永田音響設計News 88-11号(通巻11号)
発行:1988年11月25日





音楽練習室とリハーサルルーム

武蔵野音楽大学
入間キャンパス練習室
 これらの室には、個人用の音楽室から音楽学校のレッスン室、オーケストラ用のホールなど規模や使用される楽器の種類などから様々な室があります。演奏者との結び付きが密なだけに、音響設計にはスタジオやホールと違ったむつかしさがあります。
 音楽練習室の音響設計の最初の体験は1960年にオープンした武蔵野音楽大学の練馬キャンパスの練習室で、まだNHK技研に在職中のことでした。コンクリートブロックとボードによる遮音壁、防音扉、窓をとおしての側路伝搬の検討、吸音と反射面の分散配置程度のことしか覚えておりません。本大学については1970年代から建設が始まった入間キャンパスの練習室で室の規模、使用目的などから吸音、反射面の配置を変えるなどかなり肌理の細かい設計をいたしました。しかし遮音構造として浮き構造は採用していません。
 写真は入間キャンパス内の音楽練習室ですが、写真のようにこの練習室の内装には合板による拡散、反射、吸音面を採用しました。その結果、今でいうボンド工法による遮音性能の異常低下を初めて経験しました。
 音楽大学の音楽練習室についてはその後、尚美音楽学園短期大学(1980)、聖徳学園短期大学(1981)、国立音楽大学(1981)、武庫川学院(1980・1981)、相愛学園(1982)、同志社女子大学田辺キャンパス(1986)などの音響設計を実施してきました。スタジオやホールと同じように音楽練習室も音響性能、とくに遮音性能については高いグレードが要求される傾向にあります。その流れの中から特徴を拾いあげてみますと、

(1)昔、音楽学校といえば校舎全体がピアノや歌で鳴っていた感じでした。工場に騒音があるように、音楽学校に音楽があるのは当たり前とされていました。しかし、今は事情が異なります。とくに外部に対しての遮音対策は計画時点での大きな間題です。武庫川学院の音楽教室は道路一つ隔てて民家があるため、既存の教室を利用して騒音伝搬について大掛かりな調査をしました。

(2)教室間の遮音性能ですが、日常の授業の場合には多少の音漏れがあってもいろいろな個所からの様々な音楽が混ざりあって、音楽というより一種の雑音となって聞こえますので、室―室間の遮音はコンクリートの遮音性能があれば間題はありません。しかし、学校当局が神経をとがらすのは、入学試験の時の音漏れです。とくに聴音の試験の時の音漏れは後でいろいろ間題となるようです。それに、日常の音楽活動のない静まりかえった校舎では漏れてくる音楽がかえって気になるものです。

(3)いうまでもなく、上下間の遮音も重要な性能となります。

(4)練習室を兼ねた先生の部屋、とくに客員教授として迎えた先生の部屋の遮音にも同じような厳しさが要求されます。したがって、現在では音楽練習室は浮き構造を採用し、スタジオ並の遮音性能を周囲の室に対して確保することが当然となってきました。
 最近の例ですが、個人用のピアノ練習用のブース、もちろん、コンクリート構造で囲まれているのですが、音漏れを指摘する生徒がいるようです。最近の音楽学校はしたがって、たいそう賛沢な建物になっています。外国の音楽学校では、このあたりどうなっているのでしょうか?図は同志社女子大田辺キャンパス音楽棟各練習室間の遮音性能です。

レッスン室、練習室間の遮音性能
左:上下室間  右:隣接室間


残響時間周波数特性

 ついで、室の内装ですがこれも輿味ある課題です。最近では新しい練習室を手掛ける前に必ず音楽の先生方の意見を伺うようにしています。
 同志社女子大学の音楽学科が歴史的な今出川校舎から現在の田辺のキャンパスヘ移転することが決まった時、在来教室の音響性能と先生方の評価についてかなり立ちいった調査を実施しました。新しいレッスン室の音響については、このデータをもとに設計をしました。レッスン室に対しての先生方の要求というのは予想どおりたいへん個性的で、これはリスニングルームの場合と非常に似ています。すなわち、

・響きとしてライブ指向とデッド指向との二派がある。楽器にもよるが人にもよる。

・残響特性としては低音から中高音にかけてゆるやかに下降する特性が好まれる。

・試験、オーディションなど特殊な聴き方をする場合にはライブすぎる状態は好まれない。

・内装については視覚的嗜好が強い。木が無難である。

 田辺キャンパスではレッスン室では平均吸音率として0.20~0.25を、練習室では0.30を基本的な設計目標として採用し、一部の室にはカーテンよって響きが調整できるようにしました。上図は代表的な練習室の残響時間です。

都響練習所(東京文化会館内)
 一方オーケストラの練習というのは、そのホームグラウンドであるホールで練習するのが本来の姿です。しかしホールとオーケストラとの結び付きのないわが国では、練習所の確保はたいへんな間題です。都内のオーケストラで現在専用の練習所があるのは、N響、都響くらいでしょうか。新日フィルは現在、旧国鉄の大井町工場の食堂の一部をかりて練習している状態です。天下の小沢征爾さんもここで棒を振ります。最近のコンサートホールブームの中でも、オーケストラ練習室は取り残されています。
 ところで、オーケストラ練習所の響きの設定についてはいろいろな意見があります。一つはホールのステージ空間を再現すればよいという考え方。しかし、容積の異なる練習用ホールで厳密な意味でのホール空間の再現は上可能です。また、あまり響きの豊かな弾きやすい練習所では響きのない多目的ホールなどで本番を迎える場合、ギャップが大きすぎて困るという意見もあります。
 現在計画段階の墨田区のコンサートホールですが、新日フィルのホームグラウンドとなることが決まりました。オーケストラにとっては理想的な環境が生まれます。また、岩城宏之さんが中心となって結成された金沢市のプロ・オーケストラでは、その設立と同時に旧プラネタリウムを改造した練習所が用意されました。これも画期的なことです。

セレンディピティ

 8月号で“青木先生のSS教室”の紹介をしましたが、思いがけない方からいろいろ問合わせをいただきました。反応があることは何より嬉しいことです。資料のSS(整理・整頓)について困っておられるのは私だけではないことを知り、半ば安心しました。
 ところで、ここでご紹介するのは11月6日の日本経済新間に連載の『吊言の内側』に載った外山滋比古氏のこの言葉“セレンディピティ”です。外山さんの言葉を借りれぱ、目ざしているものでないものが飛び出してくる予想外の発見のことで、約100年間忘れられていたこの言葉が最近注目され、英語辞典にも登場しているとのことです。
 私はこの言葉“serendipity”をかなり前にある本でみつけました。それはしょっちゅう物捜しに悩まされている私のような人種にとって、忘れられない内容だったからです。
 セレンディピティとはセイロンの王子のこと。この王子は捜そうとしているのではない宝物を堀り出す吊人だったことから、この言葉が生まれたとのことです。つまりその内容は、物捜しをしている時に思いがけないものが見付かること。この歓びは自慢ではないが、きちょうめんで物捜しなどしたことのない方にはお分かりにならないと思います。
 外山さんの記事では最近創造、発見を求めてしのぎを削っている技術分野で着目されているとのこと。自由な心の状態から得られる一種の天啓のようなものでしょうか。

NEWSアラカルト

◆日米ジョイントミーティングから
 日本音響学会ASJとアメリカ音響学会ASAとの第二回目のジョイントミーティングが11月14日から18日までの5日間ハワイ・ワイキキビーチのシェラトンホテルで開催されました。10年ぶりのことです。
 建築音響関係はまずヌートセン記念特別講演として、神戸大学の安藤先生の話から始まりました。“The inner universe:A multidisciplinary approach to the acoustics of concert ha11”というむつかしい話でした。一方で今流行のステージ音響についての特別セッションが設けられましたが、まだ焦点が絞られるレベルではありませんでした。
 また、東大生研の橘先生の主催でインフォーマルなセッションとして、日本における最近の室内音響計測技術の現状とそれを利用した欧米のコンサートホールの音響特性の調査結果、第二国立劇場を中心としたコンピュータシミュレーションとモデル実験の紹介などがありました。音響設計については永田が発言を求められ、最近の演奏会の現状からみたホール音響の課題について紹介し、音響設計者としてコンサートの現場に学ぷことが多々あることを強調しておきました。

 永田事務所からは永田の他に、池田、豊田、小口の3吊が出席、4つの論文発表を行いました。また、同時に開催されたNCAC(アメリカ音響コンサルタント協会)主催のポスターセッションに最近の4つのホールを紹介しました。その中で、福島市音楽堂が賞をもらいました。
 3年ごとに開催されるICA(国際音響学会)と比べると、このジョイントミーティングは落ち着いた、親しみのもてる大会でした。国際学会で活躍される建築音響の大御所の参加が少なかった中で、一人Beranek氏が元気で、若い発表者に質間、温かい励ましの言葉を与えていたのが印象的でした。

 10年前と比べるとハワイは大きく変わり、日本のリゾートという感じです。また、アメリカという大国に対しての緊張感、技術レベルの差に対しての劣等感もなくなったことも事実です。しかし言葉の間題、とくにアメリカンイングリッシュに対して、私など“父ッチャンイングリッシュ”族には相変わらずの大きな障壁であることは事実です。これを乗り切ることができるのは次の世代でしょう。10年後の第3回の大会にいっそう内容のある発表ができることを期待しています。



永田音響設計News 88-11号(通巻11号)発行:1988年11月25日

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