永田音響設計News 94-3号(通巻75号)
発行:1994年3月15日





高崎シティホール市民ホール・ギャラリー棟の竣工

 高崎シティホールは、JR高崎駅より徒歩約10分、高崎市役所、簡易裁判所、前橋地方検察庁等の官公庁の施設や国立病院、群馬音楽センターなどが建ち並ぶ高崎市の中心に計画された建物で、市庁舎、ギャラリー、市民ホール、図書館、地下駐車場、フォーラム(広場)が一体となった複合施設である。全体を3期に分けて順次建設の予定であり、この度第1期として市民ホール・ギャラリー棟が竣工した。この施設はホールのほか、市民の創作活動、作品発表などの利用を考えた6つの展示室、映像メディアとコンピュータによる美術情報の提供を可能にしたハイビジョンギャラリーを中心とするアートインフォメーションルーム、イベント機能を持ったフォーラム、地下駐車場等で構成されている。建築設計は(株)久米設計、施工はフジタ・大成・三井・冬木・研屋共同企業体である。永田音響設計はホール、ハイビジョンギャラリーを中心として、設計段階から音響関連工事の監理、完工時の音響性能の検査、測定までを担当した。

客  席
舞  台
 本施設の中心となるホールは座席数324席、メインフロアのまわりをバルコニーと幅1mの列柱がぐるりと囲み、ステージと客席が一体となった空間になっている。客席上部には大きな円盤状の反射板(現場ではUFOと呼ばれていた)が吊られており、実際のホール天井はこの反射板とまわりのメッシュによって全く見えない。シンプルな色合いで整えられた落ち着いた雰囲気のホールである。設計当初から式典、集会、シンポジウムなどの講演会やピアノリサイタル、小編成の室内楽コンサートなど、様々な催し物への対応が想定され、音響に対する要望も質の高いものであったが、音響的にもっとも問題となったのは、平面形状が円形ということであった。円形ホールの音響設計の難しさについては以前にも紹介されているが、ホールにとって凹面はわずかな面でも音響障害につながる可能性があり、できるだけ避けたい形状である。特に本ホールのように客席に近い壁が円弧状になっている場合、円の中心部での音の集中や、場所による音のバラツキが生じるといった問題は必ず起こり、音響設計者としては頭をかかえることになる。このような音響障害をできるだけ小さくするためには、障害の大きな原因となる壁面をできるだけ“完全”な吸音面とし、その壁面からの影響を最小限にする必要がある。本ホールの場合、1、2階の壁が客席中央を中心とした半径約11mの円弧状になっているので、この壁面の形状、仕上について十分な検討を行った。具体的には、客席への初期反射音を作り出すのに重要なステージまわりの壁面についてはできるだけあらゆる方向に拡散するような形状とし、客席後方の壁面については吸音仕上とした。この音響的に処理を施した壁の表面には、デザイン上円形のイメージを崩さぬようリブを配置している。施工の途中段階では、リブの形状、大きさ、設置間隔について検討し、またステージまわりの壁については鋭い音の反射をさけるために一部に吸音面を設けた。

図  市民ホールの残響時間周波数特性
 完工時に総合的な音響測定を実施した結果、聴感的な音響障害は予想以上に小さいもので、施主である市役所の方や設計担当の方々からは、「全く問題ない《という感想を得ている。これが壁面を徹底的な拡散、吸音仕上に設計したものによるのか、表面のリブの配置により円弧の影響がやわらいだものなのか、判断するのは難しいが、関係者一同、一安心といったところである。なお500Hzの残響時間は空席時 1.1秒、満席時 1.0秒(空席時測定値からの推定計算による)であった。
 このホールの特徴の1つとして空調設備のシステムを紹介しておきたい。本ホールの空調設備は、冷暖房の効率を考え、夏期は天井から、冬期は床から給気を行うというダクトルートの切替えが可能なシステムをとっている。“マッシュルーム(床下の換気口)から風が吹く”と聞いたときには、風が体に当たって気にならないのだろうかと心配になった(のは筆者だけかもしれないが)。完工時の検査において、冷暖房双方の運転を行ったが、何ら問題なく、客席中央における空調騒音はNC*20以下と設計目標を満足する結果であった。
 高崎市は西暦2000年(市制100 周年)に向けて、毎秋“高崎音楽祭”を開催し、特に市内の演奏家の育成に力を入れている。新たな高崎の音楽活動の場として、本ホールが広く利用されればと思う。本施設は7月1日のオープン記念式典以降、下記の催し物が予定されている。ぜひ足を運んで頂いて、印象をお聞かせ願えれば幸いである。

市民ホール  7/5(火) バロックコンサート(出演 小林道夫)
         8(金) 嵯峨美子シャンソンコンサート
        10(日) 森永一衣ソプラノコンサート(伴奏 小林道夫)
展示室    7/1(金)~25(月)「モンマルトルを愛した画家たち《展

(小沢あゆみ記)

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◆オーケストラ迫りを使用したチェルカスキーのリサイタル
 シューラ・チェルカスキーは今年85歳、1988年以降毎年来日し、東京ではサントリーホールでリサイタルを行っている。小柄な体躯で、サントリーホールの広い舞台を足早に、やや遠慮がちにピアノに向かうあの姿から彼の演奏は想像できない。一粒一粒の音は美しく、しかも暖かく、節度のあるリズム感がベースにあり、曲によっては壮大な世界を描き出す。ピアノ音楽の美しさと深さを感じさせる演奏であり、2 月20日のサントリーホールも満席という盛況であった。
 当日のプログラムはバッハの半音階的幻想曲とフーガ、ハイドンのソナタ、ヒンデミットのソナタ、ショパンのバラード、夜想曲、最後がリストのハンガリー狂詩曲2 曲、それにアンコールとしてM・グールドの「ブギウギエチュード《など5 曲が加わり、ファンとしては満足感にあふれた一時であった。この演奏会については2 月22日の日本経済新聞の夕刊に岡部真一郎氏の記事があることをお知らせしておく。
 ところで、この演奏会ではサントリーホールのオーケストラ迫りの後ろの3 段が使用されていた。この迫りはもともとオーケストラの山台として設置されたものであるが、数年前サントリーホールで行われた実験で、ピアノにもプラスの効果があることが確認されている。しかし、ピアノの演奏会に使用されることは珍しい。音楽事務所の推奨によるものなのかどうかは別として、演奏者の紊得がなければ使用されることのない設備である。チェルカスキー氏の音の秘密がこのようなところにもうかがえるように思った。

◆珠玉の世界四大ピアノの饗宴
 先月号で紹介したように、(社)日本ピアノ調律師協会が主催する、カワイ、ヤマハ、スタインウェイ、ベーゼンドルファー4 社のコンサートピアノの弾き比べが3 月5 日、サントリーホールで行われた。演奏者は北川暁子、アヴォ・クュムジャンのお二人。プログラムの前半はモーツァルトのロンドをカワイ、ラベルのソナタをヤマハ、ショパンのドンジョバンニの主題による変奏曲をスタインウェイ、バッハ=ブゾーニのシャコンヌをベーゼンドルファーという弾き分けであったが、後半はべートーヴェンのソナタ悲愴の第一楽章をスタインウェイ、第二・第三楽章をカワイ、シューマンのクライスリレアーナがベーゼンドルファー、アンコール曲がヤマハであった。私は前半を一階の中央、後半を二階席の上手脇(RB席)で聴いた。演奏の仕方、曲目、それに聴く場所なども無視できないファクターであろうが、モーツァルトのロンドで感じたカワイの明るい色彩感、ベートーベンのソナタで感じたスタインウェイの深さ、シューマンで感じたベーゼンドルファーのスケール感が印象的であった。
 ピアノの音色についてはたしかにメーカーによる違いはあるが、ガラコンサートなどをとおして感じていることとして、ピアニストによる音色の違いがある。一つの弦の発生音に限れば、その音色は物理的には打弦の速度で決まる筈である。また、ピアノには調律、整音、整調という調律師が関与する音色の分野もある。しかし、偉大なピアニストは独自の音色をもっている。前文で紹介したチェルカスキーの音色は彼でしか作り出せない音色といってよいであろう。上思議な世界である。

“ベートーベンを弾く”
のテキスト
(日本放送出版協会)
◆ベートーベンを弾く (NHK趣味百科) 講師 ゲルハルト・オピッツ
  NHK趣味百科のピアノ講座では、今年の1月から3月 まで、現在ミュンヘン音楽大学教授のゲルハルト・オピッツ氏のレッスンを毎週木曜日の夜と金曜日の午後に放映している。曲目はすべてベートーベンで「悲愴《、「20番ト長調のソナタ《、「月光《、「エリーゼのために《、「熱情《の5 曲、生徒は日本、ドイツ、イタリアから5 吊、約25分のレッスンの最後に教授の模範演奏がある。オピッツ教授の言葉による音楽の表現とそれをたちどころにピアノで表現してみせるその技は、私ども素人にも分かりやすい。生徒の演奏に対して、テンポの意味の説明からエレガントに、優しく、ためらいがちに、開放的になど、曲想をあらわす言葉が次から次へと飛び出してくる。一つ一つ、薄皮がはがれるようにベートーベンの世界が生まれてくる。残念なことにこのレッスンの放送は3 月一杯で終わる。この放送のせいか、3 月24日の東京芸術劇場の演奏会のチケットはかなり前から売り切れ、20日に浜離宮朝日ホールで追加の演奏会がある。ご希望の方は早めに問い合わされるのがよいであろう。主催は神原音楽事務所、Tel:03-3586-8771である。

◆建築空間の音環境を考える会の発足
 日本サウンドスケープ協会は、鳥越けい子氏(サウンドスケープ研究機構代表)、大野嘉章氏(練馬区役所)、藤本和典氏(ナチュラリスト)、平松幸三氏(武庫川女子大学教授)らが発起人となって、昨年6月に設立された。慶応義塾大学吊誉教授の澤田允茂氏を会長として、現在、会員は約350 吊の組織である。この「建築空間の音環境を考える会《はその分科会の一つ、広い視野から心地好い音環境の条件を考えてみようというのがその狙いである。2月8日に第一回の会合を持ったばかり。主査を鹿島建設の長友宗重氏が、事務局を千代田化工建設の中村ひさお氏が担当される予定である。この会はしばらくの間、会員外の方にもオープンし、自由に参加していただく方針である。ご関心のある方は下記までお問い合わせいただきたい。
*日本サウンドスケープ協会
  関東事務局:〒102 東京都千代田区外神田2-18-5  LAO 内 Tel:03-3258-8950
  関西事務局:〒657 神戸市灘区八幡町3-6-18-3E NADI 内 Tel:078-801-3120
*建築空間の音環境を考える会
  事 務 局:〒230 横浜市鶴見区鶴見中央2-12-1
            千代田化工建設(株)機械エンジニアリング1部
            中村ひさお Tel:045-521-1231内線23665


永田音響設計News 94-3号(通巻75号)発行:1994年3月15日

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