・ムーティ+ウィーン・フィルという人気の組み合わせで、しかも今年のウィーン芸術週間の初日ということもあって、早くからチケット完売の公演でした。それをウィーンに居る知人に無理矢理頼んで、やっと前々日に手に入れたチケットです。聞けただけでもラッキーと思わなければならないのですが、席があまりにも悪過ぎました。前から6列目のしかも下手寄りでヴァイオリンと鼻を突き合わせたような場所です。座席の前後間隔が小さく、しかも最前列の前に通路もなくびっしりと客席が配置してありますので、前から6列目といっても普通のホールでいう4列目くらいです。
・1曲目のピアノ協奏曲それほど悪くありませんでした。特にピアノは見上げるような角度の所にあるのですが、バランスは良くとてもきれいな音でした。
・オーケストラはヴァイオリンがmf以上になると相当シャープな、ウィーン・フィル特有のハイトーンの生っぽい音が耳について、とにかくもう少し離れて聞きたい衝動に駆られました。ホールが鳴っている印象はほとんどありませんし、残響音も全くと言ってよい程聞こえませんでした。ホールは全くの満席で後方の立見席などは何重にも人が重なって立っていました。見渡す限りでは空席を見つけることはできませんでした。後半はなんとか席を変えてと思っていたのですが断念せざるを得ませんでした。
・ブルックナーの時のアンバランスはかなりのものです。木管だけのアンサンブルが聞こえる部分や全体にpp~mf程度の音量の時はさすがウィーン・フィルという感じです。音量が大きくなっても濁ったようなアンサンブルの汚さは聞かれず、さすがウィーン・フィルなのですが、席によるアンバランスはどうしようもありません。ヴァイオリンはしゃくれ上がったようなヒスノイズばかりが耳につくし、ブラスが出てくるとかなり強烈な、ほとんど暴力的な音のみが聞こえました。いかにウィーン・フィル+ムジークフェラインといえどもこればかりは何ともならないようです。いかにもウィーン通の知ったかぶり人が「ムジークフェラインはどこで聞いても完璧なバランスで聞こえるのはさすがです《などといったようなことを言っているのを耳にすることがありますが、あれはオオウソです。
960505:エド・デ・ワールト指揮オランダ放送管弦楽団@ウィーン楽友協会大ホール
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(ヴァイオリン:J・ベル)、
マーラー:交響曲第5番
上手側方バルコニー前方(ステージ真横、250S、\2500)→1F中央やや後寄り
・ムーティ+ウィーン・フィルは午前中の公演(11:00~)で、この公演は通常の夜の公演(19:30~)でした。午前のあの席ではどうしても収まらず雪辱戦といったところです。夜は直前の当日売りがすぐに買えました。客の入りは7~8割と言ったところでしょうか。席は、2Fバルコニーのステージ真横の席です。何せ安かったですから(\2500)。休憩後の後半は、しっかり1Fのど真ん中に移動して聞きましたから、午前中のと合わせて収支帳尻あわせといったところです。
・ステージ横の席は、もちろん1Fの最前部に比べるとはるかにバランスよく楽しめました。しかし、いわゆるムジークフェラインの、ホール全体が鳴る感じの、ブレンドされてしかもクリアーでという音ではなく、かなりクリアーさの勝った音、響きです。ホール全体が鳴るイメージについてもかなり希薄です。音が途切れたときに残響が客席空間で残っているのはよく聞こえます。しかしいずれにしてもこの席でこの音は、あえてムジークフェラインでなければ聞けないといった類のものではありません。
・このホールの本領発揮は、やはり後半に1Fの中央やや後ろ寄りに移ってからです。かつて聞き覚えのある、あらゆる形容詞が当てはまるような音が聞こえて来ました。ステージから音が溢れ出てくるような、クリアーでしかもソフトなバランスの良いサウンドです。ブラスが最強音を出したときでも弦はきちっと聞こえていました(午前中のウィーン・フィルの時はそうではありませんでした)。最もここらあたりの楽器間のバランスについてはオーケストラそのもののバランスも影響しますので、ここは是非、日本フィルをこのホールで聞きたかったところです。
・1F中央寄り後方で聞くこのムジークフェラインの音は、やはりone of the best in the world といってよいと思います(もちろん2Fバルコニーのステージに近すぎないところも良いはずです)。アムステルダムとの違いは興味のあるところです。ここウィーンでは、ホール全体が鳴るイメージの大きさという点では、アムステルダムに比較すると一歩及ばずという感じがします。上手くいい表せませんが、ウィーンはホールが鳴っている、響いているという感じなのに対して、アムステルダムはホール全体が楽器という感じで、その中で聞いているというイメージです。そして、よりゆったりとホール空間の拡がりを感じます。それに比べるとウィーンの空間の鳴り方はかなりタイトさを感じます。これはバーミンガムでも感じたことで、おそらくホール空間のディメンジョンの違いだと思われます。この点ではサントリーホールの空間的に拡がったイメージは、とても余裕のあるゆったりとした音、響きとして聞こえ、個人的にはとても好きです。ただし、サントリーホールは、今回聞いた良いホールがすべて低音弦の量感を伴っているのに対して、低音のレスポンスがやや貧弱なことを感じました。そしてこのことが、残念ながら日本のオーケストラに見られるバランスの傾向と一致しており、サントリーホールにおいては海外と日本のオーケストラの違いがより強調されているように思います。
960506:ワーグナー:歌劇「さまよえるオランダ人《:L・ハーガー指揮ウィーン国立歌劇場
5F下手最上バルコニー2列目→5F上手最上バルコニー1列目
・最上階の5Fバルコニーのサイドなので、乗り出しても舞台は半分位しか見えません。それでも2日前に聞いた4Fバルコニーとは全然音が違います。ここでは東京文化の5F席のように非常に音量が大きくオーケストラの音を近く感じます。響きとしてドライなのは同様です。その点では東京文化ににたような響きです。あえていうなら東京文化の5Fの方がより大きくて近い感じがするのと、響きももう少しあるような気がします。4Fバルコニーは、バルコニー席が全く奥まっていて、しかもバルコニーの天井が客席段床と平行に迫り上がっているためです。このような配置の方がより多くの客席数を確保できることは確かです。東京文化の4F以下のバルコニー席との決定的な違いはこの点にあります。5Fバルコニーはウィーンでも東京文化会館でも同様に天井からの反射音の寄与があります。
・話は違いますが、Leicaの双眼鏡は実によく見えます。5Fからオーケストラピットを見ていて、上手サイドに2ndVnが座っているのかVlaが座っているのかがよく分からなかったのですが、上手サイドから双眼鏡で楽譜が見え、ト音記号とヘ音記号の区別ができました。結局上手に座っていたのは2ndVnで、その内側にVlaがいました。
・さて演奏ですが、序曲が始まるやいなや耳を疑いました。アンサンブルは汚いしリズムはバラバラ。これが本当に2日前に聞いたのと同じウィーン国立歌劇場のオーケストラ?といった感じです。さては今日は手を抜いて二流どころか三流のメンバーが集まっているのかと思ってLeicaの小型双眼鏡で覗いてみると、コンサートマスターをはじめ見覚えのある顔ばかり。これが噂に聞くウィーンの連中の手抜きか?と思って聞いていると、序曲を終わってから段々良くなってきました。1幕の半ばを過ぎてからやっといつものすごいアンサンブルが聞かれるようになり、2幕から後はもう完璧なまでにウィーン国立歌劇場そのものでした。彼らもエンジンがかかるのに時間が必要だったようです。
3回にわたってお届けした日本フィル・ヨーロッパ公演随行記も今回で終わりである。今回は、日本フィルは登場しないウィーンでのコンサートの印象記となったが、実は筆者が帰国した後で日本フィルのウィーンのムジークフェラインザール公演が行われたのである。スケジュールの都合でやむを得なかったが、ウィーンでの日本フィルを聞きのがしたことは大変残念であった。とはいえ、今回の日本フィルの公演を中心としたヨーロッパの著吊ホールめぐりは非常に貴重な体験であった。いろいろなホールの音を同じオーケストラ、しかも同じプログラムで短期間に聞き比べることができたし、オーケストラの奏者からも各ホールのステージ上の音響について様々な意見を聞くこともできた。
日本フィルの演奏は、いずれもお世辞抜きで大変素晴らしかったことを改めてご報告しておく。従来、日本のオーケストラの海外公演のマスコミ情報などでは絶賛されたと書かれていても、本当はどうだったのか訝しがる声を聞くこともしばしばであったが、今回の日本フィルに関する限りは間違いなく素晴らしい公演の数々であったし、各地での聴衆の反応も非常に熱っぽいものであったことを筆者自身の目と耳で確認してきた。今回の公演旅行に当たり、日本フィルの楽員の方々には各ホールの公演毎にステージの音響に関するアンケート調査にご協力いただいた。この場を借りて感謝の意を表したい。その成果は、12月に予定されている日米音響学会ジョイントミーティングにて発表の予定である。機会があれば、いずれこのNewsでもその概要をご紹介したいと考えている。(豊田泰久 記)