京都コンサートホールのオープニングシリーズが終わって
2月8日、京都コンサートホールの協力を得て音響学会関西支部と建築学会近畿支部共催による大ホールの見学会が開催された。話題のホールであり、いろいろな楽器・声楽のテスト演奏がアナウンスされたこともあったせいか、関西圏を中心に約300人が参集した盛況な会であった。許された時間のほとんどは、関西の第一線で活躍する演奏家によるピアノ連弾、弦楽ソロ・アンサンブル、声楽、オルガンなどの演奏に当てられ、単なる見学会というよりは新しいホールの試聴会といった趣であった。ピアノ、弦楽アンサンブルの演奏時にはステージ上も含めて自由に移動して聴くことができ、参加した方々は珍しい体験をされたことと思う。ホールの響きに関してはなぜかオープン前から様々に論評されており、見学会資料といっしょに配られたホールの響きの印象と好みを問うアンケートの集計結果が興味あるところである。
さて、オープニングシリーズの印象については、空間の広がりを意識するような響きではないが、しっかりとした低音の上に組み立てられた安定感のある響きであることなど、このホールの特徴と感じられた点を中心に昨年のNews11月号に紹介した。関西を中心に新聞各紙にも新しいホールの音響についての論評などが掲載されたが、オープン間もないホールをあまりにも性急に評価したものや、誤解をまねきやすいコメントも見受けられた。たとえば、昨年10月24日付の京都新聞“舞台の使い方に工夫を”-小石忠男氏-では、間の高さに設定したオーケストラ迫りに載った京都市交響楽団(以下京響)の演奏と大きな段差の迫りに載ったパリ管弦楽団の演奏を比較して、オーケストラ背後の竪リブはもってのほかでオーケストラを大きく段状に配置しなければならないのは不自然である、と論評された。先のNewsにも紹介したように、壁の低層部にまわる竪リブは高音域の拡散を意図したもので安定感のある響きの形成に役立っていると考えている。また、オーケストラを弦楽器群も含めて段状に配置するステージは伝統的なシューボックスホールに多く見られ、ベルリンや最近のサントリー、バーミンガム、サンフランシスコのオーケストラ迫りなど、オーケストラホールとしてごく一般的なステージ形態ではないだろうか。ちなみに、パリ管はいろいろ試したうえで本番の迫りの高さを決めたわけではなく、このホールのリハーサルの最初から大きな段差を付けてオーケストラを配置していた。また、10月25日付の朝日新聞の“ひと”欄のインタビューで京響音楽監督の井上道義氏が、「建物は100 点だが、音響はあと一歩。だから50点」とコメントしている。“音響は0 点で、だから平均で50点”、ともとれそうな内容であるが、“音響も95点には達しているが、もう少し工夫したい点がある”というのが真意と伺った。氏は特にマーラーのような大編成の場合の指揮者の位置でのオーケストラの鳴り方、各楽器の聞こえ方に不満をもっておられるようである。
それにしても、こうしたコメントは簡単に一人歩きしてしまうので怖い。東京ではよくない噂ばかりが聞こえてくるようである。一方こういった噂を耳にしながら、あるいは海外から来演した演奏家からは、逆に肯定的な声が数多く寄せられている。京都コンサートホール・プロデューサーの横山邦彦氏が集められた評論家、音楽関係者の声や、我々がインタビューした関係者のコメントのいくつかを紹介したい。
- (音響について)いろいろ言う人がいるだろうが、よく響くし、いい音がしている。ふくらみがない、との声も聞いたが、私はそうは思わない。パリ管を聴いて、京響とは違った音のように思え、演奏団体によって違いを鮮明にするホールの特徴を持っているような気がした。よくできている。(音楽評論家 日下部吉彦氏)
- はっきりいっておこう。アコースティックスはすばらしい。5 年、いや3 年たったら、もっと良くなるだろう。自然によくなるはずだ。経験から言える。いまでもいい音なのに改善の必要なし。新しいホールで初めからこんなに評判のいいホールは他にあったかね。これ以上なにを望むのか。(ウィーン・フィル楽団長 ウェルナー・レーゼル氏)
- 練習中、客席でも聞いたけど、いい響きをしている。われわれにいい演奏を求めてくるホールといえる。おかげで、楽員も私も意気込まされたよ。そんな気にさせるホールだ。これはすばらしいことだ。(指揮者 ヴォルフガング・サヴァリッシュ氏)
- ここはいいよ。とっても聴き易い。ボクは好きだ。木管なんかもっとクリアーであってもよい。強いていえばコンバスが弱いように聞こえるけど、これはオケのせいかな。パリでパリ管の連中に会った時、とても良いホールだと誉めていた。一部に不評もあるらしいけれど、何故だろう。(指揮者 佐渡裕氏)
演奏家の方々からたくさんのコメントをいただいているが、自分の音の手ごたえや他の楽器の聞こえ方など、ステージ上の音響についてご多分にもれず賛否両論がある。このホールの場合の演奏し難いという印象は、新しい空間で何回か演奏するうちに変わってくるものなのかどうか。それを見きわめるには、いずれにしてもある程度の時間が必要であろう。このホールのステージには、電動のオーケストラ迫りや竪リブの背後空間など調整できる箇所が設けてある。弦楽器群も含めた広い範囲を雛段状に配置することの効果はわかっていても、初めての演奏家の場合には普段慣れている配置と異なるというだけで違和感を覚えるのではないだろうか。
京響の普段のリハーサルは大きさのまったく異なる専用練習場で行われており、ホールと練習場の響きの違いが演奏に反映されるまでには、やはり時間がかかるのではないかと思う。ステージ周辺の竪リブ背後の調整なども計画しているが、いずれにしても時間的に長いスパンで追跡を続けたいと思う。(小口恵司 記)
世界劇場会議 国際フォーラム´96報告
2 月10日、11日の二日間、愛知芸術文化センターにおいて標記の劇場フォーラムが開催された。本フォーラムは1993年に発足し、95年についで今年は三回目である。93年度は劇場技術から管理、運営、人材育成までをカバーする総花的なテーマで展開されたが、昨年からは特定のテーマに絞って進められている。今年の副題は、<いま、地方の劇場が面白い>で、セッションの一つとして中部地区のユニークな八つの劇場の建築と活動状況の紹介があった。しかし、重みがあったのはバブル崩壊後の劇場環境をめぐっての話題であった。それに、今年はテーマの内容からみても出席者の顔ぶれからみても演劇指向で、音楽は場違いという空気であった。会議は二つの特別セッション、総合クロストークというまとめのセッションを加え9 セッションで、これが三つの会場で行われた。筆者の会議メモから要点をまとめて紹介したい。
舞台芸術をめぐる最近の環境条件、メセナ活動の実態などについて
バブル崩壊、阪神大震災などの社会環境の変化は、文化についての認識の問題点を洗い出している。住民にとって「文化」か「おにぎり」か、その選択の問題、行政改革の名のもとで行われる文化施設の人員減と予算減の実態、低金利による文化団体の運営資金の縮小など、劇場をめぐる社会環境は急速に厳しさを増している。
このような時代の文化支援、いわゆるメセナの実情は誰しも関心がある議題である。発足後5 年を迎えるという(財)企業メセナ協議会ではバブル崩壊後、逆に寄付金の額は増加しているという意外な事実の報告があった。また、企業よりもむしろ個人の寄付金の方が多いという大阪コミニュティ財団も初めて耳にする文化支援団体である。それに、この財団は特定公益法人として認可されていないから、個人でも企業でもこの財団への寄付は免税にはならない。文化支援について幅広い活動を行っているトヨタ財団も住友財団も同じ扱いであるとのこと。その理由は専ら役所の縦割り行政にあるらしい。文化の前に立ちはだかっているこのような役所行政の壁には怒りをおぼえた。
しかし、一方で大きな経済発展の結果が精神的な荒廃をもたらしているわが国の文化風土の現状を強く指摘された根本長兵衛氏(企業メセナ協議会専務理事)の発言は今回の会議で一番のインパクトであった。
利用されない文化施設がマスコミでも騒がれており、その打開の道が専ら行政の試作や企業の援助に求められている。しかし、筆者は舞台芸術を支えるのは音楽や芝居が好きでたまらず、金をはらって聴きに行く、観に行く、聴衆であり、観客であると思っている。かつて、芝居やオペラを観ることに意気を感じた観客がいたことを指摘している永竹由幸氏の著書「オペラと歌舞伎」(News 93-10号で紹介)の感銘は今でも鮮明である。何に感動を覚えるかが文化的な風土の尺度になるであろう。よい劇場というのはやはりよい文化的風土にしか育たないだろう。
海外の劇場の現状と展望
今年はオーストラリア、ウクライナ共和国、韓国および中国からのゲストによる講演が特別セッションで行われた。印象的だったのはウクライナ共和国のエレーナ・ポタポワさん(元国立キエフバレエ団プリマ)によるキエフ国立劇場の紹介と中国の王炳麟さんによる中国の劇場の紹介であった。キエフ劇場は体制崩壊後も職員1200名(内約半分がアーティスト)という巨大な組織で国の機関として運用されていること、東欧圏の音楽関係者の困窮を聞いているだけに、旧体制が維持されているキエフ劇場の現状は驚きであった。王さんは唐、元、明時代の劇場から最近建設中のオペラ劇場まで実に流暢な日本語で紹介された。さらに、伝統芸能としての京劇が若者に人気がないことなど、現在のわが国が抱える劇場問題につらなる課題の指摘があった。
劇場ネットワークについて
「明日の舞台芸術創造の地域ネットワークを考える」という物々しいテーマのパネルディスカッションが特別セッションとして行われた。清水裕之教授の「地域の舞台芸術創造ネットワーク構想」については本フォーラムの論文集1に詳細な報告がある。
演劇評論家の衛紀生氏からは、役者が地域に滞在し、地域住民とともに創造活動を行うという地域滞在型発信公演の事例の報告があった。95年には21の地域で13のプロジェクトが行われたとのこと。演劇の新しいネットワークの歩みといってよいであろう。
一方、国レベルでも進行している巨大ネットワーク構想については、情報の選択、仕分けをどうするか、また、はたして有効な情報が発信されるのか否か、情報の質の問題、情報は創造のきっかけにはなるが創造はオフ・ラインで行われる、等々の指摘があった。
劇場の設計プロセス(講演)と作品発表
「地域に専門劇場は必要か」というセッションで、まず、香山寿夫教授により「彩の国さいたま芸術劇場」の設計プロセスの講演があった。劇場設計はまず、オーナー側から提示された構想の吟味から始まること、地形の解釈、日常性から非日常性への空間と時間の連続性を建築でどのように処理するか、また、部分と全体の検討を完成まで続ける、などといった劇場設計に対する建築家の姿勢と手法が披露された。
作品紹介では中部地区で最近オープンした、あるいは建設中の八つのホールについて紹介があった。リハーサル室中心、地域の伝統芸能育成、音楽の創造活動などいずれのホールも設立の目的は明確であり、多目的型施設から完全に脱却した状況を知った。(永田 穂 記)
- 本会議についての論文集は「世界劇場会議国際フォーラム96実行委員会」に申し込まれたい。〒460 名古屋市中区東桜2-22-26 第2照運寺ビル225 Tel・ Fax:052-934-1452 ↩︎
Newsアラカルト
湯浅隆ポルトガルギター演奏会のご案内
湯浅隆さんは大阪出身のギタリスト。ポルトガルギターの音色に惹かれ1987年にポルトガルに渡り修行、マンドリン奏者の吉田剛士氏と「マリオネット」を結成、演奏に録音に活躍中の若手音楽家です。ポルトガルの民族音楽、現代音楽中心の演奏会が2 月17、18日に大阪都島の辻久子弦楽アンサンブルホールで、20日には東京有楽町朝日ホールで開催されます。チケット(3,500円) はぴあで扱っています。ご来聴をお願いします。(永田 穂記)
エキスパンドブック「響きのプロムナード」の販売
2月21日(水)~24日(土)の4 日間、幕張メッセにおいて開催されるMACWORLD Expo Tokyo ’96の会場内のボイジャーブース(エキスバンド・ブック横丁)で、昨年リリースした電子ブック「響きのプロムナード(新版)」を販売します。ご来場の際にはぜひお立ち寄り下さい。この電子ブックはコンサートホールについての話題をまとめたもので、今回発売のものは昨年度のものと内容は変わりませんが、開発ツールの変更により各種処理速度が格段に向上しています。また、インターフェイスにも若干の改善が成されています。近々、Windows 版の出版も予定しています。詳しい内容についてのお問い合わせ、または通販をご希望の方は出版元の銀聾舎がインターネット上に出店していますので、次のアドレスまでご連絡下さい。http://www.st.rim.jp/ ~junta/index.html (銀聾舎)