No.298

News 12-10(通巻298号)

News

2012年10月25日発行
コンサートホールの舞台上反射板の設定(「高さ」は、舞台先端より3mほど舞台内側に入った位置からの高さ寸法)

東京芸術劇場リニューアルオープン

 東京池袋の東京芸術劇場が1年半の大規模改修工事を終え、この9月にリニューアルオープンした。  

 東京芸術劇場については1991年の竣工当初から、本紙で様々な話題を取り上げてきた。本ニュース33号(1990年9月)の記事を皮切りに、約1年半の間、8回に亘って紹介している。それだけ注目度も高く新たな試みなども盛り込まれ、話題も様々であった。今回の改修では、設備の更新を中心に、より安全で使いやすくクオリティの高い施設に造り直すことを目指した。音響に係わる各ホールの改修は以下に示すような内容である。 

大ホール(コンサートホール:1999席)

 このホールの建築音響に係わる改修項目は大きく次の3つである。@舞台上の可動反射板を好ましい高さと形状に近づける。A舞台周辺の木質の壁に、音の拡散体(リブ)を設ける。B舞台床材をナラ材からヒノキ材に替える。このうち@の舞台上の可動反射板については、これまでパイプオルガンの全体が見える高い位置(約19m)の設定と、オーケストラに適すると考える高さ(約15m)の2通りを設定していた。しかしながら、パイプオルガンを使わないクラシックの演奏会でも反射板を高い位置にセットしたままの状態で使われることがほとんどであった。その理由としては、パイプオルガンの見える高い位置のほうがコンサートホールらしく本来の設定だと思われている、舞台上の反射板が可動式で低い位置の設定があることを知られていない、などであった。これまで演奏会を聴いてきて、大型のオーケストラでは反射板の高い設定で空間の余裕を感じることも多かったし、オーケストラのメンバーからも高い設定が良いという方も多かったが、この改修を機会に写真に示すように、パイプオルガンを見せながらも反射板をオーケストラに適する高さになるように設定した。改修項目のAとBは、この施設の計画当初に音響をより良くするための条件として検討・提案していた内容であった。今回の改修において、さらにイメージを一新する方法として改めて提案し、実現された。改修後の音響に対する評価として指揮者の下野竜也さんは「もともと素晴らしい響きだったがさらに音がマイルドになった」と語られた。オーケストラの弦楽器奏者の方からは弾きやすくなったという意見がある半面、管楽奏者の方からは弦楽器の音が聞き取りにくくなった、という意見も聞かれた。

コンサートホールの舞台上反射板の設定「高さ」は、舞台先端より3mほど舞台内側に入った位置からの高さ寸法
コンサートホールの舞台上反射板の設定
(「高さ」は、舞台先端より3mほど
舞台内側に入った位置からの高さ寸法)

中ホール(プレイハウス:834席)

 竣工当時には演劇関係者などから使い勝手について批判されたこともあった問題に対し、本紙45号(1991年09月)で永田が率直な意見を記すとともに、劇場として芸術監督を置き、自主企画でアピールすることを提言している。そして現在、野田秀樹氏が芸術監督に就任し、監督自らが演出する自主企画を主体とする劇場と変わってきた。永田の提言のような本来の劇場として望ましい姿になりつつある。 

 中ホールの音響については、基本形を馬蹄形としているため壁からの音の集中により、これまで音が聞き取りにくいと言われることがあった。今回のリニューアルでは客席の内装をデザイン性と音の拡散を意図して無造作なレンガ積みとし、後方には透かし積みによる吸音を設けた。これにより、反射音の違和感は全くなくなった。

小ホール1,2(シアターイースト・シアターウエスト)

 地下にある二つの小ホールは、これまで一つは多目的利用を前提としていたが、改修後は芸術監督の意向もあり、二つのホールともブラックボックスの専用劇場となり、連日、公演が行われている。

 改修後は、積極的に自主企画公演が行なわれ、東京文化発信プロジェクトの主会場としてもいろいろな催しが予定されている。今後の施設運営に期待したい。(小野 朗記)

東京芸術劇場 : http://www.geigeki.jp/

東京文化発信プロジェクト : http://www.bh-project.jp/index.html

ハルピン(哈爾浜)コンサートホール 1/10音響模型実験

 中国の東北地方、最も北部に位置する黒竜江省の省都ハルピンで、ハルピンコンサートホールの建設が進められている(本ニュース280号(2011年4月)参照)。本ホールは、1200席の大ホール、400席の小ホールを中心とし、新しい開発地域の文化施設の一角を担う施設である。 

大ホール概要

 大ホールは、舞台の廻りを客席が取り囲む、いわゆるアリーナ形式のコンサートホールで、氷の結晶をイメージした外壁のガラスファサードが大ホールの内装壁の一部を担っているのが特徴である。天井は透明なシャンデリアが散りばめられたデザインとなっており、舞台正面にはイタリア製のパイプオルガンの設置が計画されている。

 大ホールの室形状については、設計の初期段階から、客席テラス壁、ガラスのファサードの角度、天井形状等、3次元コンピュータシミュレーションを用いて基本形状の検討を進めてきた。そして、設計の最終段階として、今年の4月からおよそ二ヶ月をかけて、1/10音響模型実験を実施し、より詳細な検討を進めた。

模型実験概要

 模型実験では、模型の中にスピーカ、マイクロホンを設置し、実際に音を放射、収録・再生し、聴くことができるため、コンピュータシミュレーションでは考慮が難しい音の波動的なふるまいも含めて検討できる。この実験における主な目的は、障害となり得るエコーの有無の確認、エコー原因の解消方法の検討、インパルス応答およびそれから得られる物理指標の既存ホールデータとの比較による音響状態の確認である。

 今回の実験の目的の一つが、特徴的なガラスファサードに起因するエコーがないことの確認であった。エコーとなりそうな結果が出た場合は、その波形からエコー原因となる部位を特定し、実際に吸音材あるいは音響散乱材を設置し、解消するかどうか一つずつ確認を行った。実際、ガラス壁面を介し、エコーとなり得る波形が検出されたが、ガラス壁面に(模型寸法で)約1mmの凹凸を持ったアクリル板を設置することで、エコーが解消されることを確認した。また、舞台廻りの壁面については、エコーとならないまでも、そこからの強い反射音が到来しており、それらを和らげるため、どのような寸法の拡散体が有効か、実際にリブ状の1/10拡散体を設けながら検討を行った。

 天井のシャンデリアについては、その取り付け前後で実験を行い、シャンデリアの有無による音響状態の違いを確認した。天井からの反射音が有効に客席に到達するよう、シャンデリアの大きさ、吊り方等について微調整を行い設計にフィードバックした。

客席側
模型内部:客席側
舞台側 模型内部
模型内部:舞台側

 本施設は現場での施工が着々と進み、2013年秋の完成を目指している。(酒巻文彰記)

シリーズ 古きホール、音響技術をたずねて(5)

東京文化会館大ホールの電気音響設備

 昨年50周年を迎えた東京文化会館は、今日でも多くのクラシック音楽の演奏家、音楽ファンに好まれているホールである。大小ホールとも空間の形状は最近の音楽ホールとしては珍しく、なかでも、大ホールの舞台の側壁から左右に広がって伸びるコンクリート壁を飾る木のブロックの拡散体は目に付く存在である。(写真-1) これを提案されたのは建築家の前川国男氏、その形状−とくに中央のえぐりの深さを指導されたのは当時NHK技術研究所で本館の音響設計を指導された牧田康雄氏、木のブロックの拡散体を具体化されたのが彫刻家向井良吉氏−いずれも故人−のお三方である。

写真-1 東京文化会館大ホール
写真-1 東京文化会館大ホール

 この両側壁には2つの円形の換気口がある。この2つの換気口を結ぶ線の頂点にあたるところに下向の面があり、そこに大小2つの円形の孔が見える。これが、開館当時の大ホールのメインスピーカ(写真-2)である。両壁に2組ずつ埋め込まれたこのスピーカは当時、NHK技術研究所で開発、三菱電機製作所で製作されたNHKの標準のモニタースピーカ(2S-305)で、ウーファーは口径30cm、ツイータは口径 5cmの2ウェイの構成である(写真-3)。後部席用のスピーカとしては1階通路の上方の天井面に2台1組の2S-305、3組を設置した。また、各階の客席用のスピーカとしては、口径16cmの単一コーンの密閉型スピーカ(三菱電機製作所P-62F)を各階の天井にそれぞれ12個、計72個を分散配置した。また、後方の天井面に配置した2S-305には、時差修正器を通して入力を加えているが、確か磁気テープを76cm/sで、エンドレスで走らすこの時差修正器は、テープがすぐ切れてしまい使いものにならなかったと記憶する。

 60年代といえば、音響研究部の音響機器の開発はスタジオ収音用のマイクロホンとモニタースピーカの開発に関心が集中しており、アメリカで映画館用として開発が進められていたJBL社、ALTEC社の状況はわれわれには届いてこなかった。私を含め、当時スタジオからホール空間へと目を向けていれば、別の観点が開けていたのではないかと、これは私個人を含めての反省点である。

写真-2 大ホールのメインスピーカ
写真-2 大ホールのメインスピーカ
写真-3 三菱電機スピーカ2S-305(写真提供:佐伯多門氏)
写真-3 三菱電機スピーカ2S-305
(写真提供:佐伯多門氏)

 クラシック音楽、オペラ、バレエなど生音を中心とする文化会館で、電気音響設備についてはあまり関心がなかったことは事実である。しかし、安定した拡声はホールに基本的な機能として必要である。この拡声装置でアンプの増幅度をあげると、発振して拡声ができなくなることがある。これが、ハウリングという拡声効果を阻害する現象である。このハウリングに対する安定度を表す指標とその測定法がこの東京文化会館の電気音響設備設計の段階で開発された。それが今日’安全拡声利得’と呼ばれている指標である。

 これは、図-1に示す拡声系において、拡声用マイクロホンの位置の前方30cmの点に人に代わる1次音源スピーカを設置する。この音源スピーカの入力信号として、ピンクノイズ(ホワイトノイズを3dB/オクターブで減衰させた信号)を入力する。増幅度をあげてゆくとあるレベルで発振、ハウリングを起こす。ここで、ハウリングが起こる点から6dB低いレベルまで増幅度を絞り、再度ピンクノイズを入力し、マイクロホンと客席代表点の音圧レベルを読取り、その差が安全拡声利得である。例えば、話者とマイクロホンの距離を30cmとすると、安全拡声利得が-10dBということは、距離減衰を考えれば30cmの約3倍、90cmの距離で音源からの音を聴くのと等価となる。会話の条件を考えると安全拡声利得が-10dB以上であれば、話者からの拡声音を十分な音量で聴くことができるということになる。

図-1 安全拡声利得の測定装置
図-1 安全拡声利得の測定装置

 東京文化会館はこれまで、大小様々な規模の改修を繰り返してきた。ホール音響設備の中で、スピーカシステムの変更はかなり早い時期であったと記憶する。本号ではあえて、70年前に活躍した名器2S-305が、今なお大ホールの一角に姿を残していることに感銘し紹介を思い立ったのである。(永田 穂記)