永田音響設計News 99-8号(通巻140号)
発行:1999年8月25日





東京文化会館*計画から45年の歩みを尋ねて

 東京文化会館は東京を代表するクラシック音楽およびオペラ、バレエの公演会場として1961年の春、JR上野駅公園口真正面にオープンした。これを機に在京オーケストラはその定期公演会場をこの大ホールに移し、また、海外の楽団、歌劇団、演奏者等の公演の殆どがこの文化会館で行われるようになった。1972年にNHKホール、1986年にサントリーホール、引き続いてオーチャードホール(1990)、東京芸術劇場(1991)、東京オペラシティ(1997)、すみだトリフォニーホール(1997)など大型音楽ホールの開館によって、東京におけるクラシック音楽の公演は各ホールに分散したが、この東京文化会館はその独特の響きによって、海外の楽団、演奏者からも高い評価を受けてきた。この施設はオープン以来、建築の改修、設備の更新を繰り返してきたが、1998年度には13ヶ月の休館、60億という工費を投入して大規模なリニューアル工事を行い、建築、設備とも大きく変貌した。本号ではまず、約45年前に計画段階から着手した本会館の音響計画・音響設計の経緯と内容を、後半には変貌した文化会館の改修の概要を紹介したい。

計画から完成までの経緯
表*1 施設の構成

 本会館の計画は1953年6月に設置されたミュージックセンター設立発起会に始まる。ここで、音響設計上の基礎事項および建築上の諸問題を検討する技術研究斑が組織され、それぞれの課題をNHK技術研究所、東京都建築局営繕部が担当した。構想段階から建築条件の検討と併せて音響上の諸問題を取り上げたことは、当時の東京都営繕局の英断と見識の高さを物語っている。この構想は、1956年10月に東京都開都500年記念事業として東京都記念文化会館の吊称で実施することに発展し、現在の東京文化会館の基本計画がまとめられた。引き続きその実施設計を前川国男設計事務所、音響設計をNHK技術研究所で実施することが決定した。施工は清水建設㈱(建築)、東洋キャリア工業㈱(空調設備)、日本音響精機㈱(音響設備)他で、着工は1958年4月、竣工は1961年4月、総工費は16億3千万であった。
 構成を表*1に示す。当初、国際会議用として計画された小ホールは会議に使用されたことはなく、音楽専用ホールとして今日に至っている。

音響設計の概要
 本施設の音響設計は、基本構想の段階から着手し、基本設計、実施設計、工事監理と最終段階の音響測定まで、NHK技術研究所が東京都との直接契約で実施した。また、その内容は騒音・振動防止設計、室内音響設計、電気音響設備設計を包含するもので、牧田康雄建築音響研究室主任をチーフとして建築音響研究室、音響機器研究室が担当した。今日の技術レベルからみれば設計手法も模索の段階であり、また設計資料も十分ではない環境にあった。しかし、東京文化会館の音響設計は総合的な建築音響設計を組織的に実施した最初のプロジェクトであり、この成果を基盤として戦後における多目的ホールの音響設計の手法が確立し、また、その重要性が広く認知されるようになったのであった。当時の音響設計の内容を次に示す。

(1)騒音振動防止設計
*常磐線貨物列車の騒音、振動対策:当時、問題となった外部の騒音、振動源は上野駅を通過する電車、貨物列車であり、設計の初期の段階において敷地における騒音測定とともに振動測定を実施した。その結果、汽笛の音圧レベルは音源から60m地点で100dB、振動は観測点の場所、深さによって変動はあるが、現在の大ホール舞台下あたりで0.2~0.5gal(振動加速度レベルで86dB~94dB)であった。これらの結果から、牧田主任はホールの配置計画の検討が最重要課題であると判断し、施主、設計者にそのことを紊得させた。そこで、図*1に示すA,B,C,D,E,Fの6案について建築計画と音響条件から比較検討し、最終的に大ホール舞台を線路から最も離した場所に配置するE案となった。

図*1 大ホール配置計画の比較検討


 E案の欠点は小ホールを犠牲にしたことであるが、その後の改修で小ホール客席後部周辺の廊下の窓の遮音が強化された。それよりもいつ頃からか定かではないが、常磐線の貨物列車が姿を消したことである。現在、外部騒音の障害は全くない。

*大ホール舞台外壁の遮音構造:音圧レベルで100dBという外部騒音に対して、当時有意騒音に対しての許容値として導入したM'曲線を適用し、必要遮音量を算出した。その結果、ホールに対して、始めての浮き遮音層を舞台側壁、屋上に追加した。

*空調騒音の防止:各送風機のパワーレベル(PWL)と室内許容騒音レベル(NC*20)から必要減衰量を算出し、これを満足する吸音ダクトを設置した。また、送風機、ポンプなど機器の防振設置を実施した。

(2)室内音響設計
図*2 大ホール
 2,300席という大空間の室内音響設計について当時の文献から得られた唯一の知見は、50msまでの反射音についてのHaasの実験結果であった。設計者から提示された大ホールは6角形平面を6.5度外傾した側壁が囲むという空間であった。最初は2次元の平面について最終段階では3次元について初期反射音の追跡を作図で実施し、その時間系列(エコータイムパターン)から反射音の特徴の把握に努めた。その結果50ms以上の反射音に関わる面には拡散体、あるいは吸音面を設置した。その代表例が大ホール前方側壁のむくの木を積層した拡散体と舞台前端上部から前方客席上部にかけて大きくカーブした固定反射板である。また、吸音面の表面材として設置されたリブ構造に、上規則のピッチ幅、リブ間隔を採用したのもこの文化会館が最初であった。
 初期反射音については、もっぱら天井からの反射音を利用し、舞台から遠い位置ほど初期反射音を重ねるという当時の設計の考え方に従った。ここで、案出されたのが下側に凸に湾曲した天井である。この天井は現場打ちの50mm厚のコンクリートであり、この構造が大ホールの“暖かい響き”の大きな要因であると筆者は考えている。

(3)拡声施設の設計
 拡声を目的とした設備であり、主スピーカは当時のモニタースピーカ(三菱電機製2S-305)で、両側壁の拡散体にそれぞれ1台、後部天井に3台で、ほかに補助スピーカとしてバルコニー席天井に72台を設置した。なお、補助スピーカにはテープ式の時差修正器を設置した。

改修の内容
 度々の改修をとおして一貫して求められた機能は大ホールの響きを変えないでオペラ、バレエ上演を指向した舞台機能の拡充であった。主要な改修工事の内容を表*2に示す。

表*2 主要な改修工事の内容

・1970年:

オペラ用照明設備の設置、側方反射板の地下への格紊、オケピット拡張と吸音処理

・1978年:

スプリンクラーの設置、照明設備、音響設備の大幅な改修

・1984年:

小ホール後壁一部、舞台後壁および天井の吸音層撤廃、中通路手摺石壁上部カット

・1985年:

大ホール客席椅子の交換、地下Cリハーサル室新設

・1986年:

小ホール客席椅子の交換

・1999年:

大ホール舞台反射板を一体化して地下に格紊、空調設備、舞台照明、舞台機構、

音響設備全面改修、楽屋全面改修、エントランスロビーの模様替え、トイレ増設など


ホールの音響特性、響きについて
図*3 大ホール残響特性の変化(空席時)
 開館以来、文化会館大ホールは在京オーケストラをはじめ、来日オーケストラ、演奏家の舞台として安定した評価をうけてきた。しかし、定期公演会場が日比谷公会堂からこの大ホールに移ったとき、一部のオーケストラメンバーから批判があり、新聞に報道された。サントリーホールが開館したときも、在京オーケストラから特に舞台の音響について苦情が続いたが、今では演奏家も音楽ファンも最近のコンサートホールのブリリアントで豊かな響きになじんできているのではないだろうか。最近のホールに比べると、この大ホールはオペラを指向した空間だけに、響きは地味で輝かしさはない。しかし、他にはない暖かさと奥行きを感じる。この特色を形成しているのは下方に湾曲した天井、舞台側方、後方、天井の拡散面にあると思っている。音楽ファンや演奏家の中にはこのホールの響きを好む層が固定しているのも事実である。

 コンサートホールの響きの特色というのは、催し物の種類や演奏の仕方によって異なるのはいうまでもなく、長い時間の経過のなかで、また、他のホールとの比較の中でその輪郭が明らかになってくるのではないだろうか。

 終わりに1961年のオープンから今年度の改修後までの残響時間の変化を図*3に示す。(永田 穂記)




東京文化会館が新しくなって再オープン

 昨年4月から改修のために閉館していた東京文化会館が、新しく生まれ変わって本年5月にリニューアルオープンした。東京文化会館では、開館後16年目以降は毎年のように夏の休館日を利用して手直し工事が行われているが、今回のような大がかりな工事は始めてである。改修項目は舞台、楽屋、客席周り等と多岐にわたり、工事期間も約18ヶ月(平成9年10月~平成11年3月)と長期で、まさに平成の大改修と呼ぶにふさわしい大工事であった。改修設計は前川建築設計事務所、工事は清水建設がそれぞれ担当した。

 今回の改修の目玉は、なんといっても“すのこ”と“音響反射板”に関係する工事である。前者は構造体の劣化に対して強度を増すため、フライ上部を6m撤去し新たに鉄骨構造(外装PC版+軽量コンクリート打設)で架け替えるという大がかりなものである。一方、後者は今まで正面を舞台奥に、側面を2分割して上部と奈落に、天井を上部にそれぞれ分割収紊していた音響反射板を一体化して奈落へ収紊するために、奈落下部を8m掘削し奈落ピットを作るという大業である。これらの工事により、荷重的にもスペース的にも余裕のできたフライ上部に吊り物や照明が増設され、これまで以上にオペラ、バレエにも十分対応できる設備が整った。

 響きに関しては、1985年に行った客席椅子の取り替え工事の際と同様に、“変えないこと”というのが大前提であった。ただし、中高音域の残響時間の多少の伸張を意図して、客席後壁の一部の有孔板の裏側にボードを貼り反射性に変えた。

 コンサートホールとしては少しうるさかった空調騒音の低減も、今回の改修の大きな項目であった。メインフロアの客席下には新たにチャンバーが設けられ、機能的にも騒音の点でも改善された。NC*20を目標に、今も調整が続けられている。

 エントランスホールには音楽関係の書籍等を扱うショップや花屋さんがオープンし、くつろげる椅子が置かれる等、改修前の少し暗くてくすんでいた雰囲気が明るく開放的な空間に変わり、人の出入りも多くなって賑わいが生まれた。大ホールホワイエでは、ワイン片手に西洋美術館のライトアップをバックにテラスで憩うというような贅沢な休憩時間も楽しむことができる。新たな気持ちで上野に出かけてみてはいかがだろうか。

 改修の詳しい内容については、前川建築設計事務所の島さんが、(社)劇場演出空間技術協会発行の「JATET No.33《に書かれているので参照して下さい。    (福地智子記)

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