CHABOHIBA HALL
東京都立川市幸町に「チャボヒバホール」が竣工し、12月17日オープン記念コンサートが行われた。
このホールのオーナーはこの敷地の所有者である小峰美子さん、設計は岡田哲史建築設計事務所、施工は日本建設である。永田音響設計は、基本設計の段階から、監理、竣工測定まで一連の音響設計を担当した。
施設名の由来と計画の経緯
「チャボヒバ(矮鶏檜葉)」とはヒノキの種類で、主に枝先を丸く刈り込む「玉散らし仕立て」(右の写真下)として鑑賞されることが多い。この玉散らしに手入れされたチャボヒバが古くから本敷地の中央に植えられており、これまでの地域の歴史を見てきた。この立派なチャボヒバの木が建物のモニュメントとして建物の中央に聳えるように位置するよう計画され、施設にはその名がつけられた。ホールのオーナーである小峰美子さんは、音楽愛好家であるが、ご自身は音楽家でもなく、ピアノを趣味で弾かれるという訳ではないが、ご先祖より引き継いだ土地の一画に後世に伝えられる音楽ホールを残したいという意志で、ホールの建設を決断された。
施設概要
チャボヒバホールは、平土間の約100人が収容できるクラシックコンサートを主体として計画されたホールである。コンサートの他にも各種パーティーや展示会などの平土間の空間を利用したイベントに利用されることを前提としている。天井は緩い2次曲面で高さは6m、平面形はほぼ長方形で幅16m、奥行き9m、ホール利用の場合には横長に、演奏者を取り囲むように使う形になる。正面壁の下は、雪見障子のような窓があり、外側には白い玉砂利が敷かれ、それに反射する柔らかな光がホール内を明るく照らしている。玉砂利の上にはオブジェのようにこの敷地に古くからあった大石や壺が置かれている。
ホールとホワイエ空間の間仕切りは縦軸回転の扉で、写真下のようにすべて解放させることができ、ホール内からは、中庭の池とその先にモニュメンタルなチャボヒバを望むことができる。
ホールの内装は、コンクリート打ち放しと木毛板を基本としており、端整なデザインである。木毛板は正面壁と側壁の広い面積に使われている。木毛板は吸音材料であり、そのまま内装に使うとコンサートホールとしては吸音しすぎてしまうため、強めの吹付塗装とし木毛の隙間を詰めるようにした。どの程度強めにしたらいいか塗装屋さんが判断できるように、屋外でいくつかサンプルを作成して頂き、その状態を見てこれ以上吹き付けると塗料が垂れてくるというところまで吹き付けて頂くことにした。デザイン的に木毛板の質感を残す必要もあった。木毛板の表面には、音を散乱させる効果を持たせるために横方向に細かなリブを設けた。また、特に演奏者に反射音を返すように床面から5mの所に音響用の反射庇を設けている。客席後方の上部には、客席の利用は前提としていないが、主に照明や撮影用として使われることを目的としたギャラリーが設けられている。
ホールの運営
100人程度の小規模のホールとはいえ、個人でホールを運営するには、それなりの知識と経験、それに状況判断が迅速にできる専門スタッフの助けが不可欠である。小峰さんから、そういう専門知識とセンスを持った方を紹介して欲しいと頼まれた。なかなか思い当たらないので空間創造研究所の草加叔也氏に相談したところ、NPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)理事長の蓮池奈緒子さんを紹介して下さった。ANJではちょうど「たちかわ創造舎」という施設を立ち上げる準備をされているときで、立川地域での人の繋がりなどもあり、とてもよい関係ができた。まずはオープニングまでのスケジュールを立て、印刷物の制作やホームページの立ち上げ、コンサートの演奏者との交渉など、オープニングの準備すべてにわたって短期間にまとめられた。
オープニングコンサートには、ピアニストの久元祐子さんと、テナー歌手の福井敬さんが出演された。久元さんは、小峰さんのお知り合いであるセレモア文化財団の辻智子さんのご紹介で、このホールにピアノ(ベーゼンドルファーmodel225)が納入されてから何度も足を運ばれ、ホールの響きを確認し熱心にピアノの弾きこみをされた。福井さんもオープン前にいらして下さり、響きを入念に確認されたとのことで、オープニングコンサートでは、この小さな音楽空間に相応しい感動的な歌と演奏を聴くことが出来た。いろいろな可能性を持ったこのホールを今後どのように運営されていくのか楽しみである。(小野 朗記)
CHABOHIBA HALL:http://chabohiba.jp/
ブレゲンツ音楽祭 再訪
昨年の夏、久しぶりにブレゲンツ音楽祭を訪れ、湖上舞台で上演されたプッチーニ作曲のトゥーランドットを鑑賞した。前回訪れたのは1991年の夏で、その時の演目はビゼー作曲のカルメンであった(本ニュース1991年11月号)。また翌年の同演目上演にも弊社から何名かが訪れており、その様子は本ニュース1993年1月号に報告されている。
今回訪れて気がついたのは、客席スタンドの拡張と音響設備の大幅更新である。ブレゲンツはオーストリア西端の街でドイツとスイスに挟まれた一角がボーデン湖の南東端に面している。湖岸沿いに湖上舞台を眺めながら近づくと、前回に比べて客席スタンドが拡張されているように見えた。調べてみると、前回の約5,000席から約7,000席に収容人員が増えている。客席スタンドの外周にはスピーカが帯状に配列されており、遠目には、客席スタンドをスピーカのリボンが取り巻いているように見える。
ブレゲンツの湖上オペラは音像定位にこだわった良質な拡声が行われていることで有名である。前回、この音像定位はHaas効果(先行音効果、第一波面の法則ともいう)を応用したデルタ・ステレオフォニーという拡声方式で実現されていた。すなわち、歌手の近くでピックアップした音を近くに配置したステージスピーカから直接音成分として供給するとともに、適当な遅れ時間と強さで別のスピーカから付加することで、音像の定位を音源方向に保ったままで受聴レベルを上げることができる方式である。当時、客席スタンドの両サイドの照明用タワーに設置されているものを除けば、客席内にスピーカは見当たらなかった。今回目にしたスピーカの帯は、Bregenz Open Acoustics(BOA)と呼ばれる拡声システムの出力系の一部にあたる。BOAは、フラウンホーファー・デジタルメディア技術研究所と プロ用放送・映像・音響装置で有名なラヴォ社が、ホイヘンスの原理に基づいて音場の波面を再現する波面合成方式IOSONOをベースに、ブレゲンツの湖上舞台の演出用に開発した拡声システムである。ラヴォ社の代理店であるオタリテック社から提供いただいた資料を参照すると、BOAはこれまでの歌手を代表するステージスピーカからの拡声とIOSONO方式波面合成を合わせて、より臨場感を高めた拡声システムのようである。日中は客席スタンドに自由に立ち入ることができて、舞台装置の様々な位置にもスピーカが隠されているのを視認できる。
前回のカルメンでは、ソロの歌は歌手方向に定位して聴こえ音量も十分であったと記憶している。今回はそれに加えて、屋外であるにもかかわらず適度で自然な響きを感じた。前回、オーケストラと合唱は湖上舞台下のピットに配置されていて、マイクでピックアップされたピット内の演奏が舞台上のスピーカから拡声されていた。今回オーケストラと合唱は客席スタンド背後の祝祭劇場大ホール(1000席)の舞台に乗っており、その演奏は湖上舞台まで伝送、拡声されていた。全てがデジタル化されて様々な時間遅れが生じるはずで、その調整方法は興味あるところである。
開演は21時であるが、それでも開演時は薄暮である。ボーデン湖のドイツ側やスイス側に宿泊する観客が、開演に合わせて船で湖上舞台横の桟橋に到着して入場する。それを眺めながら開演を待つのは独特な雰囲気がある。オーケストラや合唱が屋内に移動して舞台下を使えるようになったことから、より大掛かりな演出も可能になったようである。音響面でもより臨場感の増した音楽祭をまた訪れてみたい。(小口恵司記)
ブレゲンツ音楽祭:http://bregenzerfestspiele.com
雑誌紹介:ディテール2016年1月号 特集:「吸音」から考える音環境のディテール
昨夏も暑い日が続いた。休日に自宅にいると、やはり電気代も気にかかり、できるだけクーラーをかけずに過ごせないものかと頑張ってしまう。過ごせなくはないもののクーラーを入れると、身体はやはり楽になる。しかし音環境、吸音効果の比較はクーラーのように簡単にON,OFFすることができないため難しい。日常で吸音不足を我慢していることにさえ、気づけていないのかもしれない。
温熱環境については、ランニングコストとして電気代や、昨今の地球温暖化問題で叫ばれるCo2削減量などが注目されやすいために、断熱や2重窓などの整備も活発に進んでいる。それに比較して音環境、室内の吸音となると、一般空間では注目されにくく、ややもするとコスト削減のための検討項目に、吸音材の中止がピックアップされてしまうことさえある。
そんな注目されにくい音環境ではあるが、吸音不足により知らず知らずに我々の生活の質は損なわれているのである。それは難聴に代表される騒音暴露による健康障害、作業効率の低下、円滑なコミュニケーションの阻害、また非常時に緊急放送が聞こえなかったり、日常的にも鉄道ホームなど危険箇所での注意喚起の放送が聞こえづらかったりと安全性の問題までにも及ぶ。
さて、そんな身の周りの音環境を考えてみようという趣旨のもと、『「吸音」から考える音環境のディテール』、という特集が、彰国社刊の雑誌 “ディテール” 1月号で組まれている。日頃、こんな経験していませんか?といった、音環境について再認識を促すイラストなどをはじめ、吸音仕上げを取り入れている事例の紹介などを掲載している。基本的な吸音仕上げのディテールや、設計・施工時の注意事項など、実務的に参考となる資料もまとめられている。また、吸音仕上げのデザインを考える上での参考となるような施工事例の掲載もある。一般的な空間では、まずは吸音を施すことが音環境を良好にすることにつながる場面が多い。設計の参考におすすめしたい。(石渡智秋記)