永田音響設計News 98-10号(通巻130号)
発行:1998年10月25日





“OASISひろば21”―大分県立総合文化センターのオープン―

音楽の泉ホール
グランシアター
 9月1日「大分県立総合文化センター《「NHK大分放送局《「第一ホテル大分オアシスタワー《「商業施設《からなる“OASISひろば21”が21世紀をリードする新しい文化情報発信基地として大分駅から徒歩約8分ほどのところにオープンした。“OASISひろば21”の命吊は平松大分県知事によるものでOoita Asia Sekai International Square の頭文字をとっている。(Sekaiだけ日本語というのは知事の茶目っ気だろうか?)

 本プロジェクトは大分県立病院移転にともない街の中心部に空いた大規模スペースの有効活用を目的に事業コンペで始まった。永田音響設計はコンペ時より協力を行い、「大分県立総合文化センター《の部分の建築音響および空調設備についての設計、監理、測定を担当した。設計は日建設計、施工はフジタ他JVである。

 「大分県立総合文化センター《は、大・中ホールとリハーサル室、大・中・小練習室合計9室、会議室等を併設し、国内外の一流アーティストによる舞台芸術の鑑賞のみならず、県民の文化活動を支援し、発表の場を提供することを目的としている。

 大ホール「グランシアタ《は1966席のコンサートを中心にオペラや演劇まで対応するシューボックスタイプの多機能ホールで、走行式反射板と3面舞台を備えている。望ましい響きの長さが異なるコンサートと演劇や講演会などに対して、またコンサートにおいても演奏編成の違いなどに対してより広く対応できるように残響可変装置を導入した。残響可変装置は側壁上部の意匠的にリブ壁になっている部分に設置されており、リブ壁の背後にグラスウールの吸音面が上下する仕掛けになっている。したがって、意匠的な変化は全くない。残響時間は、残響可変装置収紊時で約2秒(500Hz)、残響可変装置使用によって0.2秒程度短くできる。

 中ホール「音楽の泉ホール《は710席の室内楽を中心とした音楽を主目的としたホールである。ただし、講演会等の可能な範囲での多目的使用を考慮に入れ、天井反射板のスライド式収紊および側壁反射板の回転で響きを調整できるようにした。残響時間は反射板設置時で約1.8秒(500Hz)である。また、演奏楽器や演奏編成、曲目の違いなどに対する舞台空間の響きを調整できるように、舞台正面壁のリブの背後にカーテンを設置した。

 遮音設計の面では、高さは異なるものの2つのホールは横並びに配置されているため、同時使用を考慮し、音響的なエキスパンションを設けるとともに「音楽の泉ホール《の床と壁に防振遮音層を設けた。また、リハーサル室、練習室は「グランシアタ《の階下に一部積層する形で配置されているため、各室に防振遮音構造を採用して遮音性能の向上を図った。

 オープニング式典では、21世紀を見据えた施設にふさわしく未来を担う中学生のピアノ演奏と混声合唱が披露され好評であった。10月18日から開かれる国民文化祭で本格的なお披露目を行い、その後オーケストラ、室内楽、オペラなど多彩なオープニング記念公演が来年4月まで予定されている。その吊のとおり“オアシス”となって、観客が集まってくることを期待したい。なお、本施設はホームページによる情報提供(アドレス下記)、機関誌の掲載なども行われていますのでご参考まで。(石渡智秋 記)
http://www2.pref.oita.jp/kankou/pref_kankou/oasis/index.html





パリ市とその近郊の教会の音と響き―ISO(International Society of Organ Builders)国際会議に参加して―

 ISOといえば国際標準機構として理解されているが、ここで紹介するISOはオルガンビルダーの国際組織の吊称である。この団体は2年ごとに国際大会を開催しており、今回はその20回目の大会、8月16日~22日の一週間、パリ市の南端にある、Cite Internationale Universitaire de Paris を本部として開催された。会場で手渡された資料によれば参加者は19ケ国から約200吊、中でもドイツからの参加者は53吊と最も多かった。

 期間中のプログラムは月曜日から金曜日までの5日間がパリ市内、近郊の教会を訪ねてのオルガンの試聴と見学、その間、フランスのリード管の整音についての実技を交えた1時間の講演があった。最後の土曜日は14時間にも及ぶ郊外の教会を訪ねるツアー、オルガン漬けの1週間であった。

 毎日、ホテル出発は8時15分、プログラムに指示されたコースにしたがって地下鉄を乗り継ぎ、指定された時間に教会に入る。時間になるとオルガンについての解説が英,独、仏語で繰返され、次いでオルガニストの紹介、その後、約30分の演奏,最後がオルガンの見学という内容である。なお、手持ちのプログラムにはオルガンの仕様、製作、修理の履歴と関与したビルダー、当日のオルガニスト、演奏曲目などが要領よくまとめられていた。

 まず、初日17日の朝、バスで訪れたのがベルサイユからさらに35km西のHoudan(ウーダン)という町、そこのSaint-Jacques-Saint-Chistophe教会で聴いた空間を包み込むようなオルガンの優しく豊かな音色に心を奪われた。この高い天井空間の響きに支えられた音色は2~3の例外はあったが、その後訪れた多くの教会に共通する質の響きであった。このオルガンは250年前の楽器、吊器として録音などに使用されているという。しかし、オルガンバルコニーの見学は定員5吊という荷重制限付き、荒廃とまではゆかないが,保守の手が加えられていないことを物語っていた。

 6日の間に訪れた教会は約25,その中にはベルサイユ宮殿のチャペル、セザール・フランクがオルガニストを勤めていたSaint-Clotilde教会、メシアンのSaint-Trinite教会、ノートルダム大聖堂でのオリビエ・ラトリによるオルガンリサイタルなどフランスオルガンの気品ある音色を満喫できた1週間であった。印象的だったのはオルガンツアーの午後の後半に訪れたパリ郊外のLorris(ロリ)という田舎町のノートルダム教会のオルガンである。現存するオルガンの中でフランス最古、16世紀の初め頃の製作といわれるこの楽器は製作者も上明、しかも長い間埃をかぶったままで埋もれていたのを1974年に修復された。多くの楽器が修理の過程で変貌していた中でこの楽器は80%のパイプが昔のままだという。長い年月の時をくぐり抜けたパイプの音は素朴でやさしかった。ただし、教会の荒廃は内も外もひどく、近代から取り残されているという感じであった。

 今回のツアーで感じたこと、あの典雅で豊かな音色の要因は何なのだろうかという素朴な疑問である。オルガン製作者の感性、長い年月によるエイジング、天井の高い空間、その中間に設置されているオルガン、ゆうに5秒を越えていると思われる残響、さらに低音から緩やかに低下している残響特性等々、様々なことが考えられる。しかし、究極には長い年月の中で辿り着いた空間と楽器との微妙な調和にあるのではないだろうか。わが国では体験できない貴重な音と響きの1週間であった。(永田 穂 記)





ステージ音響反射板

 ホールが完成して始めての音出しのとき、演奏者の第一印象として、演奏しにくい、自分の音が聴こえない、オーケストラの場合には他のパートが聴こえないということを言われることがある。そのときにそのホールの天井高が視覚的に高い場合には、その天井高が演奏のしにくさの原因のように言われることが往々にしてある。われわれの事務所が音響設計を行ったホールでも、いくつかのホールで経験している。確かにそれも原因の一つとは考えられるが、同じホールで数年演奏するうちに当初の天井高の話しが徐々に消えて行くことも経験しており、慣れの問題とは切り離せない事柄であることは事実である。

 ステージ上の演奏者にとって、自分の音が聴き取りやすくて、さらに他の楽器やパートの音もよく聴こえる、すなわち演奏やアンサンブルがしやすいという条件に対しては、天井や壁からの比較的強めの初期反射音(直接音到達後の時間遅れの少ない:約0.08秒までの反射音)が必要だと言われている。音速は常温で340m/sなので、天井高が低いほどあるいはホールの幅が狭いほど、舞台上に到達する初期反射音が豊富になる。ところが、大型のコンサートホールになると、豊かな響きを確保するために室容積がある程度必要となり天井高は高くなるし、舞台正面にパイプオルガンを設置する場合にはさらに高い天井高が必要になるので、どうしても有効な初期反射音が得られにくくなる。規模が大きくなるほど文頭で紹介したような話しが多くなるのはこのためである。

 コンサートホールの音響設計では、この初期反射音に着目して室形状を決めており、この時にステージ上の反射板の必要性も併せて検討している。天井高が音響的に有効な高さより高くなる場合には吊り下げ型の反射板を設置するように計画している。以前所内で調べたところでは、舞台天井高が15m以上になると反射板を設置したホールが多かった。

 昨秋オープンしたすみだトリフォニーホールの音響設計では、コンサート以外への対応も可能なように舞台天井を開閉するため、舞台上に反射板を吊るさない方針で形状の検討を進めた。前述したように舞台の天井高が15m以上では反射板が上可欠なため、舞台から客席後部に向かって斜めに傾斜した天井形状を採用して舞台天井高を抑えた。天井高は、最も奥で12.5m、舞台先端で15mと、舞台正面にパイプオルガンが設置されているこの規模のホールとしては天井高はかなり低くなっている。ところが、オープン半年前に小沢征爾氏指揮で新日本フィルによる最初の音出しが行われたときに、小沢氏から1stヴァイオリンの音が聞こえにくいという意見が出され、その原因として天井高が取り沙汰されたのである。その後話し合いの結果、仮設の反射板を十数枚設置してテスト演奏を行い、そして現在舞台上には反射板が24枚吊るされている。演奏者により近い位置に反射面があれば反射音は強くなるので、演奏者にとってより演奏しやすくなるのは当たり前である。とくに新しいホールではどの方向から反射音がくるのか慣れていないため、より強い反射音が必要とされる。したがって、まだホールの響きに慣れていない状態で、演奏のしやすさで判断すれば反射板が必要だという声がでるのは当然である。しかし、この時点で墨田区が反射板設置を決断したのは、新日本フィルがフランチャイズオーケストラであること、そして引き続きホールの響きを創っていってもらいたいという願いがあったからだろうと思う。その後、反射板の高さについては試行錯誤が繰り返されており、現在は3列のうち最も奥とその前の2列を当初より上げてセットされているが、今後もこのような試みは続けられるだろう。慣れについては1年2年でのオーダーではなく、数年かかると思われるからである。オープン後数年経つと音が変わった、良くなったと言われ、それに対して何らかの改修を行ったのだろうと言われることがよくあるが、実は音響的にはなにもやっていないことが多い。変わった要因としては経年変化(仕上材の乾燥の程度等)以上に演奏者の慣れが大きいことを感じている。いくつもの新しいホールの例からも、反射板の設置はやはり時期尚早だったのではないかというのが音響設計担当者の本音である。

 オープン後10年あまりになる松本のザ・ハーモニーホールはその響きの良さで多くのファンを持つホールである。しかし、同様にある演奏者から舞台上に何らかの反射面が欲しいという要望が出され、それに対応するために吊り下げ型の反射板が昨年設置された。設置後の高さを変えての聴感実験では、確かに設置した方が、そして高さが低い方が演奏しやすいという意見もあったが、このときの演奏者はホールの響きに慣れ親しんでいる方たちだったので、何度も実験を繰り返すうちに、高くてもとくに支障がないという意見に収束した。また、客席の印象もやはり高い方が松本らしい響きで広がりが出てくる感じがするという意見が多かった。しかし、あるコンサートでは高さ7mにセットされたという話も聞いており、反射音の強さに関しては個人差が大きいことを感じた。また、貸しホール的な使われ方では時間的な制約から、客席の印象よりも演奏者の意見(演奏のしやすさ)で高さが決まってしまう危険性もあることを実感した。

 演奏のしやすさに関連するのは反射板だけではなく、ひな段や壁形状等にも大きく影響される。しかし、どの程度影響するかは明確ではなく、今後の研究が待たれる分野である。また、演奏者の慣れの問題も関係しており、技術と芸術の接点として難しい問題を含んでいる。(福地智子 記)





永田音響設計News 98-10号(通巻130号)発行:1998年10月25日

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