みんなの森 ぎふメディアコスモス 開館
岐阜市の中心市街地で建築工事が進められていた「みんなの森 ぎふメディアコスモス」のオープニング式典が7月18日に執り行われた。式典終了後の12時にオープンし、開館を待ち望んでいた多くの市民が来館し、賑わいをみせた。式典では、来賓の祝辞や岐阜市長の挨拶の後、ノーベル物理学賞を受賞された名古屋大学特別教授 益川敏英氏への名誉館長の任命式も行われた。また、市民によるジャズバンドや岐阜少年少女合唱団の演奏なども式典に花を添えた。設計は伊東豊雄建築設計事務所、施工は戸田・大日本・市川・雛屋 特定建設工事共同企業体で、永田音響設計は多目的ホール「みんなのホール」をはじめとする諸室や2階の閲覧室等の音響設計を行った。
敷地は、岐阜市役所の北側に位置する岐阜大学医学部の跡地で、周辺には警察署、裁判所、市民会館などが集まっている地域である。岐阜市は、この大学跡地において、その地名(司町(つかさまち))が付けられた「つかさのまち夢プロジェクト」を展開しており、その第一期工事として完成したのが、ここで紹介する「みんなの森 ぎふメディアコスモス」である。今後、敷地の南側には新しく市役所が建てられる予定であり、その後、現市役所の場所に市民会館の建て替え工事が計画されている。
建物は、約80m×90mの四角い平面形の2階建てで、その上に岐阜市のシンボルである金華山と呼応するようにうねった形の屋根が乗っている。建物の高さは、最高で約16m。外壁は、そのほとんどがガラスである。施設は、“知の拠点”としての「岐阜市立中央図書館」、”絆の拠点”としての「市民活動交流センター」、“文化の拠点”となるホールや展示ギャラリーなどから構成されている。「ひとりでフムフム あなたとドキドキ みんなでワイワイ」が施設のキャッチコピーになっており、知の拠点を「フムフム」エリア、絆の拠点を「ワイワイ」エリア、文化の拠点を「ドキドキ」エリアと呼んでいる。
1階の中央部には「本の蔵」と名付けられた閉架書庫が設置されており、その周辺にワイワイエリアとドキドキエリアが配置されている。ワイワイエリアには、“かんがえるスタジオ”、”おどるスタジオ“、”つくるスタジオ“などの大小のスタジオが、また、ドキドキエリアには、”みんなのホール“、”みんなのギャラリー“、”ドキドキテラス”などが配置されている。1階諸室は、機能上、間仕切り壁で仕切られた室が多いが、本の蔵やスタジオの間仕切りがガラスであったり、ロビーにも、低い棚でサークル状に囲まれた中に机や椅子が置かれたエリアがいくつかあり、様々な活動ができるようになっていて、閉ざされた雰囲気ではない。
メインエントランス正面のエスカレータで上った2階が、ワンルームの図書館の開架閲覧エリアである。30万冊分の書架と約900席の閲覧席が設けられている。エスカレータを上るにつれて、ゆったりとうねった三角格子状の木天井と白くて丸いグローブが、徐々に見えてくる。天井は幅120mm、厚さ20mmの桧材が7層、21枚積層されたもので、グローブ部分に向けて少しずつ高くなり、積層の枚数が少なくなる。グローブは、直径8〜14mの大きさのものが11個天井から吊られている。床から離れているので、まるで浮遊しているように見える。グローブはポリエステル製の三軸織りの布で部分的に不織布が貼られている。設計当初、グローブの円錐形状に起因する音の集中などのトラブルを懸念して、布地はパンと張らないで欲しい、あるいはできるだけ透過するか吸音するものにしたいと要望していた。しかし、後述するようにグローブは建物の空気の流れのために必要不可欠なものなので音響面を優先することはできなかったが、検討の結果、多少通気性のある材料を選定していただけた。完成後の聴感確認では、グローブ内の響きに違和感はほとんど感じられなかった。
グローブ上部周辺はトップライトになっており、その部分からの光がグローブに反射・拡散して柔らかな光が室全体に降り注ぎ、窓から離れた中央部でも自然な優しい光を感じられる。また、グローブ直上のトップライトは可動式で、上下することにより、床の輻射冷暖房とともに、四季の温度にあわせた空気の流れができるように計画されている。各グローブの下は、カーペット敷きで様々な形態の椅子やテーブルが置かれており、来館された方々が読書や調べ物を行うためのエリアであるが、このようなシステムによって、長時間居ても心地よく過ごせる環境が得られている。書架はグローブを取り巻くように置かれており、本を探すうちにグローブに辿りつくという楽しさもある。書架の高さがそれほど高くなく、また天井も高い(約6m)ので、約100m弱四方の室全体をずっと見通せ、ゆったりとした気持ちになる。
図書館には、本を読んだり、調べ物をしたり、勉強をしたり、というように、静かに本に集中したい方々が多く来館する。一方、子供たちが楽しく本を読む機会をつくるというのも、図書館の役割の一つで、読み聞かせのエリアなどもつくられる。静かな空間と活動的な空間が一つの建物の中に混在するので、お互いに支障なく使用できるようにするには、音響的な処理が不可欠である。従来、図書館は静かな場所というのが一般的な考え方だったため、音を出す用途に対して遮音のしっかりした室を設けることが多かった。しかし、最近では、気軽に立ち寄れるように、ということで賑わいを生む工夫を施す図書館が増えてきており、その場合には、逆に、静けさを望む方のために遮音が確保された室を用意するというような方法もとられている。しかし、間仕切りのないワンルームのオープンな閲覧室では、遮音という方法での解決はできない。そこで、本施設では、発生音の低減と伝搬音の減衰を意図して、できる限り可能な箇所に吸音材料を設置した。まず広い天井は7層の三角木格子で構成されているので、天井面からの反射音は和らぐと考えられるが、さらに格子の奥のボードを吸音性のものとして、しっかり吸音することとした。また、閲覧室の壁際に数室、配置された天井高さ2.5mくらいの小さな室の上部にも吸音材を設置した。竣工時の音響測定で、発生音が大きくなりがちな児童のグローブからの伝搬音の減衰状況を測定した結果、倍距離で6 dB程度の減衰が得られており、天井などからの反射の影響が少ないことを確認した。なお、やはりどうしても静かな場所を望む方のためには、小部屋が用意されている。1階は音の出る活動が盛んに行われるエリアである。1階からの伝搬音も懸念されたため、エスカレータの上がり口の腰壁はパンチングによる吸音処理を行った。1階の各スタジオについても、扉や設備の壁貫通部の遮音処理などを十分に行うことで、遮音確保に気を遣った。オープン後、いろいろな使われ方がされているようだが、音源側から伝搬してくる音と受音側での各種活動での発生音がバランスしているようで、支障なく使用されていると聞いている。
1階の“みんなのホール”は、230席の多目的ホールである。講演会などが主用途であるが、ピアノ演奏程度も考慮して、簡易式の反射パネルを準備した。2階閲覧室の床はコンクリートのため、歩行音の防止に対してホール上部のみ浮き床とした。ホールは四角い箱状のため、側壁間のフラッターエコーが懸念された。また、意匠上、壁も天井も極力仕上げ無しとしたいということから、客席の側壁はリブ形状の現場打ちコンクリートとした。結果として、支障となるエコー等は生じていない。オープニングでは、細江岐阜市長、益川名誉館長、本施設を設計された伊東氏による「みんなの座談会 フムフムトーク」が開催されたが、その後も講演会やピアノコンサートなど、多岐に利用されている。
冒頭にも書いたが、オープンの日には、子供から老人まで、男性も女性も、多くの方々が来館されていた。見学がてらという方も多かったが、早速、読書に夢中の方も多かった。グローブの下は快適な読書エリアだが、ガラス壁際も、少し疎外感を感じながらも一人だけの時間を過ごせる素敵な場所である。そのほかにも、金華山を遠くに見られる“金華山テラス”、南側の広場“カオカオ“を見下ろす”ひだまりテラス“、西側の小さな水路と緑のきれいな”せせらぎの並木”が見渡せる“並木テラス”などには椅子が置かれており、天気の良い日には、屋外でのんびり読書という贅沢な時間を費やすこともできる。少し時間が経つと、お気に入りの場所、私の場所を見つけて、足繁く通うファンが増えることだろう。 (福地智子記)
- みんなの森 ぎふメディアコスモス
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第75回 音シンポジウム ”保育のための音環境”
東京都で、この4月から騒音の規制に保育所からの発生音は該当しない、というように条例が変わったことをニュースで耳にした方も多いと思う。それは東京都の「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例、通称:環境確保条例」に次の記載が増えたものである。
“保育所その他の規則で定める場所において、子供(六歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある者をいう。) 及び子供と共にいる保育者並びにそれらの者と共に遊び、保育等の活動に参加する者が発する次に掲げる音については、この規制基準は、適用しない”。
まだまだ需要に供給が間に合っていない保育所であるが、保育施設が少なからず増えてきているのに従い、保育所からの発生音の問題も、より露見してきているのであろう。もちろんこの問題は保育所からの音漏れが規制から外れたから良いと片付けるだけでなく、配置計画上での配慮や出来うる音響対策について、考えていかなければならない話だと思う。
そのような世の中の保育所の音についての意識も高まってきている中、7月28日に建築会館で第75回音シンポジウム「保育のための音環境−音から考える保育空間の質と環境整備指針−」が、日本建築学会 室内音響小委員会の主催で開催された。筆者も委員のひとりとして参加している室内音響小委員会では、世の中の幅広く様々な空間における音環境を良くしていくことをテーマとして活動を行っている。その傘下に「子供のための音環境」についてのワーキンググループ(WG)が設けられており、シンポジウムはそのWGが中心となって行われた。
今回のシンポジウムでは冒頭述べた外部への音漏れ問題ではなく、保育所内部の音環境が話題とされた。2005年に本ニュースでも計画が進められていることを紹介している、小学校、中学校、高等学校を対象にした「日本建築学会環境基準 AIJES-S001-2008学校施設の音環境保全規準・設計指針」は2008年に刊行されている。保育所に関しても既刊のAIJESが参照できる部分もあると考えるが、子供達の年齢の違いや、教育を行うための施設である学校と保育所の用途の違いなど、保育所特有の生活を考えた新たな保育所に対する記述を増やす必要があるだろうと小委員会等でも話題になっている。そういった今後の展開も視野にいれ、開催主旨のプログラムにあるように「音の面から建築が保育空間にどう貢献できるのかについて、保育の現場に係わる方々と議論を共有することを目指して..」といった内容で、本シンポジウムは開かれた。
シンポジウムでは、趣旨説明、保育施設研究者や音環境研究者からの話、また実際の空間に対しての改善事例の紹介、最後に保育関係者も含めた質疑応答などが行われた。こども環境学会や日本福祉のまちづくり学会などの後援もあり、日頃の音シンポジウムとは違った参加者も大勢いらしていた。特に今回のシンポジウムでは結論めいたことがあるわけではなく、いろいろな話題のピックアップが目的となるようなシンポジウムであったので、出てきたいろいろな話の中から、その一端を紹介する。
- 保育関係者はどんな環境の場所でも保育できることが、“保育能力”の高さだと考えており、より良い保育環境を求めるという主張がされにくかった。
- 子供はうるさいから、うるさい環境でいいのだ、と大人の勝手な解釈があるようだ。
- 子供が保育者に何か伝えたい時、周りがうるさいとそれに打ち勝つために大きな声を出す。一度で伝わらないと、さらに何度も声を上げる。それで伝わればまだ良いが伝わらないと、だんだん言ってもだめだと子供は声を出すのをやめる。それはコミュニケーションをとることをやめてしまうという事であり、非常に問題だ。
- 海外では保育所に対する規準が設けられている国もある。言語能力獲得段階にある子供達に、より音声が聞き取りやすい環境とするために、小学校よりもさらに静かな環境や、室の残響時間を短めにしたりすることが要求されている。
- 実際に保育所内の発生音レベルを測定すると、騒音レベルで85dBを超えるほどの例もあった。それは労働基準法の聴力保護のための規制値にも匹敵する、難聴問題も考えなければならないほどうるさいレベルである。
- 仮に吸音材の設置を行った保育所において、吸音材設置後に室の騒音レベルが下がった。その低減量は吸音材の量から期待されるよりも大きな低下であった。吸音により喧騒感が小さくなったことで、保育士や子供が発する声が今までより少し小さくても事足りるようになり、単純に吸音材に期待される低減量よりも、効果が上がったことが考えられる。
- 今後、保育所内の環境状況が事業性につながっていくこともあるのではと思う。
- 吸音材はほこりなどがつきやすい素材も多く、保育所という場所柄、使う材料が気になる。
- “ある程度の期間で使い捨て”とか“洗える”吸音材という考え方もあるのではないか。
休憩中に集められた質疑の中に、建築設計者からの質疑で食事室と小さな子供の午睡室がどうしても近くに接してしまう、何か解決策はないだろうか?というのがあった。音響関係者からとして明治大学の上野先生が、遮音に関する基本的な考え方とともに室配置計画における配慮の重要性を述べられた。それに引き続き、保育の現場についての研究をされている計画系の早稲田大学の佐藤先生から、暴言を言いますとの前置きの後で、寝ている乳幼児を年上の子供に見せることによって、隣の室では静かに過ごすということを促すようなことができるのはないか、という話があった。
家庭において今日は病気で寝ている家族がいるから静かにしようね、は一過性の事が多いだろうが、それが計画上の問題から保育所で毎日続くことに対して、保育環境上でそれを求めてよいのかどうか、音響関係者だけからは判断できない回答である。また内装への吸音の配慮については、それが行われる事で、喧騒感が抑えられる空間が創れることを、保育関係者は今まで音響関係者との接点がなく気がつかなかったのかもしれない。
どのような空間でもそうだと思うが、施設の運用者、使用者、設計者がよく意見交換をし、お互いに知恵を出すことが、良いものを作り上げるのに必要なことは言うまでもない。少しずつでも音環境に関心が増し、吸音材などの使用が増えれば、材料開発がさらに進み、より良い音環境の実現も期待できると言えよう。今回のシンポジウムを出発点として、行政、保育者、建築設計者、音響関係者、材料メーカなど、多くの関心、活発な議論の上に、環境の良い保育所が増えていくことを望みたい。(石渡智秋記)