No.259

News 09-07(通巻259号)

News

2009年07月25日発行
舞台反射板設置時

信州 安曇野に多目的交流センター「すずの音ホール」オープン

 北アルプスの麓、安曇野の松川村に多目的交流センター「すずの音ホール」が2009年5月にオープンした。この松川村(長野県北安曇郡)は人口約10,000人、高瀬川、穂高川をはじめいくつかの川に囲まれた農村で、郷土民謡の「安曇節」や安曇野ちひろ美術館、鈴虫の里などでも知られている。ここでは北アルプスの山々、その麓に広がる田園、緑豊かな安曇野の広大な眺め、この恵まれた大自然が満喫できる。JR大糸線の信濃松川駅にほど近い松川村役場の隣りにこの新しい施設は完成した。近くには保健センターや公民館、学校など、村の主要施設が集まる地区でもある。

 多目的交流センターは移動観覧席を持つ平土間形式の多目的利用のホールと練習室、展示コーナー、図書館、研修室、多目的室、調理室などからなる。設計・監理は龍環境計画、施工はハシバテクノスである。

舞台反射板設置時
舞台反射板設置時
舞台幕設置時
舞台幕設置時

 この施設の計画にあたっては、8年前の2001年に準備委員会、翌年、検討委員会を立ち上げ、その後の村民を中心としたワークショップ、ヒアリングにより施設のありよう、運営方法等に検討を重ね、計画、完成に至ったと聞いている。時間をかけて松川村の新しいホールの姿を追求したようである。そこでは、現行の公民館、小中学校の音楽・演劇等の活動実態、村民の集会、軽運動の利用状況等から、音響性能を活かしたコンサートや発表会、舞台機構を利用した演劇、映画の鑑賞会、平土間を利用する集会、軽運動等などが用途の柱となった。

 ホールはとくにプロセニアムを持たないオープン形式、コの字型にバルコニー席とギャラリーが平土間を取り囲むシンプルな形状である。移動観覧席が198席、可動椅子が52席のコンパクトで、角穴のコンクリートブロック積みの側壁と、その上の数列の板張りのアーチが印象的である。ここでは、舞台と客席が一体となったオープン形式の空間を活かしつつ、多目的に対応するため、生音楽に対しては大きな観音開きの舞台反射板と舞台袖の回転扉によって舞台幕を隠し、舞台からの有用な反射音を確保した。また、スピーチ、台詞に対しては舞台幕とサイドギャラリーの可変の吸音カーテン設置により響きを抑制し、多目的利用に音響的にも対応できるようにした。

ホール内観
ホール内観

 少子高齢化の進む中、こうした身近な施設の計画、施設運営、そして利用を通して、子供から老人まで、各世代間の交流がはかられるということは嬉しいことであり、その役割にも期待したい。(池田 覺記)

 問合せ先:「すずの音ホール」 0261-62-2481

拡散と音響効果−2

 室内で音をだすと、周壁や天井からの反射音が入り混じって、独特の音場が形成される。拡散音場というのはその究極の状態として頭の中で描き出される状態である。残響理論はこの理想的な音場を前提として生まれた理論である。録音スタジオやコンサートホールでは、拡散音場を形成する壁、天井からの反射音の散乱が好ましいとして、ポリシリンダーにはじまり、様々な形状、構造の拡散体が考案され、設置されていることを前回のNewsで紹介した。今回から音響設計者の視点から感じている拡散の効果について述べたい。

ハウリングの抑制

 前回のNewsで、50年前、アメリカの録音スタジオに登場した’ポリシリンダー’は、マイクロホンのセッティングを容易にするという効果があったことをお知らせした。同論文には、ポリシリンダー設置前後のスタジオ内2点間の伝送周波数特性の変化が示されている。これを図−1に示す。一般に室内で純音を発生すると、直接音と周壁からの反射音との干渉(直接音と反射音とでは伝搬距離が異なるため反射音の到達が遅れ、位相が異なる)によって、受音点のレベルが変化する。周波数を少しづつずらすと、重なり合い、打ち消し合いの程度が周波数によって異なるために図−1のように受音点のレベルが変化する。平らな面からの反射音は図−2の点線のように、特定方向に集中するが、曲面からの反射音は図の実線にしめすように広がった方向に反射する。これによって、直接音と反射音との干渉による山谷の深さが緩和されるのである。これが、マイクロホンの位置による収音信号のレベル変化、ひいては音色の変化を軽減する、という効果につながるのである。

 この直接音と反射音の干渉によるレベル変動は室内では避けられない現象である。拡声装置では再生レベルをあげていくと、特定の周波数で発信状態になる。これはハウリングとして知られている現象である。このハウリングは図−1に示した伝送周波数特性のピークの周波数で発生する。山のレベルが例えば、3dB下がっただけでも、拡声装置の安定性としては大きな効果なのである。本ニュース(News08-06通巻246号)で紹介したいわき芸術文化交流館「アリオス」で、拡散壁をスピーカ室内まで延長し鏡面反射を抑制したことにより、響きの多い空間でも予想以上の拡声効果が得られた、という電気音響担当者の記事があったが、これこそ、拡散壁による音場の均一化の効果といえるのである。

図−1 曲面および平らな面による直接音と反射音の干渉<sup>1)</sup>
図−1 曲面および平らな面による直接音と反射音の干渉1)
図−2 曲面および平らな面による反射音の指向特性<sup>1)</sup>
図−2 曲面および平らな面による反射音の指向特性1)

拡散と吸音率

 材料の吸音率αは入射してきた音の強さIに対して、反射する音の強さをRとすると、次の(1)式のような形で定義されている。すなわち、

α = (I−R)/I = 1−R/I     (1)

 ある材料に音が入射する場合を考えると、吸音性能は音の入射条件、つまり、垂直に入射するか、斜めに入射するか、面に沿って音が進行してゆくのかによって異なるであろうことは誰しも理解できる現象である。しかし、一般の部屋で、各面に音がどのように入射しているかは確認しようもない。そこで、材料の吸音率としては、音があらゆる方向から入射しているという入射条件を前提として吸音率を定義しているのである。したがって、その測定も残響室という剛な反射性の壁をもつ空間に試料を設置し、残響時間の変化から吸音率を算出する。ここで、残響室の形状、容積、試料の寸法、設置方法などは、ISOという国際基準、わが国ではJISで規定されている。

 ところで、この測定で問題は、残響室の拡散状態である。拡散入射に近づけるために、残響室には図−3のように、円弧状の拡散体を複数個ランダムに吊したり、反射板を回転させるなど、様々の工夫を行って拡散入射の実現を計っているのである。図−4は残響室法吸音率JIS制定の委員会で行ったときの拡散板の枚数と吸音率測定値との関係を示した図で、サンプルは50mm厚、25K/m3のグラスウールボード、吸音材として、もっとも使われている材料である。図の縦軸は残響室に吊した拡散板(900 x 1800)の設置枚数を変えたときの残響室法吸音率の測定値である。グラスウール50mmといえば吸音材としてもっともポピュラーな吸音材であり、拡散がよければ中高音域の吸音率は100%に近い吸音性能を示す。しかし、使用する拡散板の枚数をへらすとともに吸音性能は小さくなる。図−4で拡散状態からもっとも離れた条件というのは、拡散体がなく、しかも、指向性スピーカで吸音材の面に平行に音をだした時である。

図−3 残響室の拡散体
図−3 残響室の拡散体
図−4 吊り下げ拡散体の吸音率に対する影響<sup>2)</sup>
図−4 吊り下げ拡散体の吸音率に対する影響2)

 天井一面だけの吸音、これは、会議室、事務室などで、しばしば、目にする光景である。体育館なども、この種の吸音処理の例は多い。体育館のみならず、ホールや劇場でも、天井は反射面であっても、客席床面は大きな吸音面である。ホール客席椅子の吸音効果が残響室で求めた吸音率からの計算値と異なること、天井のみ吸音処理をした体育館の吸音効果が期待値より大きく外れることなどについて、われわれ音響設計者は昔から、いたいほどの経験をしてきたのである。なにをかくそう筆者も、NHK技術研究所に勤務しはじめた当初、まだお互いに若蔵であったソニーの大賀さんから呼ばれ、会議室の吸音処理をしたことがある。当時、輸入されたばかりの岩綿吸音板で天井の吸音処理を行った。しかし、カタログに記載された残響室法吸音率をつかって計算した結果からは大はずれ、サンプルに問題があるという、今から考えるとまことにお恥ずかしい結論にしか至らなかったことを鮮明に覚えている。拡散という目でみると、大聖堂のような天井の高い、石作りの空間は別として、通常われわれが体験する空間のほとんどは中途半端な拡散状態といえるのである。海外には拡散音場を指向して、天井、周壁、すべて拡散体を配置したホールの一例としてボン市のベートーベンホ−ルがあるが、その音響効果についての評価は聞こえてこない。約500年にもおよぶ、現在のクラシック音楽の歩みを考えるとき、音楽は拡散という点では中途半端な空間で生まれたものであるという結論にたどりつくのである。(永田 穂記)

 1) J.E.Volkmann, ‘Polycylindrical Diffusers in Room Acoustical Design’, J. Acoust. Soc. Am. 13, 234, (1942)
 2) 建築音響関係JIS解説 (社)日本音響材料協会 (1979)

サントリーホールの「グルッペン」

 ドイツの現代音楽作曲家シュトックハウゼン(1928〜2007)の3群オーケストラのための「グルッペン」が8月31日にNHK交響楽団によりサントリー音楽財団の創設40周年記念サマーフェスティバルで演奏される。日本でこの曲が演奏されるのは35年ぶりとなる。

 シュトックハウゼンは20世紀の音楽をあらたに作り出してきた作曲家であり、その後の音楽家に多大な影響を与えてきた。かつてあのビートルズがレコーディング・バンドへの過渡期に発表したアルバム“Revolver”には、当時としてはコンサートで再現できない音の電気的な処理によって新たな音を作り出すシュトックハウゼンの手法が導入された。それ以降、ビートルズのみならず多くのロックやジャズミュージックにも影響を与えてきた。ちなみにシュトックハウゼンはビートルズの次のアルバム“Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band”の表紙後列左から5人目に登場している。

 「グルッペン」は1955〜57年に作曲され、58年にケルンのメッセ会場で初演された。初演のライナーノートには「平土間で客席椅子と舞台は移動可能な場所」など演奏空間の条件とともに既存のコンサートホールで上演することについては否定的に記されている。「グルッペン」は同じ楽器編成の3つのオーケストラが正面と左右に聴衆を取り囲むように配置される。ステレオ収録が一般的でなかった時代に、音の方向性を期待する音源配置をイメージしそれを演奏会で実現しようとした。当時コンサートホールといえば古典的な舞台と客席が相対するホールがほとんどで、正面と左右からも音を出す構想はその頃の既成のコンサートホールでは考えられなかった。それはシュトックハウゼンの音の方向性に期待する配置をイメージし、その後のサラウンドを予見した発想だったように思える。1996年にサイモン・ラトル他の指揮で行われたバーミンガム交響楽団の公演をYouTubeで聴くことができる。この公演を現地で生で聴いた筆者の知人は、あちこちから音の噴出する間欠泉の上に立っているような印象だった、と評した。

オーケストラの配置
オーケストラの配置

 サントリーホールでは右図のように3つのオーケストラを配置する。作曲者の意図する位置で聴くには1階の中央ブロックのみとなり、2階席では意図に反すると批判もあるかもしれないが、新たな試みとして音の分離性の良いサントリーホールでは周辺の席でも左右に広がった間欠泉に乗ることも出来そうでいろいろ発見もあるであろう。そういったことへの配慮として「グルッペン」は2度演奏され、1回目と2回目で違った席で聴くことができる。そのため全ての客席数分のチケットは売らずに席に余裕を持たせ、観客が席を移りやすいように配慮されている。音の違いを聴き比べられるのもサントリーホールならではのことである。この機会を逃さぬよう足を運びたい。(小野 朗記)

 YouTube:http://www.youtube.com/watch?v=MsX1UMednjg

 サントリー音楽財団:http://www.suntory.co.jp/culture/smf/summer/index.html