静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 12-07号(通巻295号)

発行:2012年7月25日

イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館 − 音楽ホールの音響

音楽ホールの平面図
音楽ホールの平面図

音楽ホールの断面図
音楽ホールの断面図

 本ニュース291号(2012年3月)でお伝えしたとおり、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の新棟内に完成した音楽ホールのオープニングコンサートシリーズ終了後、最終的な音響検査を実施した。今回は、音楽ホールの音響設計の内容と音響特性および演奏会の印象等を報告する。

 右の図にあるように、ホールの基本形状は一辺の長さが約14mの立方体であり、音響的に解決しなければならない難しい要素がいくつか含まれていた。従来の音響の教科書からすると、音楽ホールに立方体という形状はまず採用してはならないはずで、大胆なチャレンジが求められたといえよう。

 上下に対向する平行面に起因するフラッターエコーを避けるために、天井のガラス面にはピラミッドのような凹凸をデザインしてもらった。

 各階の平行する側壁については、その前面に、音響的に透過で、また高音域を拡散させる効果を持つような、厚さ2.5mm、開口率40%の木製穴開きパネルをほぼ全面に取り付けて、その背後の十分に硬い石膏ボード面による反射音を確保するとともに、フラッターエコーが出ないようにした。また、バルコニー席各段の下天井面と壁面の組み合わせによる直角コーナーからの反射音を有効に使えるように検討を重ねた。ホールの形状については1/24縮尺の模型を製作して、音響実験による確認作業も実施した。コンクリートでできたバルコニー席下の天井面にはワッフル状の凹凸を付けて、ここでも拡散効果をねらった。ただ、このような規則的な形状は音響障害の原因になることが予想されたため(本ニュース213号 2005年9月)、このワッフル天井の部分についても別に1/10縮尺の模型を製作して実験による確認を行い、問題が出ないかどうか慎重に検討を進めた。

壁の穴開き板とバルコニー席下天井
壁の穴開き板とバルコニー席下天井

天井のガラス面
天井のガラス面

 最終的な音響検査の結果、エコー等は感知できなかった。空席時の残響時間は中音域の500Hzで1.0秒、満席時の推定計算値は0.9秒で、ほぼ平坦な周波数特性が得られており、残響時間を中心とした物理的な結果としては、意図した特性が実現されている。

残響時間周波数特性
残響時間周波数特性

 さて、3月号のニュースでも報告したように、本ホールでは約300席の客席すべてがステージを取り囲むように立体的に配置されていることが大きな特長となっている。ステージまでの距離はあらゆる客席からまるで手が届くかと思うほどの近さであり、80%の客席が一列目、つまり最前列のVIP席である。一方、正方形のステージも従来のホールとは全く異なっており、客席に対する方向性が無い。周囲360度の方向だけでなく上の方向にも客席があり、ソロ楽器にしてもアンサンブルにしても、その演奏方法や聴衆に対するアプローチの仕方等々、いろいろな設定が考えられる。パーヴァリ・ユンパネン(Paavali Jumppanen)によるピアノ・ソロの演奏会では、ピアノの反響板は取り外されていた。そのほうがピアノの音が高い天井に向かって立ち昇り、ホール内に程良くブレンドされて行く感じがした。キリ・テ・カナワは何曲かをゆっくりと回転しながら歌ってくれて、さすが、トップ・プロの気配りは素晴らしいと思った。ほんの数メートルの距離で聴く彼女の歌声はまた格別のものがあった。ハイドンのチェロ・コンチェルトを演奏したヨーヨー・マは、リハーサルの初めにはチェロ台に乗って他のメンバーに背を向けていたが、これがしっくりこないとみるやチェロ台を降り、メンバーと輪になった。そのほうがお互いにアイコンタクトも取れて、演奏しやすいに違いない。

反響板を外したピアノ
反響板を外したピアノ

輪になった演奏者
輪になった演奏者

 オープニング・シリーズのいくつかのコンサートを聞いただけでも、これまでに無いユニークなホールに対して、演奏家の側からはすでに様々なアプローチが試みられてきている。今後どのような演奏会が繰り広げられて行くのか、楽しみなホールがまたひとつ完成した。(菰田基生記)

イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館 音楽ホール:http://www.gardnermuseum.org/music/music_at_the_gardner


シリーズ 古きホール、音響技術をたずねて(4)

 前回は空間の響きを計算する手軽な道具として使用されていた計算尺を紹介したが、今回は約半世紀前の残響時間の測定法および測定装置についてまとめてみた。

◆ 電磁オシログラフ[1]を用いた音圧の減衰波形の記録からの測定 

 本ニュース293号(2012年5月)で述べたように、残響時間とは空間で音を発生し、これを急に停止したとき、音の強さが当初の100万分の1になるまでの時間をいう。筆者が1949年秋、日本放送協会(現NHK)技術研究所に着任したとき、初めての仕事として、電磁オシログラフの感光紙上に記録された残響波形の時間軸上のピーク値を逐次読みとるという作業をした覚えがある。これはブラウン管オシログラフ普及以前に活躍した振動波形記録装置であった。原理は磁界の中に置かれた小さな鏡が音声信号によって振動し、この反射光をロール状に巻いた感光紙にあて、これを現像して記録された波形を読みとるという仕組みで、今日のデジタルカメラからすると気が遠くなるような手間の掛かる装置であった。

◆ 音源を停止したあと、聞こえている響きの時間に着目した測定 

 上記は減衰する振動波形を対象にした測定であったが、全く別の視点に立って、空間の響きの長短に着目した音響学者がいた。それは、残響理論の生みの親のW.C.セイビンで、彼はオルガンパイプの発生音を音源とし、その発生音が聞こえなくなるまでの時間を今日のストップ・ウォッチのような器具で測定した。これが、空間の響きの量を測定した最初といってよいであろう(参考:本ニュース79号(1994年7月))。オルガンパイプの発生音の強さは送風圧力が一定であれば変わらず、周囲が静かであれば、聞こえなくなるまでの時間の計測はかなりの精度で可能であったであろう。また、測定を行った講堂の響きが数秒も聞こえていたことが幸いであった。

 セイビンがこの実験で明らかにしたのは、時間で表わした響きの量と、響きを抑える目的で持ち込んだ椅子のクッションの量とが反比例するという現象であった。ただし、この測定によって求められる響きの量や時間は相対値である。これが、彼が生み出した残響理論の芽となったのである。

◆ 響きの減衰過程に着目した測定 

 マイクロホンとブラウン管オシログラフの普及によって、振動波形が視覚的に捉えられるようになって生まれたのが、響きの減衰過程に着目した測定法である。セイビンの残響理論は音源停止後、下記(1)式が示すように、空間の音場の音の強さが時間と共に指数的に減衰することを示している。

図1
図-1

 ここで、I は当初の音の強さ、It 秒後の音の強さ、 は数学上で生まれた定数で2.7182・・という値である。αは1秒間に減衰する音の強さの割合を示す指数で、減衰定数と呼ばれ、毎秒1/10に減衰するときはα= 0.1である。 

 この指数減衰は図-1に示すような抵抗R とコンデンサーC で構成される簡単な電気回路で作りだすことができる。図-1の回路でスイッチSWを切ったときの電圧E の減衰は(1)式と同じような形の(2)式で表わされる。

 ここで、E は初期の電圧、E 秒後の電圧である。また、(2)式のRC は時定数とよばれ時間の次元をもつ定数である。1/RC は電圧の減衰率を表わす。残響時間は(1)式のI/Iが60dB減衰する時間として定義されているので、(2)式を電圧の減衰で表わすと、60dBは1/1,000(10-3)となる。したがって、残響時間T (秒)を時定数RC で表すと次の(3)式となる。

図-2
図-2

図-3(a), 図-3(b)
(a)            (b)
図-3

 図-2に示すように、ブラウン管の垂直軸にマイクロホンからの残響信号を、水平軸にRC 回路からの出力電圧を、それぞれ接続する。この2つの信号を同時に切断したとき、これらの減衰の割合が同じであれば、ブラウン管上の波形は図-3(a)に示すような45度の傾斜の2等辺3角形として現れる。観測を楽にするために、残響信号を整流し、その傾斜が図-3(b)のように45度になるようにRC の値、具体的にはR の値を調整すると、(3)式から残響時間T を読み取ることができる。これが簡易残響計である[2]。 

◆ 残光式ブラウン管を使用した新型残響時間測定装置 

 対数圧縮回路を持たない簡易残響計で観測できる残響信号のレベル範囲は20dB程度だったと記憶している。しかし、変動しながら減衰して行く残響音の減衰過程を視覚的に体験できた。この装置が、当時NHK技研のテレビ研究部と音響研究部共同で開発を進めていた残光性ブラウン管を用いた新残響計を完成に導いたのである。しかし、残念ながら、その詳細はもちろん、写真もない。テレビジョン技術をバックに完成した、当時とすれば最新鋭のこの残響計、昭和30年以前のスタジオやホールの音響測定に大活躍した測定器である。電源部を合わせるとかなりの重量のため、地方出張となると、測定器の移動は大変な力仕事だった。それに、手作りの測定器だけに移動には弱かった。出張先での最初の仕事は、ゆるんだビスの締め直しを含む半日の故障対策であったことが思い出される。

◆ B&K社の高速度レベルレコーダを中心に構成された残響時間測定装置 

 しかし、上述の新残響計が活躍したのは2〜3年くらいではなかったかと思う。1955年頃には高速度レベルレコーダの導入をきっかけに、アナログ技術を極めたB&K社の製品が音響測定装置の主流となり、1990年代の後半まで王座を貫いた。

 シュレーダが開発した逆二乗積分法をベースにした信号処理技術を利用して、残響時間測定のディジタル化が一般化したのは、今世紀に入ってからである。(永田 穂記)

 [1]網野、新井:"電磁オシログラフ"、日本音響学会誌 66巻8号(2010), pp.404
 [2]長友、坂本、永田:"ブラウン管オッシログラフを利用した簡易残響測定器"、
   第4回技術研究報告会講演予稿78 日本放送協会 昭和25年4月



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