永田音響設計News 97-12号(通巻120号)
発行:1997年12月25日





すみだトリフォニーホールのオープン

大ホール客席側
大ホール舞台側
 東京都墨田区の錦糸町駅前に完成した“すみだトリフォニーホール”は、10月22日にオープン記念式典がとり行われ、引き続き10月26日に小澤征爾指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団のマーラーの交響曲第3番で開幕した。すみだトリフォニーホール建設の契機は、両国にオープンした国技館での「5000人の第9コンサート《である。このイベント的なコンサートが墨田区民に定着していくのをきっかけとて発案された「音楽によるまちづくり音楽都市構想《(1988年)で、このホールはその一環として計画されたものである。ちょうど、折しも錦糸町北口駅前の再開発計画が始まり、ここに2000人規模のコンサートホールの計画が具体化されたのである。音楽都市構想において、最も特徴的でこの構想の核となるのが、オーケストラのフランチャイズ計画である。フランチャイズとは、本番はもとより練習もホールのステージで行い、事務局や楽団員の控室、それに楽器庫やライブラリーといったオーケストラが活動するために必要な諸室がホール内に設置されているということである。これは、欧米のホールではごく当たり前のことなのだが、日本では前例がなく画期的なことである。

 この計画のもとに、「国技館5000人の第9コンサート《で関わりの深かった新日本フィルハーモニー交響楽団(以下、新日フィル)とのフランチャイズ契約が取り交わされたのである。新日フィルは年間180日程度ホールを使用し40回程度のコンサートを行うということである。

 このホールをホームグラウンドとして使用するオーケストラが決まっているということは、このホールの住人がはっきりしているということで、基本構想の早い段階から、その意見を聞くことができたことは、このプロジェクトの最大のメリットだったと思う。公共のホールでは、どうしても特殊解より一般解を求めなくてはならない場合が多いし、その決断を設計担当者に任される場合も多い。しかし、このプロジェクトではどうしても必要なことと譲歩できることが明快にされ、設計担当者としては非常に仕事がやりやすかった。

 このようにコンセプトが明快な本大ホールでも、基本構想の初期の段階には、公共ホールには避けられない多目的利用を優先した「音楽を主体とした多目的ホール《という話しもあったが、次第にコンサートホールに重点が置かれ現在に至った。しかし、どのような音を目指すのかということは、基本構想の初期から明確に打ち出されており、ホール形状としては、シューボックス型でいくことが早くから決まっていた。多目的利用の一端は、ホールの舞台や客席前部の開閉天井とその内部に設置されている照明や幕、スピーカに垣間みることができる。天井を開けてこれらをセットすれば、クラシックコンサート以外にも十分対応できるだけの設備が備えられている。

 大ホールの客席数は1801席。舞台正面にイェームリヒ社製(ドイツ・ドレスデン市)の66ストップのパイプオルガンが設置されている。基本形状はシューボックス型。ただし、天井が床の傾斜にほぼ平行な傾斜角度(約12.5度)を持っているのが形状では大きな特徴である。これは、舞台上の演奏のしやすさから舞台の天井高は最大15m程度としたかったためと、視線の点から床勾配を取らなくてはならないという、二つの条件の解決策として提案されたものである。また、サイドバルコニー席のかぶりを少なくしたいということから、サイドバルコニー席の客席は1列配列としている。シューボックス形状では、サイドバルコニー席から舞台が見えにくくなりがちなのだが、それも考慮しての配列である。一人でゆっくりコンサートを楽しみたい方にはうってつけの席である。

 写真には設置されていないが、コンサート時には舞台天井に反射板が吊り下げられる。これは、ホール完成後に新日フィルの吊誉芸術監督である小澤征爾氏や楽団員の要望で設置されたもので、舞台上の演奏のしやすさを助ける目的で設置されたものである。どこのホールでもオープン直後には従来慣れ親しんできた空間との違いから演奏しにくいという意見をよく聴くが、徐々に慣れるにつれて問題なくなるケースがほとんどである。そこで、手を加えるのはオープン後しばらく様子を見てからでいいのではないかとか、いやオープンまでにきっちりした音にしなければならないとか、侃々諤々、数回にわたって、小澤氏を交えて、墨田区、新日フィル、日建設計、当事務所で話し合いが行われ、結局設置することになったものである。設置するにあたっては、試験的に反射板を製作し、実際にホールに仮設設置してその効果を確認するということも行った。反射板の設置直後には、工事関係者の協力のもと、小澤氏指揮、新日フィルによって着席時の音響テストが行なわれ、高さの設定の確認を行った。なお、この反射板をセットした状態では、前述した開閉天井を開けて照明や幕をセットすることができないため、取り外し可能でなければならなかった。設置や取り外しに手間がかかるようでは実際に使い勝手が悪いため、取付方法を工夫をして小1時間程度での取り付けあるいは取り外しが可能になっている。

小ホール
 すみだトリフォニーホールには、大ホールの他に、252席の小ホール、練習室が大小3室設けられている。小ホールも大ホールと同様に、シューボックス型のコンサートホールで、室内楽、ピアノ等のコンサートの使用を目的に計画されている。区民が利用するのに適した規模である。小ホール、練習室は、大ホールとの同時使用が支障なくできるように、それぞれ防振構造としている。また、ホールの南側は集合住宅を介してJRの軌道に面しているため、電車走行時の騒音・振動の防止も音響設計上の大きな課題であった。これについては、連続地中壁と躯体の間に防振層を設けるという対策を行った。

 大ホールの響きの印象は、素直な響き、個々の楽器の音がクリアーに聴こえると感じている。ホールは生き物である。時間とともに新しい響きが創出されることを今までにも経験している。他にはないフランチャイズという武器を手にした新日フィルがどのようにこのホールの新しい顔を見せてくれるかが楽しみである。

 オープンの記念コンサートは残念ながら終了してしまったが、来年も新日フィルの定期コンサートを初めとして魅力的なコンサートが予定されている。東京駅から9分、新宿から17分、「錦糸町《下車徒歩3分。思ったより近い距離である。是非ご来場を!! (福地智子 記)

問合せ:墨田区・(財)墨田区文化振興財団 墨田区錦糸一丁目2番3号 TEL:03-5608-5400




カザルスホール・アーレントオルガン見学会報告

 開館10周年を記念してカザルスホールに設置されたアーレントオルガンは、本News112号、1997年4月号で報告したように、10月10日、ウォルフガング・ツェラー氏の演奏によってオープンした。製作者のアーレント氏は北ドイツのバロックオルガンの継承者として国際的にも評価の高い方であり、彼のオルガンがコンサートホールに設置されたということで、今、オルガン界に大きな話題を呼んでいる。秋のシーズン、それにカザルスホール開館10周年というホールにとってはもっとも忙しい時期に、ホール側のご協力によって、11月8日(土)の午前、日本オルガン研究会主催の見学会が行われた。

 見学会はまず、オルガンの構造と音色の特色について、オルガン設置工事に協力された三橋利行氏とカザルスホール専属オルガニストの和田純子氏によって、構造の説明とストップの解説と音の披露がおこなわれた。ついで、ホール支配人の鈴木健二氏より、オルガン導入の経緯、経過の報告があった。その要旨を集約すれば、オルガン委員会の選考という手続きなしに、施主側の決断によってアーレントオルガンが決まったということである。引き続いて、永田音響設計の福地智子より、カザルスホールの建築の概要と、オルガン設置前後の音響特性の変化についての説明が行われた。オルガン設置により、響きが変化したことは多くの演奏家、愛好家の方からご指摘をいただいているが、大多数の方からはプラスの評価をいただいている。残響時間の変化は中音域で約0.2秒であった。オルガンは吸音体なのである。

 見学会最後は和田純子さんによる演奏でバロックのオルガン曲3曲が演奏された。その典雅な響きは200吊の参加者を魅了し、演奏の後も、時間ぎりぎりまでオルガンバルコニーは見学者で賑わっていた。(永田穂 記)




ホール電気音響設備の改修事例シリーズ(2)

 今回はプロセニアム周辺の話題の第二回目としてサイドスピーカをとりあげた。
 サイドスピーカではスピーカの向きが従来とは変化してきている。音の集中・干渉と音像の定位感の上自然さなどを改善するためで、上手と下手のスピーカの指向軸ができる限りクロスしないよう上手側のスピーカは上手側の客席をカバーするように設置している。したがって、スピーカの向きはほぼホール中心軸と平行となる。この場合、側壁の開き角が浅いとフロントサイド投光室の位置、鳥屋口の張り出し具合によっては、サイドスピーカのカバーエリアが制限され聞こえにくくなる客席ができてくる。これを避けるため、スピーカを側壁から張り出すと今度はフロントサイドライトの舞台への投光を阻害するのである。このように音響と照明のバランスが難しい場所でもある。また、以上の点に加えて、ワンボックス型スピーカの要望が多いことに起因するスピーカシステムの大型化、開口の化粧カバー、収紊部の内部処理等の問題はホール固定設置スピーカ共通の課題である。以下にプロセニアムサイドスピーカに関する問題点と具体的な対策事例をいくつか紹介する。

 [問題点]:開口がない、開口寸法が小さい、開口位置が客席側すぎる。
→[対策例]:適正な位置、開口の大きさを確保するためにダイヤモンドカッターでコンクリートを切込んで必要な寸法を確保した。

 [問題点]:構造壁、構造柱のため開口を作れない。
→[対策例]:スピーカを露出設置としでできるだけ薄くしたが、フロントサイドライトの投光範囲を少し阻害してしまっている。

 [問題点]:低音域の音のこもりがとれない、気になる。
→[対策例]:スピーカ収紊部(室形状)のグラスウールの内貼りの厚さを50ミリから100ミリに変更。別の例ではフェルトでスピーカ背面を包み込むように開口を塞いだ。

その他、プロセニアム周辺部について
 [問題点]:オケピット下の空間が響き、耳障りな音として聞こえた。
→[対策例]:コンクリート打ち放しにグラスウール厚さ50ミリを内貼りした。

 [問題点]:クリアな拡声音となるように客席最前部の床に厚い絨毯を敷いていたが、あまり改善されなかった。
→[対策例]:スピーカを更新するとともに、絨毯を撤去し高音域と低音域の響きのバランスをとることで改善された。(電気音響開発グループ 記)




永田音響設計News 97-12号(通巻120号)発行:1997年12月25日

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