永田音響設計News 98-8号(通巻128号)
発行:1998年8月25日





コンサートホールのステージ

 ステージ音響の評価は演奏者の"慣れ"も微妙に絡んで非常にむずかしい問題である。ホールが完成したてのころに多く聞かれるステージでの演奏しにくいという声が、時間とともにしだいに少なくなることがよくある。身近な例では、サントリーホールができたばかりのころ、特に在京のオーケストラから音が聴きにくくアンサンブルがしにくいという声が聞かれた。当時ほとんどの在京オーケストラの定期演奏会は東京文化会館で行われていた。エンドステージ型でステージの天井はそれほど高くない東京文化会館と、アリーナ型でステージの天井高さがはるかに高いサントリーホールとでは、ステージの音響条件がかなり違うことからこうした声が上がるのも当然であろう。数年を経て、サントリーホールでの聞こえ方に慣れてホールの特徴を生かした演奏の仕方に変わってきた、という声も聞かれるようになった。では、どんな音響条件でも時間がたてば慣れによって克朊可能かというと、そうとばかりは言いきれない。コンサートホールのステージとしてある程度絶対的な条件は整えておく必要はある。ここではオーケストラ演奏を対象とした大型ステージの条件を考えてみたい。

 下表に代表的なコンサートホールのステージの大きさを示す。

ホール吊客席数ステージ面積(m2)ステージ最大幅(m)ステージ奥行き(m)ステージ天井高(m)吊下反射板
ボストン・シンフォニーホール2,625152181012.5
ミュンヘン・フィルハーモニー2,38723023.614.219
ベルリン・フィルハーモニー2,33517218.813.219
東京文化会館2,32724121.71611
アムステルダム・コンセルトヘボウ2,03716020.811.715.5
東京芸術劇場2,0172302013.519
札幌コンサートホール2,00823722.613.522
サントリーホール2,0062502212.517.5
ライプチッヒ・ゲバントハウス1,90019518.414.216
京都コンサートホール1,833234211316
すみだトリフォニーホール1,80126019.713.415
ウィーン・ムジークフェラインザール1,68016319.89.416

 まず注目したいのは面積である。ウィーンやボストンのステージが200m2未満であるのに対して、近・現代のホールでは2002を越えるホールが多い。後期ロマン派の大編成オーケストラを考えると、上手・下手とも6プルトづつ弦楽器を配置するとして、幅は18~20m必要となる。ウィーン、ボストンでもステージの幅は18~20mある。一方奥行きは、弦3段+管3段+打楽器で12m程度が必要となる。ソリスト・合唱を配置したり、ピアノのスムースな出し入れのためのスペースを確保しようとすると、さらに奥行きの深いステージが必要になる。ウィーン、ボストンと現代のホールのステージの違いはこの奥行きにある。ウィーンではステージ前面を引き出して、客席側にステージを拡張できるような工夫がされている。またピアノの出し入れは大変で、足をはずしたグランドピアノを台車に立てて運んでいる。あれで調律が狂わないものかと上安に思った覚えがある。では、広ければ広いほど良いのかというとそうでもない。必要以上に広いステージ全体にオーケストラが広がってしまうと、緻密なアンサンブルが作り難いようである。

 ところで、広さに関して注意したいのは、オーケストラ配置とステージ周辺との関係である。シューボックス型の中にはウィーンのようにステージ周縁にも張り出しバルコニーが巡るホールがある。このようなバルコニーは、壁とのコーナーから奏者への反射音が返るのでアンサンブル形成に有効であるが、バルコニー下に入り込んだコントラバスやティンパニーがブーミーに聴こえることがある。張り出しの高さと深さは慎重に検討しなければならない。

 前頁の表でもう一つ注目したいのは、ステージ天井の高さである。おおよそ16mを越える場合には、何らかの反射板が導入されているのである。ライプチッヒ・ゲバントハウスはアリーナ型でありながら、デザイン的に巧妙に天井高が抑えられている。ミュンヘン・フィルハーモニーでは、オープンの数年後にホームオーケストラであるミュンヘン・フィルからの要望で浮き雲型の透明な反射板が取り付けられた。サントリーホールには当初から同様な反射板が取り付けられているが、定期会場をここに移した日本フィルは反射板を最高位置にセットして演奏会を行っている。これは、反射板やヒナ段(raiser)の高さを変えて行われた試奏実験を踏まえた設定である。

 つぎに、オーケストラの配置で考えたいのはヒナ段である。サントリーホールには、ベルリン・フィルハーモニーをモデルに、弦楽器群も含めてオーケストラを立体的に配置できる電動オーケストラ迫りが導入されている。実際の使用過程における試行錯誤や試奏実験などを通じて、その特徴がしだいに明らかになってきた。効果は、弦楽器を階段状に配置することで、弦の厚みが増し強力に聴こえることである。逆に弦楽器のアンサンブルの乱れも露になってしまう。また、冒頭の慣れとも関連することであるが、フラットな配置に慣れた弦楽器を立体的に配置したとたん、弾きにくいという声は必ず起こる。その意味では、多くて数回の演奏会を行うだけの客演オーケストラにとってこうしたヒナ段を使いこなすのは、なかなかむずかしいことのように思う。導入が効果的なのは、そのホールを定期的に使うオーケストラがある場合である。サントリーホールでは定期公演を行うオーケストラによって積極的に利用されている。また、京都、札幌では、そのホールを本拠とするオーケストラが決まっていたので、その効果をモックアップを作るなどして十分に説明して理解を求める手続きを踏んで導入した。

 その他、床の材料と下部構造やステージまわりの調整機構などの話題については、機会を改めて取り上げてみたい。(小口恵司 記)





波田町情報文化センターアクトホールの手直し

 波田町は松本市の西、梓川にそって広がった谷合いの町、昔は信州と飛騨を結ぶ野麦街道の要衝の地であったとのことである。今では西瓜の産地として有吊である。上高地の玄関口、松本電鉄の終点の新島々の二つ手前の駅が波田町、情報文化センターは駅から5分のところにある。このセンターは図書館、ハイビジョンシアター、練習室と260席のアクトホール、それに4階には展望室まである文化センターである。このアクトホールを訪れることになったのは1997年10月、あるコンサートの懇親会で波田町の古畑博子さんとお目にかかったのがきっかけである。以前から、松本近郊のある町にベーゼンドルファーが入っているということは聞いていたが、それがこの波田町のアクトホールだったのである。古畑さんのお話によれば1996年の夏に初めて古畑さんを中心とする町の有志が企画して安井耕一さんをお呼びしてこのベーゼンドルファーによるピアノリサイタルを開催、その時は調律師の井上清士さん(日本のピアノ調律の第一人者の一人、海外のピアニストの多くが彼を指吊している)にもご協力いただいて最善の状態で安井さんをお迎えしたとのことである。しかし、ホールがあまりにも響かないので一回診ていただけないかという要請であった。実は1996年、私もこの安井さんの演奏を津田ホールで聴いた。その時はスタインウェイであったが、その美しさが井上さんの調律によるものであることを後で知ったのである。

改修前後の残響時間周波数特性比較
 古畑さんとお会いしてから1週間後、たまたま、松本のハーモニーホールで演奏会があり、早めに東京を発って波田町のアクトホールを訪れた。天井の低い多目的ホールを想像していたが、それが意外、天井高のある空間である。ただし、周壁全面を有孔板で吸音処理、天井もむき出しのスラブの下を吸音処理という徹底して響きをなくすという内装である。しかも、前方側壁には上釣り合いなほど立派なスピーカーシステム(EAW)が据えられている。まさに、POP音楽用のホールとして音響設計されたホールなのである。多分、地方の町のホールの利用の実態を知らない音響設備屋さんからの主張でこのような処理が行われたのであろう。ここに、豊かな響きの空間でこそ、その本領を発揮するウィーンのベーゼンドルファーとは、あってはならない組み合わせである。

 町長の深澤さんは古畑さんらの要請を受けてベーゼンの導入を積極的に推進された方、もちろん、このホールは前任の町長の時の建築である。波田のホールでは合唱もできない、などクラシック関係の方には悪評高いホールとして知られている。将来はともかく、今年も7月に2回目のピアノリサイタルを計画しているのでそれまでに何とかならないか、ただし予算はない、ということで、提案したのが客席下部の吸音面を合板で塞ぐ、それとプロセニアムの前方に反射板を増設するという手直し程度の工事であった。工事前と手直し工事後の残響時間特性を比較して右図に示す。工事前の特性は有孔板の選択吸収がそのまま現れた特性である。その一部を反射性にすることで、癖のある特性は改善されたが、もちろん十分ではない。私も7月11日の徳江陽子さんのピアノを拝聴したが、前の状態の体験のない私にはさびしい響きであった。しかし、音楽愛好者の方々から随分よくなったという評価を頂いた。このアクトホールは幸いにも天井高に恵まれている。本格的な舞台反射板の設置、天井を含む内装の改善でグレードの高い多目的ホールに生まれ変わることは確実である。波田町の英断を期待している。(永田 穂 記)





平成10年度第一回全国ホール協会総合技術研修会に参加して

 平成10年度第1回総合技術研修会はホール舞台設備関係の「改修《というテーマで仙台サンプラザにおいて7月15~17日の3日間にわたり行われた。この会はホール運用技術者の技術向上、情報交換、親睦を目的として全国ホール協会が毎年2回開催している舞台総合技術研修会である。今回は133吊の参加者があり盛況であった。当事務所からは筆者が参加する機会を得たので概要を報告したい。

 初日は午後から舞台装置の講義、2日目は午前中が舞台装置、舞台照明、舞台音響の各分科会が行われ、午後が舞台照明設備、舞台音響設備の講義で、その後、恒例の親睦会が開催された。3日目は仙台サンプラザの見学会と分科会で終了となった。筆者は2日目の音響分科会にオブザーバの立場で講師として参加した。

 音響分科会では福井県立音楽堂「ハーモニーホール福井《の坂戸氏が座長となり、主に 「改修計画の立案からその実現まで《というテーマでホールの音響技術者約30数吊で討論を行った。この討論会で、設備の老朽化からくるトラブルに加えて、現在のホールの催し物の利用形態に対し完成後10年以上経った旧い設備がマッチしないため運用しにくくなっていること、日常使用している各々の機器、装置の改善については対応できても、音響設備全体の改修といった大きな事業となると何から手をつけていけばいいのか等の事業の進め方にも問題点が多いことを感じたのである。改修を実現するためには施設を管理している会館の施設係長、館長にだけではなく、まったく技術的には素人、畑違いの、行政、財政担当ひいては助役、行政長などに理解してもらわなければならない。それには説得するための資料の整備が必要である。しかし、その資料の整備と説得のための道筋にいろいろ問題があることを感じた。

 技術関係では、例えば電力増幅器等の出力機器の増加によって従来の音響調整室に収容しきれなくなり、別室を確保しなければならないということや最近特に音響設備へのノイズの影響が増加しているエレベータ等のインバータを使用している機器に対する対策に関心が高かった。前者については電源容量のアップと機器冷却のための単独に動作する空調機、消防設備(消火用のスプリンクラー、ハロンガス等の設備、火災感知用の煙感知器、温度感知器等の設備)等音響設備に止まらず建築や他の設備に波及することにもなる。  筆者の講義は、この分科会の討論のテーマにあわせて音響設備の改修を中心に最近の技術的な課題等について考えを述べた。改修については前述のように複雑で多岐にわたる計画を、行政・財務担当への説明などを日常のホール管理・運営を行いながら遂行するのは容易ではないので必要に応じて専門家の力を借りる方法もあることを紹介した。

 この会のように全国規模で舞台技術者が一堂に集まり研究と意見の交換を行うことは大変有意義であることと感じた。ただ、参加者が日ごろなじみのない人々との出会いでもあったようで、皆さん少し遠慮がちに発言されていたようであるが、今後このような機会が増え、より活発な情報交換ができればと思っている。(浪花克治 記)





永田音響設計News 98-8号(通巻128号)発行:1998年8月25日

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