No.244

News 08-04(通巻244号)

News

2008年04月25日発行
豊田講堂外観

名古屋大学 豊田講堂 (Toyoda Auditorium) の改修

 2006年12月より進められてきた名古屋大学豊田講堂の改修工事が本年2月に竣工した。この施設の概要と改修の内容について紹介したい。

講堂建設の経緯

 豊田講堂は1960年、大学からの依頼を受けたトヨタ自動車工業 (当時) の寄付により建設された。トヨタ自動車工業はその前身である豊田自動織機製作所の創始者、豊田佐吉氏の記念事業として位置づけ、講堂の名称は 「トヨタ講堂」 ではなく 「豊田講堂 (とよだこうどう) 」 とした。

 設計は、トヨタ自動車工業の意向により、当時ワシントン大学の准教授で竹中工務店嘱託だった槇文彦氏、施工は竹中工務店がそれぞれ担当した。

 名古屋大学は、当時の旧帝国大学の中では最も新しく、拠点となるキャンパスはなく、名古屋市内の8箇所に分散され、蛸足大学などと呼ばれていた。それらの校舎を統合する計画の中で、豊田講堂は大学のシンボリックな建物として現在の東山キャンパスの中心に計画された。

豊田講堂外観
豊田講堂外観
ピロティ空間 (改修前)
ピロティ空間 (改修前)

建築のデザイン

 コンクリートの素材感を生かし自由に形作られた前川國男作品にも共通するル・コルビジェを彷彿とさせる造形は、槇文彦氏のその後の建築に見られる、例えばアルミを使ったシャープなラインで構成される洗練されたデザインとは趣を変えた、荒々しく力強い若さ溢れる躍動感を感じさせる。一方で、正面から見ると、極限まで細く見せた繊細なラインを強調した大スパン架構のコンクリート柱は、その後生み出された数々の洗練された名建築に繋がっているように感じる。この作品は、1962年度の日本建築学会賞を受賞しており、設計を任された若き建築家は大学や関係者の大きな期待に十分応える結果を出した。

改修計画

 今回の改修・増築工事は、建設当初と同様、トヨタ自動車ならびにトヨタグループからの寄付で賄なわれ、設計を槇総合計画事務所が、施工を竹中工務店が担当した。講堂内の改修としては、これまで客席壁は、吸音パネルや大小様々な開口、タイルなどを嵌め込んだアーティスティックな壁面となっていたが、全面が練付板に貼り替えられた。約1600席あった客席は、肘テーブルやLAN回線、AC電源コンセントなどの設備を設け、前後幅を広げた結果、1204席となった。また、これまで音響関連で課題とされていた拡声音の明瞭性は、舞台音響設備の更新とスピーカの適正な位置への設置ならびに調整により飛躍的に改善され、さらに当初NC-45〜50だった空調設備騒音については機械室の新設、機器やダクトの更新などによりNC-30以下まで低減できた。室内音響については、舞台の袖空間を確保するとともに、舞台側方に反射壁を設けた。また、舞台の正面壁のリブの背後に吸音のカーテンを設け、講演会などの時はカーテンを出して強い反射音を抑え、コンサートでは収納できるようにした。残響時間はカーテン収納時:1.8秒、設置時:1.7秒 (500Hz) となった。このように最終的に音響面で質の高い改善が出来た。

講堂内改修前
講堂内改修前
講堂内改修後
講堂内改修後

今後の運営

 名古屋大学には公共文化施設の計画運営を専門とされる清水裕之教授がおられ、今回の改修計画においてもその劇場機能向上の為に色々とアイデアを出された。しかしながら、どうしても目に見え易い改修に重きが置かれ十分清水教授の意向が組み入れられなかったように思える。今後の講堂運営においては、清水教授らのアドバイスにより講演や式典だけでない幅の広い運用が期待される。(小野 朗記)

名古屋大学 URL http://www.nagoya-u.ac.jp/ 

ウィーン楽友協会に新設された4つの小ホール

 某ホールの計画にあたって、ウィーン、ザルツブルグ、パリのコンサートホールやオペラハウスの普段あまり見られない舞台の裏側などの見学と施設の方々にお話しを伺う機会があった。いくつかのホールについて、そこで見たり聞いたりしたことを少しご紹介したい。

 今回は、世界で一番美しい響きを持つホールとよくいわれ、新年恒例のニューイヤーコンサートでも有名なウィーン楽友協会の、大ホールではなく、2004年に完成した地下の4つのホールである。これらの4つのホールは楽友協会と正面入口の向かい側にある劇場の間の道路の下に新設されている。当初はリハーサル室を1室作る計画だったが予想外の寄付金が予定されたため (しかし最終的には、寄付金は予想よりかなり少なかったのだが) 4つになったということである。4つのホールは、ガラスホール、ストーンホール、メタルホール、ウッドホールと名付けられている。名前からもわかるように、室内の天井や壁の仕上げにはそれぞれの名前の材料が使われている。

ガラスホール
ガラスホール
ストーンホール
メタルホール
メタルホール
ウッドホール
ウッドホール

 4つの中で最も大きいガラスホールは、名前の通り、天井も壁もガラスのパネルが設置されており、色彩は大ホールに負けない程にキラキラである。天井高は2層分程度あり、床面はリハーサルができるように広さやひな壇の形状も大ホールと同じようになっている。ただし、ひな壇は可動式で平土間にもなる。ひな壇の向かい側の壁面は吸音材で仕上げられ (全面かどうかは不明) 、その上に金色のシートが挟み込まれた凸形状のガラスパネルが設置されている。両側の一部のパネルは開閉するようになっており、響きの調整が可能となっている。中央部にはスクリーンも設置でき、講演会などにも使用できる。

 他の3ホールは、天井はそれほど高くはなく、室内楽等のコンサートやパーティなどに対応するための各種設備が設置されている。パーティも主要な用途のひとつのようで、ウッドホールに隣接してバーカウンターのあるスペースが配置されていた。

 それぞれのホールには最近の建築で流行のものが多く使われており、建築家には魅力的な空間と思われる。しかし、メタルや石、ガラスなどを音楽の練習やコンサートを行う空間に使用するには音響面でも工夫が必要である。吸音材料やその設置方法、拡散形状をはじめとして、矩形ホールで平行面を避ける方法、吸音の可変方法等、新たな視点から参考になった。(福地智子記)

The Musikverein URL http://www.musikverein.at/

電気音響設備シリーズ(4) スピーカ設置計画と調整の現状

 前回 (News07-05 通巻233号) は、スピーカ設置環境について簡単にふれた。今回は、もう少し踏み込んで、スピーカの設置計画と調整の現状や問題点について述べる。

 拡声音の達成すべき基本的な条件は、施設の性格と想定する演目や催物に適した音量、音質、音像、明瞭さと考える。もっと大きく捉えると 「自然さ」 となるのかもしれないが、あまりにも茫漠とした表現なので、細かく噛み砕く必要がある。そこで、自然さを構成する要素を主観的な印象から考えてみると、臨場感や雰囲気、品格、音の距離感、温かさ、太さ、力強さ、パワー感やエネルギー感、音像の大きさや定位、クリアさと響きのバランス、音の分離や分解能など裾野は広がってゆく。電気音響設備は様々な性格を持つ音響機器の組み合わせなので、計画、設置、調整、運用操作などのあらゆるフェーズで、それらのバランスをとり続けることが良好な結果につながると考えている。

結果を予測する計画

 最近、電気音響の分野でも、数値や言葉で表現しにくい拡声音の性状を視覚化して検討、提示しようと、パソコンを利用したシミュレーションソフトが使われるようになってきた。そのプロセスや結果は様々であるが、スピーカ設置計画の参考になるのは、直接音の音圧レベル分布のみといってもよい。これは、音量のバラツキを視覚化したいという要望にこたえたものである。しかし、計画に当たっては冒頭で述べたような拡声音の質について、様々な条件のバランスを同時に考えなければならない。これには、現状のパソコン用ソフトではまったく歯が立たないのである。

 スピーカはそれ自身が複雑な要素で構成されているため、拡声音を実際の波動としてあつかうことはかなりむつかしい。そのため、ラインアレイスピーカの放射性状は簡易的にしか予測できない。このような状況から、シミュレーションソフトの開発は行き詰った感がある。

 それに関連するが、メーカが提供するスピーカの指向特性データには大きな問題が残されている。実際に、様々な現場で拡声音を聴くと、距離によって音質や明瞭さ、指向特性などが変化することはたしかである。ところが、音圧レベルという物理的な指向特性データを測定するときの距離と測定方法がメーカによってまちまちなのである。たとえば、あるスピーカの3mの距離で測定された指向特性データを、客席最後部まで30mを越えることも多い劇場・ホールに適用してもよいのだろうか。スピーカから50m、100mと離れることもあるスポーツ施設ではどうなのか。スピーカ固有の性質を包括的に知らなければ、設置空間に適した機種の選定や設置方法の検討などは困難である。

Fig.1 平面図上でのスピーカのカバーエリアの検討
Fig.1 平面図上でのスピーカのカバーエリアの検討

 さらに、拡声音は建築空間の影響を大きく受ける。響きによるといっても、個々の反射音の性状によっても聴こえ方はずいぶんと異なることを経験する。音質 (周波数特性) を調整しても聴こえ方は変わる。そこで、簡易的に可聴化して拡声音を顧客に聞かせるメーカも現れた。実験としてはおもしろいが、現状のシミュレーションソフトの限界とその問題点を認識せず、目先のことに用いるならば、本来の技術的な発展を阻害することになってしまう。ツールであるシミュレーションソフトで悩んでいても仕事は進まない。そこで、Fig.1に示すように図面上に各スピーカの指向方向やカバーエリアを幾何的に記入し、その重なり具合や音の到来方向が適切かどうかの検討を行なうシンプルな方法のほうが、より効果的であると我々は考えている。

結果を生む調整

 音響機器を取り付け、接続すると音が出るが、接続しただけで良い音が出たためしがない。そのため、初期設定と各種調整・検査が必須である。その作業を通じて、計画時の目標が達成されているかどうかが確認でき、施主に設備を引き渡すことができる。これは、かなり重要な業務であるが、一般的にはあまり理解されていない。工事発注時の仕様書には目標とする機能や性能、目標値などを記載するが、聴感上の達成目標はあやふやなものとして見られやすく、ともすれば数値さえ良ければ合格といった誤てる方向に進みがちである。最終的な検査では、聴感的に納得のゆかない場合は、どこかにその原因があるはずであり、それを確認するまでは一歩も後には退かないという決意で臨んでいる。たとえば、音像の性状については、今のところ数値による表現ができず、聴感的な評価確認しか方法がないが、実現目標である 「自然さ」 の評価に占める割合は高いと考えている。

客席中央部に設置した調整用機材
客席中央部に設置した調整用機材

調整は、まず、機器および機器間の正常動作を確認しつつ、スピーカの指向方向を修正したり、パワーアンプの出力配分を設定する基礎調整から始め、イコライザ類を設定する音質調整に進み、最後に実際の拡声テストを実施しながら総合的な微調整を行ない終了する。調整で目指すのは安定した運用ができるかどうか、操作しやすいかどうか、幅広いあるいは想定する催物に対応できるかどうか、つまり、運用の標準状態を設定することにある。最近のデジタル機器は、各種の設定がパソコンできめ細かくできるようになった。もちろん、自動化されてはいないため、調整結果は調整者の経験をベースとした創造的な能力に依存するものとなる。これは、建築空間にパイプオルガンの音を馴染ませるという、ヴォイシングに等しい重要な作業として位置づけられる。(稲生 眞記)