永田音響設計News 95-1号(通巻85号)
発行:1995年1月15日





那須野が原ハーモニーホール

那須野が原ハーモニーホールの外観
 那須湯本や塩原温泉郷といえば吊高いリゾート地だが、これらとは東北新幹線の線路を軸としてほぼ対象の位置にこの那須野が原ハーモニーホールが完成した。水田に囲まれた閑静な住宅地の中に出現したこの建物は、栃木県の大田原市と西那須野町を跨いで、両市町の共同文化会館として建設された。
 コンクリートで囲われたカステラ型の部分が大ホール、これと対称的に巨大アルマジロの背中のような球体部分が小ホールである。この巨大球体は半分がガラス、半分がコンクリートで覆われており、ガラス部分がホワイエ、コンクリート部分がホールとなっている。本施設はその他に交流ホール、ギャラリー等を擁し、1994年12月17日に柿落としを迎えた。設計は本件のコンペ入賞を機に独立された世古・仲條両氏によるセルスペース・アーキテクツ(仲條氏は本件終了後、別会社を設立)、施工は西松・那須土木・山和建設共同企業体である。

 大ホールは1277席のシューボックス型のコンサートホールで、三方をバルコニーが囲み、舞台後方にも合唱席を兼ねた客席が配置されている。舞台周辺壁と客席側壁はリブ壁で、このリブには深さが数通りあり、これを上規則な順序で並べることで、音の拡散を得ると共に、ある一定の周波数の反射音が強調されないよう配慮してある。バルコニー席より上部の壁は1階席に比べ、ダイナミックな凹凸形状をしており、また上・下手4箇所ずつ設置された照明ボックスは照明使用時以外は壁と同様な材質の蓋で塞がれる仕組みになっている。天井高は豊かな響きを得るために、できるだけ高く取るのが必要と考え、コンピュータ・シミュレーションでの検討の結果、約14mを確保している。内装面では、クラシック音楽専用として比較的長めの残響時間を得るよう設計したが、同じ地域に同規模の公共ホールが幾つもある訳ではなく、当然の事ながら講演会等コンサート以外の目的にも使用されると考えられ、その際には側壁上部のカーテンと舞台正面に天井から吊す幕とで響きの調整を行うこととしている。その結果、残響時間は 500Hzにて2.1秒(空席、幕なし)、1.8秒(同、幕あり)であったが、試聴(後述)の印象ではこの数字が示す程の響きの長さは感じられなかったというのが筆者及び周囲関係者数人の感想である。なおこのホールについては、幸い聴衆着席時の測定の機会にも恵まれ、 500Hzにて1.8秒(約93%着席)という結果を得ている。地元、大田原高校の音楽鑑賞会の場をお借りしての測定であったが、こちらの要望に応えて息を殺して静寂を守り、数回にも及ぶ大騒音(ホワイトノイズ)に耐えてくださった生徒、先生をはじめ皆さんのご協力には感謝したい。

大ホールの残響時間周波数特性
 大ホールが典型的なシューボックスタイプのホールであるのに対し、小ホールはプロセニアム形式で、客席は円弧状の壁で囲まれており、その壁が舞台に向かってゆるく傾斜し、全体は円錐台の一部のような形状となっている。視覚的印象としては、舞台への求心性が感じられる魅力的な形状なのだが、音響的には音の集中が懸念される難しい形状でもある。対策としては、壁の円弧部分は大ホールと同様に、深さの異なるリブを用い、かつ後部壁は背後を吸音仕上げとした。演劇・講演等、多目的に使用されるホールということで、残響時間を短めに設定していたため、吸音面の多用で対処することができ、ホールの形状を大幅に変更する必要がなかったのは幸いである(とはいえ、建築設計者にはそれなりの妥協をしていただいたと思う)。またこの小ホールにはアメリカ、ウェンガー(Wenger)社の可搬型簡易反射板が用意されている。残響時間は500Hzにて1.1秒(空席、幕)~1.2秒(同、反射板)であり、反射板の有無で僅か0.1秒の違いであるが、反射板を設置すると初期反射音が増大するため聴感的にはかなり響きが増すように感じられ、ピアノの発表会や各種ミニ・コンサートにも十分対応できるものと期待できる。

 12月17日は午前中の柿落しの式典に続き、夕方からはオープニング・コンサートとして中村紘子さんのピアノリサイタルが催された。ピアノ演奏にはやや響き過ぎるのではという心配をよそに、速いパッセージも個々の音が程よい明瞭さで聞こえ、残響が長いという印象は残らなかった。小さい音(ppp程)も非常に澄んだ響きで耳に届き、またピアノ演奏を聴く際に時折気になる、ある一方からのきつい反射音も全く感じられなかった。
 この那須野が原ハーモニーホールは、この春までは地元の方々に利用してもらいながら各種調整を行い、4月には本格的に自主コンサートを催し始めるとのこと。館長には音楽評論家の丹羽正明氏が就任なさっており、氏にはすでにこのホールでの様々なプランがおありのようで、今後どんな音が聴けるのか一聴衆としても非常に楽しみなところである。

 ホールへの交通は、JR東北新幹線(運行が1時間に約1本なので注意)、那須塩原駅から大田原市方面へタクシーで約20分(2,500円前後)、在来線ではJR東北本線、西那須野駅から同じくタクシーで約10分である。もしくは両駅から在来のバスが国道400号線沿いに走っており、「本町《のバス停下車にて徒歩約5分。ただし、このバスは通常コンサートが終了する午後9:00頃はすでに運行を終了しているとのことで、帰りの足に上安が残るため、現在、市ではホール周辺の足の便を改善するための方策を検討中とのことである。また車で赴く際は、東北自動車道を西那須野塩原I.C.で降り、国道400号線を塩原温泉郷とは反対側に約10km(15分程度)走ったところで右折する(右側にコンクリートとガラスの巨大カステラとアルマジロが見えるはず)。温泉街からはやや離れているが、湯治ついでにちょっと足をのばしてコンサートや観劇、というのもまた一興。(横瀬鈴代 記)

本の紹介

◆『建築ジャーナリズム無頼』  宮内嘉久 著  晶文社 定価2,500円
 宮内嘉久君はわが国における建築ジャーナリズムの確立を掲げて自ら行動し、建築設計界に吠え続けてきた男である。現在、小冊子“燎(かがりび)”の企画、編集を行っている。彼はまた、私の府立高校の理(科)甲(類)の同級生でもある。今は年に一度くらいしか話す機会はないが、会えば高校時代の気分で話せる貴重な友人である。
 著者は、この本で終戦から今日までの政治、社会情勢の大きな変動の中で歩んできたわが国の建築設計者とその活動を、社会の中の建築という一貫した視点から鋭く見つめている。また、出版を通して世間にアピールするだけに止まらず、自らもいくつかの運動を仕掛け、行動している。その中には最近やっと世間で取り上げられている設計入札の問題などもある。建築設計という仕事に対して彼は一切の妥協を認めないし、そこには、工業技術だけで支えられた近代建築、体制におもねた建築に対しては生理的ともいえる反発がある。建築家前川国男に対しての彼の全身をあげての崇敬と心酔はここにある。

 この本は終戦直前の府立高等学校時代、神田の古本屋でみつけた、ル・コルビュジェの本の口絵の衝撃から、戦後の編集事務所での仕事、また、生活のために日雇い人夫になった時の話しなど、彼のパーソナルヒストリィが時間軸となって、建築評論の世界、設計界の動き、また彼の建築界への関わり合いなどがポリフォニーのように綾をなして語られている。その中には高校時代、代々木の練兵場での軍事教練のとき、仲間と38銃をマントに隠して日比谷公会堂の演奏会にエスケープした話しなど、同級生の私にも知らなかった事実がある。マント姿の彼の姿が目に映る。

 経済成長の波に乗って、わが国の建築界は成長の一途をたどってきた。しかし、文化施設などは100%政府と大企業に負っているのが現状である。彼の目によれば、現在の繁栄の背後には廃墟が写っているのであろう。今日われわれが享受している数々の文化遺産、芸術作品はほとんどが時の権力者の保護によって花咲いたという事実がある。なかでも、建築は権力や金力に結び付きやすい体質を内在している。また、今日の建築は広範囲な技術力のサポートなしでは形をなさないことも事実である。だからこそ、設計者はこれらをこえたより高いものを見失わずに自らを律すべきではないか、というのが彼の叫びである。この著者の主張を、豊かな時代に建築を志している若い方々はどのように受け止めるであろうか、興味深い。(N)

◆『マエストロに乾杯』  石戸谷結子 著  共同通信社 定価2,300円
 石戸谷さんは昔、音楽之友社にお勤めの頃お会いしている。現在、フリーライターとしてご活躍、JALの機内誌で彼女の記事にお目にかかったことがある。私は知らなかったのだが、この音楽家とのインタビュー記事は雑誌“FMファン”誌に連載されていたものとのことである。この著書はその中から指揮者ではムーティ、アバド、小沢など13人、声楽家でドミンゴ、カレーラス、ジェシー・ノーマンなど15人、ピアニストではポゴレリッチ、ブーニン、内田光子など5人、その他ヨー・ヨー・マ、クレーメルなど世界のトップクラスの音楽家40人とのインタビューを選んでまとめたものである

 まず、お見掛けが瀟洒(しょうしゃ)な石戸谷さんが、憶することなくこれだけの巨匠を相手にインタビューを進められたことに感朊した。後書きで知ったことだが、そのコツはインタビュー前の準備と心掛けで、石戸谷さんはこれを“疑似恋愛”という言葉で表されている。もちろん、短時間のインタビューから伺い知ることができるのは彼等のごく一面であろう。しかし、限られた言葉からも、われわれが踏み入ることができない音楽家の生き様の一端にふれることができて興味深い。さらに付け加えるならば、現在の音楽ビジネスの影のマフィアとまでいわれている、コロンビア・アーティストのロナルド・ウィルフォード氏とのインタビューを果たしている点である。聞くところによると、彼はこのような取材には一切応じないとのことである。その点でこれは大変貴重な記録である。しかし、内容は実に慎ましいものであった。(N)

News アラカルト

◆平成六年度(第32回)レコード・アカデミー賞
■レコード・アカデミー大賞<交響曲部門>交響曲全集(ベートーヴェン)
 J・E・ガーディナー指揮 オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティーク
        (アルヒーフ POCA-1080~4) ポリドール
■<管弦楽部門>管弦楽のための協奏曲/4つの小品(バルトーク)
        P・ブーレーズ指揮 シカゴ交響楽団
        (グラモフォン POCG-1720) ポリドール
■<協奏曲部門>ヴァイオリン協奏曲ニ長調(ブラームス)
        V・ムローヴァ(Vn)、C・アバド指揮 ベルリン・フィル
        (フィリップス PHCP1420) 日本フォノグラム
■<室内楽曲部門>弦楽四重奏曲/抒情組曲(ベルク)
        アルバンベルク四重奏団
        (EMIクラシックス TOCE-8461) 東芝EMI
■<器楽曲部門>ファリャ&モンサルバーチェ作品集
        A・デ・ラローチャ(P)
        (RCA BVCC-670) BMGビクター
■<オペラ部門>ボリス・ゴドゥノフ(ムソルグスキー)
        C・アバド指揮 ベルリン・フィル、コチェルガ(Bs)、M・リポウシェク(Ms)他
        (ソニークラシカル SRCR-9601~3) ソニー
■<声楽曲部門>歌曲集(グリーグ)
        A・S・フォン・オッター(Ms)、フォシュベリ(P)
        (グラモフォン POCG-1697) ポリドール
■<音楽史部門>抒情悲劇《アルミード》(リュリ)
        ヘレヴェッヘ指揮 シャペル・ロワイヤル、ロランス(S) 他
        (ハルモニア・ムンディ・フランス KKCC-277~8) キングインターナショナル
■<現代曲部門>オン・タオイズム/オーケストラル・シアター(譚盾 : タン・ドゥン)
        秋山和慶、岩城宏之指揮 東京交響楽団、他
        (フォンテック FOCD-3276) フォンテック
■<特別部門/日本人作品>管弦楽作品集(新美徳英)
        小松一彦指揮 東フィル、大友直人指揮 東京交響楽団、高橋アキ(P) 他
        (フォンテック FOCD-2513) フォンテック
■<特別部門/日本人演奏>歌曲集―2(山田耕筰)
        関定子(S) 、塚田佳男(P)
        (トロイカ TRK-103~4) 恵雅堂出版
■<特別部門/全集・選集・企画>ヤッシャ・ハイフェッツ大全集
        ヤッシャ・ハイフェッツ(Vn)
        (RCA BVCY-8045~109) BMGビクター
■<特別部門/録音>交響組曲《シェエラザード》、他(リムスキー=コルサコフ)
        R・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
        (ロンドン POCL-1475) ポリドール
■<特別部門/ビデオ・ディスク部門>歌劇《コジ・ファン・トゥッティ》(モーツァルト)
        J・P・ポネル演出、N・アーノンクール指揮 ウィーン・フィル、E・グルベローヴァ(S) 他
        (ロンドン POLL-1080~1) ポリドール


永田音響設計News 95-1号(通巻85号)発行:1995年1月15日

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