No.431

News 24-08(通巻431号)

News

2024年08月25日発行

マニラのブラックボックス劇場

 本ニュース348号(2016年12月号)で紹介した、マニラの劇場が2022年9月にオープンしたので紹介したい。名称はTanghalang Ignacio B. Gimenez。プロジェクトに寄付をしたIgnacio B. Gimenez氏の名を冠した、平土間のブラックボックス劇場(最大320人収容可能)である。建築設計はLeandro V. Locsin Partners社、劇場コンサルタントはBarbara M. Tan-Tiongco氏である。永田音響設計は建築音響および騒音制御のコンサルティングを担当した。計画は当初の予定よりも約5年長引き、施工段階が新型コロナの流行時期と重なったため、我々が現地を訪れることができたのはオープンした後、2023年の2月のことであった。

外観 ©RODEL C. VALIENTE

 施設は地上レベルが駐車場で、劇場、ロビー、楽屋などの諸室が2階に配置されている。劇場は平面が正方形に近い20m×19mで、天井高が約11mの直方体である。3面の壁際にコの字型のテクニカルギャラリーが床から3.6mの高さに設けられ、7mの高さには5列のブリッジがある。残りの1面の壁には高さ7m弱の搬入口を兼ねた開口が設けられている。床中央には約3.7m×3.7mの9等分されたトラップドア(切穴)があり、催し物によって演者の出入り口としたり、仮設の迫機構を設置したりすることに利用される。トラップドアの下は駐車場と2重の防音建具で隔てられた倉庫兼用の部屋である。

劇場内部
(演劇Ang Pag-Uusigのセット)

 劇場は意匠的な正面性を持たず、エンドステージ形式、中央を舞台にして客席で取り囲むアリーナ形式やスラストステージ形式など、ステージを自由に仮設することができる。客席も移動観覧席を設置したり、平土間に移動椅子を並べたり、テーブルとイスを設置したキャバレー形式にしたりすることが可能である。

9等分されたトラップドア

 内装仕上げはコンクリートやコンクリートブロック、石膏ボードに黒系の塗装のみである。壁と天井は平滑なままとした。壁際には公演に合わせて音響調整のための吸音カーテンが設置できるように、メインフロアレベルとギャラリーレベルにカーテンレールを設置した。天井付近には、空調用ダクトが露出して数多く張り巡らされる計画であったため、音響的な散乱形状や吸音仕上げは設けないこととした。テクニカルギャラリーやブリッジはグレーチングなど音響的に透過な素材が用いられている。

照明器具や吸音カーテンが設置されたテクニカルギャラリー

 現地を訪れた時には演劇用の舞台セットと290脚の移動観覧席と移動椅子が設置されており、吸音カーテンも分散して配置されていた。その状態での残響時間は1.4秒(中音域、空席時)で、フラッターエコーなどの音響障害は発生していないことが確認できた。またこの時の演劇はセリフがタガログ語で内容は理解できなかったものの、生声でも十分な音量と明瞭度で聴くことができた。

 Cultural Center of the Philippinesではこのプロジェクトに引き続き、メインビルディングの大規模改修プロジェクトに関わっている。改修の主目的は竣工から50年以上が経過した建物全体の構造的な補強と設備機器更新で、その他にも諸室の音楽練習室や各種リハーサル室への用途替えや、メインシアター(1,821席)、リトルシアター(421席)、実験劇場(最大240席)、シネマ(92席)の内装更新も行われる予定である。特に、メインシアターとリトルシアターの音響的に透明な壁と天井のメッシュ仕上げの裏側に設えられている反射ディスクや吸音カーテン(音響設計のBBNのアイデア)の整理と再構成が音響的な課題の1つである。改修プロジェクトの完成時に、また報告したい。(鈴木航輔記)

劇場ウェブサイト:
https://culturalcenter.gov.ph/venues-and-tours/tanghalang-ignacio-gimenez-blackbox-theatre/