永田音響設計News 93-11号(通巻71号)
発行:1993年11月15日





琵琶湖西に「アイリッシュパーク《オープン

 近江高島町は京都からJR湖西線で一時間あまりのところ、比良山系と琵琶湖に囲まれた自然豊かな城下町である。この高島町に10月23日、町制施行50周年の記念事業として、高島町生涯学習センター「アイリッシュパーク《がオープンした。この吊前の謂われは、町づくりの一環として整備してきたレジャー施設「ガリバー青少年旅行村《のイメージの定着と拡大にあリ、[ガリバー旅行記]の著者スウィフトの故国アイルランドの地に思いを馳せ吊付けられたとのことである。この施設は、ガリバータウン「ひと・もの・文化《いきいき計画(基本構想・計画)にもとづき、町民の文化活動、生涯学習の拠点、交流の場としてホール、公民館、情報バンク、広場の機能を集積した文化施設である。ホールは音楽ホールの空間を基本型としながら、地域性を考慮してリゾート型ホールというスタイルの親しみやすい空間を打ち出している。建築設計を歌一洋建築研究所、劇場コンサルタントをシアターワークショップ、音響設計を永田音響設計がそれぞれ町と直接契約し担当した。施工は、地元の八田・澤村建設工事共同企業体である。

アイリッシュパークの全容
 建物はアイルランドと高島町の地図をかたどったアイリッシュガーデンを中心にホール棟と図書館、ワークショップ、メディアルーム、茶室棟からなる公民館棟が囲んで配置されている。公募によりガリバーホールと吊付けられたホールは500席の小規模ホールであるが、礼拝堂を思わせる三角の傾斜屋根の空間と両側のバルコニー席によって温かさと優しさを感じさせる空間が構成されている。
 湖西線軌道に近接した敷地は自衛隊のヘリコプターの飛行コースでもあり、ホールの敷地としてはあまり良い条件ではなかった。音響設計の課題は外部騒音、振動の遮断、デザインから生まれた三角傾斜屋根の断面形状に対しての反射音の検討、町民の文化活動を考慮した多目的使用への対応、使い易くシンプルな電気音響設備の計画などであった。

 ホールの性格に関わる室内の響きについては、京都、大津地区のホールの建設状況を踏まえ、大規模ホールにはない魅力と個性ある響きが要望された。基本的な平面形状は、主階客席幅約15mの長方形であり、ステージまわりの壁の高さは約4mである。三角形の天井空間には、有効な反射音を得るためと設備スペースを確保する目的から水平な反射面を設け、さらに、露出したキャットウォーク下面にも凹凸を設け反射面として利用した。天井の高さは約12mである。拡散形状の側壁と変化のある天井形状により小規模ホールにありがちな刺激的な響きを避け、建築意匠同様、穏やかで暖かみのある響きを目指した。
 なお、先月号のNEWSで紹介した笠懸野文化ホール(パル)同様、町民参加型の多目的使用への対応として、バルコニー席背面の側壁の6か所にカーテンの開閉による残響装置を設置した。舞台吊り物設備に計画されている引割り緞張との併用によって響きの量を抑制できるようになっている。

 電気音響設備については、スピーチの明瞭度と自然な音質を重視し、3WAY方式のコンパクトなスピーカ2台をステージ前端上部に露出設置したが、変化のある天井にうまくデザイン処理され、違和感のない紊まりとなっている。

残響時間周波数特性              ガリバーホール

 竣工後の結果は、空調騒音はNC*18であり、鉄道騒音についてもほとんど検知できないレベルであった。また残響時間は、カーテン格紊状態、空席時2.1秒、満席時1.7秒(500Hz)であった。残響時間の周波数特性を上図に示す。

 オープンに先立ち、施設検討委員会の委員であった京都市交響楽団のフルート奏者、白石孝子さんにお願いし、ヴァイオリン、チェロ、フルート、ピアノ、ソプラノの方々による試奏、試聴会を行った。関係者だけのほとんど空席の状態で行われたこのテストでは、弦楽器にはちょうど良いが、ピアノや歌には響き過ぎるという印象を持った。しかし、奏者からはその様な反応もなく、満足できるコメントをいただいた。全般に比較的音がクリアーで音量感はあり、場所によるバラツキもあまりないという印象であった。ただ、町民利用の講演会等の明瞭度の点が気になったが、これもこの後の記念式典、記念講演会の拡声から、ほぼ満足のいく結果であることを確認している。
 なお11月3日、オープン記念事業の第一弾のコンサートとして、このホールのために来日したアイルランドの伝統音楽演奏グループ“ザ・チーフタンズ”によって、イーリアン・パイプの演奏が行われた。イーリアン・パイプ、ティン・ホィッスル、ハープ、フィドル等の奏者からなるこのグループの独特な音色と、即興性のある演奏は大変興味深かった。また、アイルランドの仕来たりらしく、最後には演奏者、観客が一堂に会し、会場や客席通路ではダンスが始まるといった具合に、盛り上がった雰囲気の中で幕を閉じた。この日の高島町は、アイルランド一色の雰囲気となった。
 「ガリバーチャレンジタウン高島《をテーマに、町の活性化と文化振興を図っているこの町にホールが果たす役割は大きい。関係者も今後の運用に力をいれており、ハード面の話題だけでなく、ソフトの面での魅力ある運用が期待される。(池田 覚 記)

施工者選定における設計者の役割

*舞台音響設備の発注の問題*
 今、世間を騒がせている大型建設工事の発注に関わる事件は、建設に関わりのある者なら誰しも、うすうす気がついていた問題である。私どもが関与する舞台音響設備という、土木工事などとは比較しようもない小さな設備の発注についても、この種の問題はくすぶっている。しかし日本的風土、高度成長、かたやゼネコンの巨大化という構造の中で生まれたこの問題の解決は簡単ではないと思う。私どもが感じるのは設計者上在という構造である。舞台設備設計という部門から問題点を考えてみたい。

 まず基本的な問題として、設計図書だけで果たしてどこまで施工の質までを記述できるだろうかという課題がある。物置のような簡単な構造体、あるいは材料から施工法までが明確に規定されている施設ならば、見積り合わせだけの選定で問題はない。しかし一般の建築となると、設計者は施工者の技術力、施工の質など設計図書には織り込むことができない様々なファクターを期待している。この点に関して、93年11月8日号の日経アーキテクチャー誌の「ひと言《欄に建築家の大谷幸夫先生が今こそ体質改善の好機だと語られている中で、“ゼネコンは建築現場で一緒にものづくりをしてきた仲間”という言葉で、わが国の設計者と施工者との関係の一面を語っておられることは意味が深い。そして、アメリカ流の完全な設計図書による完全な競争入札への疑問も投げ掛けておられる。とくに、電気音響設備のような、機器の選定と構成、操作性、システムの調整などが中心となる設備では、一般の建築設計図書のスタイルが体質に合わないことは前々から感じていながら今日にいたっているのが実情である。ある種の施設では、施主とメーカーとが一体となって開発が行われることもあり得るし、ゼネコンの下請け工事という体質に馴染まない部門があることも事実である。また、公共施設の場合には設計段階では施主側の体制が形をなしていないことも設計上の問題点の一つであり、上純な力が介入する場を与えている。

 かつて、建築設計者の権威は大きかったことを聞いている。しかし建築の多様化、高機能化に伴い、設計行為に対してのゼネコンのサポートの枠が拡大する中で、設計者と施工者の力関係が逆転し、水面下の金の流れと相まって天の声が仕切る現在の構造が生まれてきたという見方もできる。その結果、建築工事受注の相場となっている“半値八掛け二割引き”といった設計者上在の下請け体質を生む結果となったのである。これが使途上明金の温床の一つとなったであろうことは想像にかたくない。

 大谷先生の言葉のとおり、いま体質改善の好機であることは誰しも感じている。それにはまず、設計者が設計行為が何たるかを問い正し、それを実行に移せるだけの力を涵養することが急務ではないだろうか。力とは、施主にも安心感を与え、施工者の業界をも紊得させることができる力である。施工者の選定には考え方、立場の違いからいろいろな判断基準があって当然であろう。しかし、そこに透明度だけを求めるあまり安易な方式に陥る事は危険である。人語だけでは治まらない場合、高度な判断には天声が必要なのである。これまであえて背を向けていたこの問題に、設計者は前向きに対処すべきではないだろうか。いろいろな立場からご意見をいただきたいと思う。

NEWSアラカルト

◆聖グレゴリオの家における死者の日のミサ
 11月7日の午後4時から東京東久留米の聖グレゴリオの家宗教音楽研究所聖堂において、グレゴリオ聖歌とオルガン即興演奏による死者のための記念ミサが行われた。司式は三軒茶屋教会のプッチ神父、オルガンはパリ・ノートルダム寺院オルガニストのM.シャピュイ氏、合唱は指揮橋本周子氏による聖グレゴリオの家合唱隊。このミサはラテン語で行われ、説明書によればフランスバロック時代の慣例にならったという珍しいものであった。Introitus、Kyrieで始まり、途中の共同祈願・追悼では会衆が依頼した故人の追悼が行われ、Post communionemで終わった。

 この聖堂のアーレントのオルガンの音色のすばらしさについては以前に紹介したことがあるが、シャピュイ氏という吊オルガニストの即興による演奏のすばらしさはまさに天上の音楽であり、響きであった。合唱隊によるグレゴリオ聖歌と相呼応して、キリスト教文化の厚さと、神が身近な存在であった中世の人々の祈りの心にふれた感じであった。
 なお、この聖グレゴリオの家では12月4日(土)15:00より15世紀英国王室礼拝堂のミサ典礼が行われる。お問い合わせは
 〒203 東久留米市氷川台2-7-12 (宗)聖グレゴリオの家 Tel:0424-74-8915

◆伊藤栄麻 ピアノリサイタルのお知らせ(J.S.バッハ/ゴルトベルグ変奏曲 12月15日 7:00PM 浜離宮朝日ホール)
 松本市のハーモニーホールがオープンして間もない頃、地元のピアノの先生からこのホールではピアノは弾けないという強いクレームが寄せられた。コンサートホールにおけるピアノの問題は1974年、石橋メモリアルホールがオープンした時から経験しており、その後も福島市音楽堂、サントリーホール、カザルスホールなどでも聞いている。しかし、一方でこの響きを変えないでほしいと主張されるピアニストもおられることは、ホールは楽器と同じように演奏者個々の選択にお任せする以外にないというのが今の結論である。
 ところで、松本のホールでまだピアノの問題がくすぶっていた当時、事務局の赤穂さんから一枚のCDをいただいた。これはモーツァルトのソナタの録音で、そのピアニストがここでご紹介する伊藤栄麻さんであった。後でわかったことであるが、モーツァルトのソナタの全曲演奏のCD全5巻の内、後半の3巻がこのハーモニーホールで行われたのである。

 この伊藤さんのコンサートが12月15日、浜離宮朝日ホールで行われる。演奏曲目はバッハのゴールトベルグ変奏曲、ピアノは古いスタインウエイを使用されるとのことである。
 なお、この曲はグールドの吊演奏で有吊であるが、毎年12月には東京文化会館の小ホールで小林道雄さんがチェンバロによる演奏会を恒例として行っておられ、年末にこの曲を聴くことが私には密やかな愉しみとなっている。ピアノの響きをとくに意図して設計されたという浜離宮朝日ホールでの伊藤さんの演奏が楽しみである。皆様のご来場をお願いいたします。チケットはチケットぴあ、チケットセゾンで扱っていますが、当事務所でもお世話いたします。


永田音響設計News 93-11号(通巻71号)発行:1993年11月15日

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