No.246

News 08-06(通巻246号)

News

2008年06月25日発行
演劇形式の大ホール舞台

いわき芸術文化交流館「アリオス」の舞台音響設備

 今年4月に第一次オープンを迎えた「いわきアリオス」について、前号の室内音響計画・遮音計画に引き続き、今回は舞台音響設備を中心に紹介する。

大ホールの舞台音響設備

 クラシックコンサートと舞台ものそれぞれに高い性能と機能が要求された大ホールでは、舞台音響設備の計画もさることながら、建築意匠や室内音響、他の設備との整合や取り合いの解決が難題であった。

スピーカの配置 まず演劇形式では舞台への音像定位を重視した。舞台開口高さの可変(演劇形式9m〜コンサート形式15m)にあわせてプロセニアムスピーカは昇降式とし、舞台中央への音像定位を得るための中央クラスタと、効果用の上手・下手クラスタで構成した。サイドスピーカは低い位置に配置し、音像を下げるように配慮した。4階席やサイドバルコニー席に対しては補助スピーカを設置しているが、いずれもプロセ・サイドスピーカからの音の方向性を阻害しないよう留意した。コンサート形式では、舞台から客席にかけて連続した天井とするためにプロセニアムと客席天井面の段差を1mに抑えている。このためプロセニアム中央クラスタでは2〜4階席をカバーできないので、代わりに第1・第2シーリングにスピーカを設置し、客席により近い位置から拡声することで響きの中で明瞭さを確保するように考えた。またレクチャーコンサート等での舞台上の演奏者のために、はね返りスピーカ4台を側面反射板に組み込んだ。これらは本番だけでなくリハーサルや雛壇設営時の連絡用としても活用されている。

演劇形式の大ホール舞台
演劇形式の大ホール舞台

スピーカの設置 スピーカを内装に埋め込むと音質に大きく影響するため、大ホールではスピーカを音響的に囲わず、ホール空間に開放するように試みた。特にサイドスピーカ室は、客席側の全面を音響的に透過なネットで仕上げ、背面(舞台側)は柱以外を布張りの開口としスピーカ後方に音が抜けるようにした。側面は客席の拡散壁をスピーカ室内まで延長し、強い干渉を生じる鏡面的な反射を低減すると共に、室内音響的にも有効な反射面とした。これらの効果は予想以上に大きく、チューニング前に確認した音は驚くほど素直でクリアであった。

サイドスピーカ
サイドスピーカ
サイドスピーカ室内
サイドスピーカ室内

スピーカの選定 スピーカは、台詞や弱音楽器の拡声音が生音や空間の響きに馴染む自然な音質をもち、かつ効果音やポップス等で迫力ある再生が可能なことを考慮して選定した。また、シューボックスを基本とする室形状に劇場並の舞台設備を組み込む必要から、小型で、縦にも横にも設置でき、取付金具のバリエーションが豊富であるなど、建築的な納めやすさも選定上の大きな条件であった。

小劇場のコントロールブース
小劇場のコントロールブース

システム 下手袖のA/Dコンバータ〜調整卓〜アンプ間をデジタル伝送とし、長距離伝送による音質劣化とノイズ混入の防止を図った。また吊りマイク回線も天井裏でA/D変換し録音卓に入力した。アナログ伝送よりもクリアでS/Nが良く音が近く感じられ、音質に大きく貢献している。なお音響調整室は、調整卓前の幅1.5mを開放できる窓とし、客席の音を聴いて操作できるようにした。

小劇場の舞台音響設備

 小劇場はその規模(233席)と平土間にもなることから、演劇に限らず様々な用途で最も市民に利用される施設である。要求水準ではスピーカは全て移動式とされていたが、セッティングなしにいつでも使えるスピーカが必要と考え、舞台先端の昇降バトンにLCR構成のメインスピーカ(着脱可)を設置した。壁面各所にはスピーカ吊下用パイプと回線を設けてあり、演目に応じたスピーカ配置が可能である。スピーカは大ホールと同シリーズの機種で、スピーカ共用時にも統一した音質が得られるようにした。主階席後部のコントロールブースはオープンスペースで、快適なオペレートが可能である。

小劇場のメインスピーカ
小劇場のメインスピーカ

舞台連絡ITV設備

 催し物の仕込みや進行を支えるスタッフ間の連絡ITV設備も充実を図った。特に大ホールは、有線・無線インカム、インターホン、ガナリ装置、楽屋呼出、キューランプ、舞台監督卓とフル装備である。ITV設備は、大ホール・小劇場共にマトリクススイッチャを核にし、移動用カメラやモニタTVの追加に柔軟に対応できるシステムとした。また舞台スタッフの要望から、下手袖では他のホールの舞台正面映像と一部の一般監視カメラ映像も監視可能とした。これらの設備は舞台音響設備に含まれることが多いが、最近は演出の多様化と舞台設備の高度化による安全確保の面から機能充実の要望が多く、舞台音響設備の予算の中で占める割合が増えてきている。それらを考慮した予算配分が必要である。

小劇場のコントロールブース
小劇場のコントロールブース

舞台音響設備へのノイズ混入防止対策

 劇場やホールではノイズ対策は必須である。いわきアリオスでは、音響設備用の電源トランスや接地をそれぞれ単独(接地極も他と離隔)にすると共に、音響の機器収納架は電気絶縁体を介して固定し、音響機器を躯体や他設備と電気的に分離する対策を行った。また音響配線はもちろん、ノイズ源となる舞台機構・照明設備についても原則として金属配管とし、音響回線との離隔を確保した。これらの対策によりノイズ問題は生じていない。ノイズの問題は発生後の対策が非常に困難なため、計画段階から十分な配慮が必要である。
 オープン後、様々な催し物が開催されている本施設の隣で、中劇場の工事が進んでいる。来春のグランドオープンに向けて、関係者は引き続き日々奮闘中である。(内田匡哉記)

遮音設計シリーズ その5 “音が壁を揺する” -遮音構造の話-

 前回の遮音シリーズその4では、ホール施設を例に遮音を配慮した室の配置計画について示した。一方で現実には、敷地や配置の制約、また外的要因としての交通網の隣接が避けられない等、配置計画のみでは遮音の問題が解決できないことも多い。そこで今回は、遮音のメカニズムと具体的な遮音構造を紹介したい。

室間に求められる遮音性能

 図-1は各種催し物についての発生音レベル別に、遮音性能に対する透過音の聴感的な印象をまとめた例である(受音室の暗騒音がNC-20〜25程度の場合)。この図からわかるように、拡声が主となる講演では遮音性能50dB程度(中音域)で、透過音が隣室で暗騒音に紛れて聞こえない状況まで遮音することができるが、音楽演奏やスピーカを使用するような催し物では、大きな遮音性能が必要である。

図-1 遮音性能に対する音源別の透過音の聴感的印象
図-1 遮音性能に対する音源別の透過音の聴感的印象

遮音のメカニズム

 まずは遮音の原理についてふれてみたい。空気中に放たれた音は図-2のように空気の圧力変動として伝搬し、その先にある壁に当たって壁はわずかだが圧力変動に応じて押されたり引っ張られたり振動させられる。その壁の振動が、壁の反対側の空気を振動させ音波を伝搬する。この過程が見かけ上、音が壁を透過したこととなる。同じ大きさの力を加えるならば、重たい物は軽い物より動きにくい。壁の重量が重たいほど壁は振動しにくくなるので、すなわち壁の反対側の空気の変動は小さい。したがって基本的に遮音材料の性能は重量(面密度)=厚さ×比重に比例する。面密度増加による遮音性能向上の割合は、面密度が倍になるに従い約5dBアップする。これを質量則と呼ぶ。

図-2 遮音のメカニズム
図-2 遮音のメカニズム

遮音構造の例

 コンクリート躯体1重の構造をベースとして、遮音性能を向上するための具体的な遮音構造例を図-3に示す。基本構造としてのコンクリート躯体(普通コンクリート150mm厚程度)の遮音性能は、約50dB(中音域)である。

図-3 コンクリート躯体を基本とした遮音構造の改善例
図-3 コンクリート躯体を基本とした遮音構造の改善例

 これに遮音層が追加された2重スラブ・重量ブロック2重壁・GW支持浮床などによる遮音性能の増加は10〜15dB(中音域)である。廊下を挟んだ室間などがこれに相当する。これらの構造では重量性の遮音層を追加しているものであるが、同様に壁・天井に防振支持した石膏板などの乾式遮音層を付加した構造でも同様な10〜15dB(中音域)の遮音性能向上が図れる。更に遮音性能を向上させるには上記の構造を組み合わせて、完全な浮構造(防振遮音構造)を採用することになる。これによる遮音性能の増加は20〜30dB(中音域)である。実際の設計においては、これらの構造を使用条件により異なってくる音源の周波数特性や配置条件を踏まえ、適切に組み合わせて採用していく。

2重壁(スラブ)

 図-4を見て欲しい。(a)コンクリートのような均質の単一壁で50dBの遮音性能が得られている壁があるとする。(b)その壁を2枚離して設置する。この2枚の壁が“独立”していて、音波が単純に1回ずつ壁を透過していくと仮定するならば、50+50で遮音性能は100dBとなるはずである。しかし実際には(c)のように壁はスラブに支持されており、上記のメカニズムで書いたように、音波によって振動させられた壁の振動はスラブにも側路伝搬するし、直接室内でもスラブに音は入射する。隣の室のスラブもまた空気を振動させるわけで、音の透過は壁からのみではなく、高い遮音性能を得たい場合には側路伝搬も無視できない。遮音性能は単純に1+1=2のようにはならないのである。

図-4 側路伝搬
図-4 側路伝搬

 スラブ等を介して伝搬する振動エネルギーは躯体を長く伝搬するとロスが生じるため、大・小ホールの併設等の場合に距離を大きく離して配置するように、20m程度以上の離隔距離がある場合、80dB(中音域)程度の遮音性能が見込まれる。図-3にあるエキスパンション・ジョイントを用いた構造は、最短距離で伝搬しないように音響的なエキスパンション・ジョイントを採用し、伝搬距離を稼いでいるのである。

浮構造うきこうぞう (防振遮音構造)

 浮構造は室間を20mなど遠く離して配置せずに、高い遮音性能を確保する構造である。そのミソは建築本体につながる支持の部分に、振動により伝搬するエネルギーを減衰させるための弾性体(防振ゴムやグラスウール等)を採用していることにある。地震に対する免震構造の方が一般的に有名だと思うが、イメージ的には建築躯体の中に免震構造の室があるようなものである。免震構造も遮音の浮構造もそれぞれ弾性体のバネを遮りたい周波数と性能に基づいて選択する。これだけの高遮音性能になると鉄筋がたった一本でもつながったり、ノロ漏れによって浮床と躯体の間が埋まったりすることは、その側路伝搬により大きな遮音性能の欠損を引き起こす。20m以上も離れるようなエネルギーの減衰を弾性体での支持で期待するものだけに、その施工には十分な注意が必要となる。(石渡智秋記)

図-5 浮き構造
図-5 浮き構造