークやコダーイによる民族音楽収集の展示が目を引いた。企画展示室では、有名な女性歌手(DIVA)が纏った衣装の展示が行われていた。またサウンド体験室には、自分でピンを植える電子オルゴール、映像と音が同期する指揮者コーナー、バンド演奏参加など、幅広い世代が音を楽しめる仕掛けが用意されている。
もう1つのスペースは、この博物館のハイライトのひとつであるサウンド・ドームである。音響透過性のドームスクリーンの背後に、多チャンネルの音場創生システムが組まれている。ビーズ・ソファーで寛ぎながら、様々なプログラムを仮想体験できる。訪問時は新しいプログラムの仕込み中で映像は見ることができなかったが、トンネル内の響きや虫が飛び回る音など、聴覚的な没入体験ができた。ドームスクリーンのフレームは細い金属パイプで構成されていてその中心部では軽い音の集中が生じているが、特異な体験ができる場所としてポジティブに受け入れられていた。
屋根層
この建物は屋根もユニークで1層分の厚みがあり、教室、メディア図書館、映像・音響スタジオ、事務スペースが収容されている。スタジオ以外の各室はガラスで仕切られていて内部の活動を垣間見ることができる。
上空から見ると、屋根にはライトウェル(光の井戸)と呼ばれる孔が多数設けられ、地下も含めて屋内に外光がふんだんに取り込まれている。
グランドフロア
この建物のハイライトは、やはり金色の”葉”で覆われた天井とガラス壁に囲まれたグランドフロアである。2つのホール(コンサートホールとレクチャーホール) を中心に、エントランスホールとレストランが配置されている。
レクチャーホール
スピーチが聞き取りやすい室を実現するために、金の葉天井の裏と壁面の一部に吸音仕上げが施されている。比較的ドライな空間ではあるが、小規模なコンサートも行われている。この日は、民族楽器の実演つきレクチャーの準備中で、響きは短いものの、小型スピーカからの質の高い拡声音を聴くことができた。
コンサートホール
竣工まではイベントホールと呼ばれていた室で、生音(Natural Music)だけではなく電気・電子音響設備を用いた音楽(Amplified Music)のコンサートも行われるホールである。公園とエントランスに面する3面は、内側がジグザク、外側が多角の2層のガラス壁面で構成されている。
訪れたときには、夜の公演でトリを務めるアメリカの電子音楽家でダイオードの女神の称号を持つスザンヌ・チアーニ(Suzanne Ciani/コカ・コーラの開栓音作者としても有名)がリハーサルを行っていた。公演は自身のシンセサイザーを使ったライブ・エレクトロニクス・コンサートの予定であったが、機材が到着せず、過去の公演のレコーディングを上手・下手のメインスピーカと客席周縁に仮設されたスピーカから多チャンネル再生されていた。電気・電子音響設備を用いたコンサートということで吸音バナーが降ろされていた。
訪れる際に近づいたガラス壁面(屋外やエントランス)ではホール内でリハーサルが行われていることには気づかなかった。その後入室したホール内の再生音は経験的に90dB超えと判断され、期待した遮音性が実現されていることを確認できた。
カーテンコールでチアーニさんがマイクを取り、作品と建築が、物理的にも音楽的にもうまく呼応(Resonate)していた、とコメントした。確かにビリツキは認められたが、その発生箇所は建築部位ではなくスピーカとその支持部位周辺に思えた。
House of Music Hungaryは、建築的にも内容的にもユニークな存在で賑わっており、ボランティアによる見学ツアーも行われている。サウンド・ドームの様々なプログラムやホールでのコンサートを体験するために再訪したい施設である。(小口恵司記)