永田音響設計News 95-11号(通巻95号)
発行:1995年11月15日





京都コンサートホールのオープン

 10月12日、京都市民待望の京都コンサートホールが、本ホールにホームグラウンドを移した京都市交響楽団の記念演奏会(井上道義氏指揮、廣瀬量平氏の新曲:シンフォニア京都、ベートーべン:エロイカほか)でオープンした。1978年の世界文化自由都市宣言の理念を具現化するとともに、平安建都1200年を記念して21世紀に伝えるホールの船出である。京都駅から地下鉄・烏丸線で約20分、将来京都の新しい文化ゾーンとして整備される予定の北山に位置している。磯崎新氏設計の新ホールは、大ホール(1,839 席)の直方体、エントランスホール、小ホール(514 席)を内包した円筒形、およびホワイエの立方体格子の3 つの塊で構成され、楽屋を収容したやわらかい層状の曲線が直方体と円筒形を繋いでいる。聴衆は、敷地奥深くに引きこまれてエントランスへ、さらに円筒に内接したゆるやかなスロープを上がって、それぞれのホワイエに導かれる。これからはじまる音楽会への期待感をふくらませ、また音楽会の興奮を語らいながら家路へ、日常と非日常との橋渡しとしてこのアプローチは心にくいばかりの演出である。

大ホール
大ホールの内観
 ステージ周囲にも客席を配したアリーナステージをもつシューボックス型コンサートホールである。緩やかな段床形式のメインフロアを2 段のバルコニー席が取り囲むように客席が配置されている。伝統的なシューボックス・スタイルの対称性を基本としながらも、正面上手に寄せて配置された大オルガン(クライス社製90ストップ)、下手側バルコニーのロイヤルボックスや雁行した上段バルコニーなど、新しい要素が無理なく組み込まれている。音響設計においても、コンペプログラムに規定されたシューボックス型のエッセンスを折り込みながら、日頃のコンサート体験を通しての新たな試みも組み込んである。その要点をまとめてみたい。
(1) “狭い幅と高い天井”で特徴づけられるシューボックス型ホールの基本寸法は、良いアンサンブルが形成できる上限と考えられるステージ天井高を約16m に、室内幅はメインフロアで約20m 、反射面として重要な天井から1/3 までの壁面間でも25m に抑えている。
(2) 床が重く天井が軽いという関係を逆転させて、床は束立て木床組みで軽く天井は100 kg/m2 のコンクリート材で重量をもたせ、天井から、低音域までの確実な反射をねらった。これは低弦楽器がよく鳴る東京文化会館のモルタル天井がヒントである。
(3) 一回反射で客席に音を返す面に、中高音域の拡散を意図したランダムな凹凸を配した。側壁の竪の上規則リブ、天井中央部に帯状にちりばめられた突起物がそれである。約1500個ある突起物一つ一つには照明も内臓されており、美しい光の帯が形成されている。
(4) 通常後壁面に配置される吸音を客席椅子に振り分けて、後壁面も反射性とした。束立木床(ある程度の低音吸収)と合わせて、このホールのいわゆる吸音は客席面に集中していることになる。結果として、空席・満席の響の差が小さくなっている。
(5) サントリーホールでその効果が確認されている弦楽器までも対象としたオーケストラ用ヒナ段迫りを導入した。このホールをホームグラウンドとして使う京響の練習場にモックアップを持ち込み、京響のスタイルにあった寸法や高さのなどの検討を共同で進めた。このオーケストラ用ヒナ段迫りは、迫りを上げたままでのピアノの出し入れが可能なように、また前列に座った聴衆から観た壁のイメージを和らげるために、ステージ鼻先から約2mセットバックして配置されている。(関連記事:前号)
(6) ステージ床材の選定についても、樹種、厚さや下部構造など14種類のサンプルを作って共同で試奏・試聴実験を行い、弦・木管の載る部分については檜無垢材厚さ40mmを採用した。(関連記事:93年7 月号)
(7) ステージを囲む3 壁面にも客席側壁と同じ竪リブがつづいているが、この部分は音響的にはほぼ透明な50%開口のリブとなっている。背後はもちろん反射面(コンクリート素面)であるが、部分的な吸音や散乱など音響的な微調整ができるようにリブとの間にスペースが確保されている。これは、以前から気になっている金管と弦とのバランス調整に役立てようと意図したものである。ただし、準備期間に行われた京響の試奏の結果、この部分を木パネルで塞いでスタートした。

小ホール(アンサンブルホールムラタ)
小ホールの内観
 6 角形の平面と外傾した壁面で構成された空間は、壁面割りの格子点に埋め込まれた照明や天井にばらまかれた金属箔など、明るいイメージの大ホールとは対照的に星の瞬く夜空を思わせるデザインである。床と天井は大ホールと同様に、束立木床とコンクリート天井の構成である。平面形は、リサイタルホールとして評価の高い東京文化会館小ホールや、やはり磯崎氏設計の水戸芸術館コンサートホールと同じ範疇に分類される。外傾した壁面は、音響的には早い遅れ時間に集中しすぎる初期反射音を少しでも遅らせて、バランスのとれた反射音分布に近づけることをねらったものである。景観上の建物高さ 20m規制からくる天井高の上足を補う方策の一つである。それでも早い遅れ時間に集中しそうな状況に対しては、舞台正面の壁の裏側にカーテンを設けて、必要に応じて音を“間引く”工夫を施した。この壁の表面仕上げは、音響的にはほぼ透明な50%強開口のアルミパンチングで、同じ仕上げがそのまま他の5 面に廻っている。パンチングメタルと下地材との固定には、細心の注意が払われている。ステージ上部に吊込まれている大UFO 型の反射板は、ステージ照明を組み込んでいる点では水戸の反射板と同じ機能だが、音響上は“できるだけ透明に”ということでパンチング材が使用されている。



残響時間
小ホールの残響時間周波数特性
大ホールの残響時間周波数特性
 竣工時、空席時の残響時間の測定結果は、中音域において大ホール2.2 秒、小ホール1.5 ~1.6 秒(カーテンの出入による)であった。サンプル椅子を実験室に持ち込んで測定した着席時の吸音性能から推定した満席時の残響時間は、それぞれ2 秒、1.4 秒である。
演奏会の印象
 京響による記念演奏会の後、姉妹都市パリからの使節・パリ管弦楽団の演奏会で3 ヶ月におよぶオープニングシリーズの幕が開いた。大ホールはオーケストラコンサートがメインで、マーラーの幾つかのシンフォニーなど祝祭的な色合いの濃い曲目が続いている。定期演奏会に加えて歴代常任指揮者シリーズなど、京響が登場する機会が多い。11月3 日には早くもレバイン指揮、ウィーン・フィルがシューベルトのグレイトほかで登場した。これら一連の演奏会は、オーケストラ、指揮者によりホールの鳴り方にかなり違いのあることを改めて実感できる良い機会であった。共通しているのは、残響時間の数値から受ける印象ほどには響の長さを感じないことである。この点に関しては、国内に多く誕生した大型のシューボックスホールに共通した印象のように思う。サントリーホールのような空間の広がりを意識するような響ではない。音の構成の面で、しっかりとした低音の上に組み立てられた安定感のある響で分離が良く、高音のしゃりしゃりした感じがないという印象である。特に、弦楽器がしっとりとやわらかく鳴るのが印象的で、建築の持つ清浄で落ち着いた雰囲気にマッチしているように感じた。京都のあとサントリーホールに移動したパリ管の演奏する同じ曲を聴いて、2 つのホールの響の特徴の一端を知ることができた。はなやかなイメージのサントリーに対して、控え目ながら安定感のある京都といったところであろうか。ステージ上の響については、新しいホールということで違和感を訴える声もある。できるだけ多くの機会を得て、エイジング・慣れの要因も含めて追跡を続けて行きたい。この後、京響の各シリーズをはじめ、大フィル、新日フィル、18世紀オーケストラなどの来演が続く。京都ならではの邦楽の演奏会も企画されている。(小口恵司 記)

ホール音響、住宅の音楽環境に関するシンポジゥムと講演会のご案内

◆(社)日本建築学会音環境シンポジゥム
“音の拡がり感の用語と定義について”

 音響効果の一つの状態として、大伽藍でオルガンを聴くときに感じる音に包まれた状況を想定する事ができる。コンサートホールではこのようなことはまずないが、それでも舞台の全空間から音が溢れだす、といった状態を体験する事がある。このような音響効果に関与する物理量として、LE(lateral efficiency)、IACC(inter-aural cross correlation)、ASW(apparent source width) 、などなど様々なパラメターが提案されている。さらにSpatial Impression などといった漠然とした意味合いの用語も使われている。これらの諸量は実験室音響から生まれたパラメタ*であり、実際の演奏で体験する音響効果とどのように関係にあるのか、いま一つ明確でない。ASW は音源の見掛けの幅であって、はたして拡がり感という言葉で呼んでよいものなのかも疑問である。Spatial Impression、空間印象も言葉からいえばいろいろな要素があるように思える。このような状況について、音響研究者、音響コンサルタントそれぞれの立場から自由に語り合おうという会が神戸大学の森本先生の企画で行われる。
     日 時:平成7 年11月21日(火)13:00 ~17:00
     会 場:建築会館 302,303 会議室(港区芝 5-26-20,Tel:03-3456-2016 )
 パネラーは佐藤史明(東大生産研)、橋本修(日大)、森本政之(神戸大)、西隆司(NHK 技研)、豊田泰久(永田音響)、日高孝之(竹中技研)、岸永伸二(ヤマハ音響研)の7 吊、会費は無料である。参加については、神戸大学森本教授(Tel:078-803-1035)まで。

◆(財)サウンド技術振興財団 調査研究講演会
“住宅における音楽環境を考える”

 「新時代の音環境システム*音楽空間の構成に関する調査研究《というテーマで実施してきた平成6 年度の研究がまとまり、その成果についての講演会が下記のように行われる。
     日 時:平成7 年11月27日(月)13:30 ~17:00
     会 場:虎の門パストラル新館5F 桔梗の間
 講師は橘秀樹氏(東京大学生産技術研究所教授、音響学会会長 工学博士)、子安勝氏(千葉工業大学教授、音響学会前会長 理学博士)、大川平一郎氏(音環境研究所所長 工学博士)の3 方、参加費:一般12,000円、学生 6,000円である。
 資料を拝見したが、住宅内のオーディオ聴取音や楽器演奏音の実測結果がまとめられている。とくに音源に関する一連の資料はわれわれ音響設計の実施部門にとっては貴重である。しかも、わが国の音響界を代表される三氏による住環境音響サミットともいえる講演会である。申込は( 財)サウンド技術振興財団 Tel:03-3370-8277まで。(永田 穂 記)

永田音響設計News 95-11号(通巻95号)発行:1995年11月15日

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