静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 13-04号(通巻304号)

発行:2013年4月25日

栃木市西方町に誕生した馬酔木(あしび)の蔵と木洩れ陽ホール

馬酔木の蔵と木洩れ陽ホール
馬酔木の蔵と木洩れ陽ホール
図-1 立面・平面図
図-1 立面・平面図

馬酔木の蔵
馬酔木の蔵

木洩れ陽ホール
木洩れ陽ホール

  2012年2月、栃木市西方町の中新井邸の敷地内に二つの音楽ホールをもつ西方音楽館が誕生した。このホールを主宰するのは、地元で音楽教育にたずさわられており、オルガニストでもある中新井紀子さんである。一つは築150年の蔵の内部を整理し、6ストップのオランダ製ボックスオルガンを設置した40席のオルガンホ―ル「馬酔木の蔵」、もう一つは納屋を拡張、改装し、ヤマハのピアノC7を置く70席の「木洩れ陽ホール」である。

  本敷地は、都心より80 kmほど離れた農業地域であるが、西側には東武鉄道の日光線、東側には古くは日光例弊使街道であった国道があり、電車やトラックなどの交通量はかなり多い。加えて、北宇都宮駐屯地のヘリコプターの飛来もあり、日中は決して静かな田園とはいえない環境である。個人の経営するホールでもあり、本格的な防振・遮音対策を取り入れることは予算の関係から困難であることをオーナー側に了承していただき、音響コンサルティング業務を進めた。開館してすでに1年をすぎたが、現在のところ、周辺に対する音漏れ等の問題が生じていないのは一安心である。

  建築設計はM.A.P建築計画の野崎隆雄氏、音響設計は筆者が担当した。馬酔木の蔵と木洩れ陽ホールの平面、立面を図-1に示す。

◆計画概要
馬酔木の蔵
  低音域の吸収の少ない、厚い土壁がオルガン演奏に適すると考えた。木製の床は、そのまま使用することにしたが室容積をできる限り確保するため戸棚や木製のバルコニーを撤去した。床面積は、約25 m²、天井高は最大で約5 mとなっている。蔵の入口の木製引き戸や空調機、換気ファン等は既設のまま利用した。

木洩れ陽ホール
  ピアノや室内楽のリサイタルのみならず、ピアノ、わらべうたなどの教室としても使用されるため室幅を4 mほど拡張した結果、床面積は約60 m²が確保できた。天井高は最大で約5 mである。ここは、元々、簡単な造りの納屋であったため、近隣への音漏れ防止対策を主眼とした。遮音と内装仕上げを兼ねて、壁天井には石膏ボード15mm×3層を追加した。4ヶ所の窓は、防音サッシ(ペアガラス)を採用した。ホールの出入口扉は、ピアノの搬出入を考慮して幅1.85m×高さ1.8mの大きさで、鋼製と木製の2重扉とした。

  ほぼ、仕上げ工事が完成した段階で、実際にピアノを設置して演奏したところ、特定の音域で響きの残る感じを軽減してほしいという要望をいただいた。そこで、その響きを抑制するために調整用の吸音パネルを10枚ほど追加した。吸音パネルは、厚さ6mm、9mmφ-30mmピッチの有孔MDFボードの裏に厚さ15mmのグラスウールを裏打ちした構造で、幅0.9m×高さ1.2mの大きさとし、壁の3面に分散配置した。

馬酔木の蔵の残響時間周波数特性
図-2 馬酔木の蔵の残響時間周波数特性
木洩れ陽ホールの残響時間周波数特性
図-3 木洩れ陽ホールの残響時間周波数特性

◆音響性能
残響時間: 蔵とホールの残響時間周波数特性を図-2、図-3に示す。実際の演奏で聴いた馬酔木の蔵の響きは、オルガンおよびオルガンを中心とした古楽アンサンブルなどに適したものであった。木洩れ陽ホールは、低音から高音域までフラットな特性が得られており、ピアノ演奏、練習、各種音楽教室などの幅広い催物に適した響きが得られている。

遮音性能: 馬酔木の蔵の既存の入口扉の遮音性能(500Hz)は21 dB、窓は25~32 dBとなっているが、特に入口扉は今後、改善したいところである。木漏れ陽ホールの入口扉は43 dB、窓を含む壁面は45~51 dBと運営に支障のない結果が得られている。

空調設備騒音: 弱運転における空調騒音は、馬酔木の蔵で36 dBA、木洩れ陽ホールは35 dBAであった。いずれも、演奏などをシビアに録音する場合には、空調機を止めて対処している。

◆あとがき…開館13ヵ月後の利用状況と感想
  周辺地域にクラシックファンが育っていない現状では止むを得ないが、企画公演で4回、貸ホールとして2回という状況である。しかし、この二つのホールは、中新井さんご自身の練習を含め、童唄教室として、また、ピアノレッスン室として有効に利用されている。

  当初は、チャペル風の200席ホールを目指して計画をスタートした西方音楽館オルガンホールであったが、最終的に多彩な利用方法に見合った形に集約でき、良かったと思っている。今後、アプローチやエントランスエリアなどを整備し、バランスのとれた音楽館として発展することを願っている。(永田 穂記)

西方音楽館:
  〒322-0601 栃木市西方町342-1 東武日光線 東武金崎駅から徒歩6分
  Tel: 0282-92-2815
  公式ウェブサイト: http://wmusic.jp/
  友の会誌「木洩れ陽の窓から」年4回発行予定


「照明デザイナーが探るLEDの現状と今後の方向性」に参加して

舞台照明用LED灯具類
舞台照明用LED灯具類

歌舞伎におけるLED照明テスト
歌舞伎におけるLED照明テスト

  2013年3月26日、ル テアトル銀座にて公益社団法人 日本照明家協会とLED検証協議会の主催による舞台照明用LED灯具類のセミナーが催された。

  LED(発光ダイオード)は、従来のフィラメント電球より消費電力が大幅に少ないという特徴を持ち、青色ダイオードの開発により白色LEDが実用化され、パワーも向上し続けている。そのため、日本における省エネルギー対策の一つとして、交通信号機、街灯、オフィスや家庭の電灯など、急速にLED化が進んでいる。しかしながら、特に芝居などのきめ細かな照明デザインに用いられる舞台照明灯具は、光の演色性やパワー、拡がり方といった特性が重視されるため、ただちにLEDに移行しにくいという事情があった。

  一方、ポピュラー系コンサート、エンタテイメントショーなどの分野では、以前からムービングライトが主流となっている。ムービングライトは、灯具の向き、ビームの形状・角度やエッジ、カラーフィルタ、ゴボ(模様)などを電動駆動する。あらかじめ、ムービングライトを舞台上部に吊下げておけば、照明の仕込み作業と床上の大道具などのセッティングが並行して行えるわけである。LED灯具は、電球を光源とする従来の灯具よりコンパクトにでき、熱の発生も少ない。当然、ムービングライト化も容易であるため、今回の検証会で紹介された海外製のLED灯具も電動化されたものが多かった。

  光の色温度やスペクトルといった演色性については、RGB+W(赤緑青+白)のLED、さらにそれ以上の多色LEDを採用することで改善が進んでいる。このため、国内の劇場・ホールにおいても、LED灯具、特にムービング化されたものが今後、急速に普及することが予想される。現場の使い勝手や要望に応えるという点では、日本の国内メーカーは海外メーカーに後れをとっているようだ。精緻なモノ作りができるという、日本の特色を生かした利便性の高い製品の出現を望んでいる。(稲生 眞記)


フォーラム「オーケストラ・コンサートホールが地域とできること
        ―音楽教育プログラムのこれからを考える」

  タイトルに惹かれて標記フォーラムに参加した(開催日:3/15、主催:ブリティッシュ・カウンシル、会場:ミューザ川崎 市民交流室)。用意されたプログラムは、主催者挨拶に続いて、本年1/25~2/4に実施された「日本のオーケストラ、劇場・音楽ホールスタッフの英国派遣プログラム」の概要説明と参加者による研修報告、ロンドン交響楽団(LSO)による教育プログラム「Discovery」の紹介、日英スピーカによるディスカッション、質疑応答であったが、実際は英国研修への参加者による報告が予定を超えてほとんどの時間を占めた。このことからも研修参加者がプログラムから受けた刺激・影響の大きさが伺える。

  フォーラム配布資料によるとこの研修は、多様な教育プログラムの見学や意見交換を通じて英国の文化芸術団体の戦略や実践について理解を深めることを主旨として、BBC交響楽団による異文化の音楽を紹介するシリーズの一環「Diverse Orchestra Japan」の開催に合わせて、ブリティッシュ・カウンシルと同楽団の共催で行われた。日本の5つのプロ・オーケストラと5つのホール・文化財団から10名が、地域ということでは5都市からの参加があった。フォーラムでは、参加者全員から視察研修の内容とその感想が報告された。それぞれの立場に根ざした視点からの深い考察に基づく報告であったと思う。筆者の印象に残った事柄をいくつか紹介する。

  • 音楽教育プログラムとは、オーケストラやホールが観客・聴衆を待つだけでなく積極的に外に出て音楽の魅力を伝えようという活動(アウトリーチとも言う)を指している。英国ではこうした活動に1980年代から取り組んでおり、オーケストラやホールの特色を出した実に様々なプログラムが組まれている。
  • 鑑賞(聴くこと)ではなく創造(作曲)を促すことを重視。現代音楽を用いた子供ための教育プログラムで、子供は先入観や知識の無い分、現代音楽に興味を示すようである。
  • アニマトゥール(Animateur:仏)。アニメーションと同語源で「引き出す」という意味があるという。アニマトゥールは、教育プログラム参加者を導くのではなく参加者といっしょに取り組む形でプログラムの進行役を勤める。後日サントリーホールで行われたLSOの子どもたちに贈るコンサートでR. Leachさんによるアニマトゥールの役割を拝見できた。アニマトゥールには、音楽の知識や演奏技術だけでなく演劇・心理学・演技の知識や能力も要求され、ギルドホール音楽演劇学校はその養成に相応しい学校とのことである。

  ヨーロッパの中でも英国は特に音楽教育プログラムが盛んで歴史も古い。LSOのE. Gussmanさんは、フォーラム終盤のDiscovery紹介の中で音楽教育プログラムの必要性について、音楽を作ることの喜びの共有、未来の聴衆の育成、オーケストラの次世代奏者の養成、LSO奏者から世の中への還元、の4つを挙げていた。ここでは明言されなかったが、やはり政権交代等による文化行政の変動があっても安定した財政基盤を作ることがベースにあるように感じた。なおフォーラムの一部始終は下記リンクでご覧いただけます。(小口恵司記)

フォーラムについて: ブリティッシュ・カウンシル アーツ
フォーラムの様子: YouTube



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