静けさ よい音 よい響き NAGATA ACOUSTICS
ニュースの書庫

News 07-02号(通巻230号)

発行:2007年2月25日

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ヨーロッパ・プロジェクトの縮尺音響模型実験

 昨秋より、フランス国立放送・フィルハーモニーホール(Salle Philharmonique Radio France)とヘルシンキ・ミュージックセンター・コンサートホール(Helsinki Music Centre Concert Hall)の1/10縮尺模型を用いた音響実験が始まっている。前者は、パリ16区のセーヌ川に面した既存の放送局舎の全面改修にともなって新設されるコンサートホール(1500席)で、建築設計はパリのArchitecture-Studioが担当している(本News06-03号)。また後者は、フィンランド放送交響楽団、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団、シベリウス・アカデミーが入る新設音楽センターのコンサートホール(1650席)で、Alvar Aaltoの代表作フィンランディア・ホールとSteven Holl設計の現代美術館キアズマを結ぶ線の中間に新築される。建築設計はフィンランド・トゥルクのLaiho-Pulkkinen-Raunioである(本News00-11号)。両プロジェクトがスタートしたのはまったく別の時期であったが、設計の最終段階がたまたま同時期となり相次いでの実験スタートとなった。本記事では、両プロジェクトを例に模型実験の概要を紹介する。

模型の製作
 模型の床・壁・天井や客席・聴衆は実物の音響特性をシミュレートする材料で製作する。コンサートホールの床・壁・天井は原則として反射面なので、模型では塗装した厚めのベニヤ板で構成している。客席と聴衆は東急建設技術研究所が開発・製作した模型椅子と聴衆を採用している。


フランス国立放送・フィルハーモニーホール
(1/10縮尺模型)

ヘルシンキ・ミュージックセンター
コンサートホール(1/10縮尺模型)

■実験の概要
 両ホールともに客席がステージを取り囲むアリーナ形式であるが、ひとことで言えばフランスの“円形(まるがた)”に対して、ヘルシンキは“角形(かくがた)”で、そのイメージはずいぶん異なっている。ホールの基本的な室形状についてはどちらも、幾何音響に基づくコンピュータ・シミュレーションにより十分な時間をかけて検討を行ってきた。音響模型実験では模型ホール内に実際に音を放射して実験を行うので、コンピュータ内で仮想的に音のふるまいを追うことから一歩踏み込んで、音の波としての性質(波動性)も自動的に考慮できる。我々は、音響模型実験を設計の最終段階における詳細な設計確認・検討の手段と位置づけている。特に、これまでにない形状のホールの音響状態を設計段階で確認できる有力な方法である。具体的には、障害となりそうなエコーの有無の試聴による確認とエコー原因の解消方法の検討、インパルス応答そのものとそれから導き出される物理情報の既存ホールデータとの比較による音響状態の確認・検討、などが主な実験項目である。


模型実験用スピーカ
左:無指向性12面体スピーカ
右:指向性ツイータ

模型実験用ダミーヘッドマイクロホンと人形

■エコーチェック
 当たり前のことではあるが、1/10模型ではすべての寸法が1/10となる。実験で用いる音の波長も1/10、すなわち実音場に比べて10倍高い周波数の音を使用しなければならない。10倍の高周波というと一部人間には聞こえない超音波領域も含むことになり、特殊なスピーカを使わなければならない。今回の実験では、いずれも80kHzまでは安定的に再生できる、無指向性スピーカ(本News03-12号)と、トランペットなど比較的指向性をもつ楽器を想定したツィータの2種類を用いた。模型ホール内の代表点に置いたダミーヘッドマイクロホンでインパルス応答を収録し、時間を10倍に引き延ばした音を実際に聴いてエコーの有無を判断する。コンピュータが手軽に使用できる以前、この録音・再生の時間変換には回転スピードを10:1に可変できる大型テープレコーダを使用していた。テープレコーダの再生帯域が限られることや音源スピーカからの音響出力も十分ではないなど音質にも限界があったが、今日ではコンピュータを用いたデジタル信号処理技術により良い音質での試聴が可能となった。障害となりそうなエコーのうち、単発的なエコーはディスプレイ上の応答波形でも予想が付くが、判りにくいのは小さな反射音の集まりがエコーに聞こえる場合である。実際に試聴して判断することのできる模型実験手法が最も威力を発揮する場面のひとつである。さて、エコーと判断した場合の原因箇所の追求であるが、予想される箇所に仮に吸音材を取り付けてエコーが無くなるか確認するという方法で行っている。多少時間がかかり原始的ではあるが確実な方法である。

■インパルス応答の測定
 実音場には空気吸収という現象がある。空気中の酸素分子と水分の相互作用で音が伝搬する間に高音域のエネルギーが吸収される現象である。模型内の媒質が普通の空気の場合、この空気吸収のために特に高音域の響きが実物より短くなりすぎてしまう。さいわい1/10スケールの場合は、酸素を追い出してほぼ窒素だけの状態をつくれば実音場の空気吸収をシミュレートできる。インパルス応答の測定は、この酸素を窒素で置換した状態で行っている。こうして測定されたインパルス応答そのものや反射音のエネルギーの到来状況を示すRECカーブ(直接音を除く初期反射音エネルギーの累積レベルをプロットした曲線)他を、既存ホールのデータと比較することにより、新ホールの音響状態を確認し、必要ならば部分的な形状変更の検討を行う。

両プロジェクトは、模型実験結果を設計に反映した上で、いよいよ実際のホール建設へと向かう。(小口恵司記)

遮音設計シリーズ その3 ―「彼を知り、己を知れば...」

 シリーズその2(本News06-05号)では遮音設計の実例として和太鼓について取り上げた。勇壮な和太鼓の音は魅力的ではあるが、その発生音は非常に大きく遮音が難しい。さらに和太鼓の演奏はリズムがあることや、音の立ち上がりが鋭いことから耳に付きやすい。一方、受音側の音環境を考えると、例えばコンサートホールの場合には、雨音が聞こえたり、会話をしている音があったりするような普段の生活をしている室とは異なり、ほとんど演奏以外の音がしないような静けさが望まれる。「発生音」と「必要な静けさ」の「差」から定まる必要遮音性能は、したがって格段に高いレベルとなる。しかし、例えば受音側が比較的大きな発生騒音を伴う工場のような場合、音が透過してきてもその場の騒音にかき消され、音が聞こえても作業場の用途からすれば支障ないこともある。

 「彼を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」とは孫子兵法の言葉であるが、遮音設計においても最初の第一歩は、“彼を知り、己を知る”ことから始まる。すなわち、遮音の対象となる音をよく知り、またそれが伝搬して影響を及ぼす受音側の音環境をよく知ることが必要である。よく知ることによって有効かつ経済的な遮音計画を行うこと、また早い段階では、施設の計画や運用にフィードバックしていくこともできるのである。


建築材料の音響透過損失の例

■遮音の対象となる音
 遮音の対象となる音は様々であり、音が大きいか、小さいかだけでなく、遮音設計を行うにあたっては、その音の特徴を知ることが重要である。「高い音である」、「低い音である」、「ある周波数だけが大きい」、「レベルが変動する」、「レベルは変わらず一定である」など特徴を押さえることが必要なのである。その理由のひとつは、建築の遮音構造が持つ遮音性能が周波数によって異なることである。一般的なコンクリート壁などでは低音域の遮音性能は小さく、高音域の遮音性能は大きい。また例えば単板ガラスでは、材料特有の性質から遮音性能に落ち込みを生じる周波数があるため、もしもその周波数にマッチした音源であれば顕著に透過してしまう。その他の理由として、人間の耳の感度が周波数によって異なることがある。人間の耳の感度は低音域では鈍く高音域で敏感である。また、レベルが定常であるものより、変動するもの、リズムがあるものなどは気になりやすい。

 遮音の対象となる音は、大きく分ければ交通騒音に代表されるような外部からの音、そして楽器演奏音などの活動に伴う発生音に代表される計画施設内部での音がある。

[外部からの騒音] 最近の市街地における計画では、まず交通騒音がまったく聞こえない敷地はめったに見ることが出来ない。自動車、電車、地下鉄、モノレールなど各々種類によって音の特徴が異なる。自動車だけでも、バイク、乗用車、トラックなど大型車、それぞれによる違いがあり、大型車が通らないような道路と大型車混入率が高い国道など幹線道路における発生騒音の大きさ、周波数特性は異なる。もちろん鉄道も、走行速度の速い新幹線などの車両と在来線によって違いがある。また鉄道をはじめ振動を伴うものについては、建物へ伝搬した振動が原因となって騒音が発生することもあるため注意が必要である。交通騒音の他には、大きな発生騒音を伴う機械が置かれた工場、サイレンが鳴る緊急車両の出入りのある消防署・警察署・病院、学校の運動場からの子供の声、ビルの屋外機等々といった騒音も敷地に影響がないか、外部からの騒音としてチェックが必要である。


各種発生音測定例

[施設内部における発生音] 施設内部における発生音としては、施設内各室の活動に伴う音がある。音楽練習室、体育室、会議室、劇場、コンサートホール、工作室、保育室など、活動に発生音を伴う室はたくさんある。同じ音楽練習室でも対象とする音楽が、電気楽器やドラムを使用するロック音楽なのか、ヴァイオリンやピアノなどアコースティックな楽器の練習をするのかによって発生音の大きさもその周波数特性も異なる。それぞれ室名からだけではわからないことも多いので、どんな使い方をしたいのか、計画時に十分な把握をしておくことが望ましい。その他活動に伴う騒音以外では、建築設備に伴う空調機械室、熱源機械室などの機械室の発生騒音がある。また最近では、発電機や大型駐車機械など大きな発生音が伴う機器が設置される場合がある。様々な設備機器については、どんな機器が設置されるのかを洗い出して、発生音の大きさ、周波数特性、振動を伴うかどうかも把握をしておきたい。

 外部からの音(振動)や、施設内の活動に伴う発生音(振動)について、遮音設計に十分なデータがない場合には、計画敷地における現場測定や、類似施設での同様な活動に伴う発生音の測定が必要である。

■受音側に必要な音環境(静けさ)
 遮音の対象となる音が把握できれば、その音をどのくらい遮音しなくてはならないか、遮音設計の目標を決めるために、つぎは受音室側に要求される音環境(静けさ)を把握する必要がある。受音室の用途は何か?コンサートを聞く、会議を行う、就寝する、スポーツをする、それぞれの活動に必要なふさわしい静けさがある。コンサートホールでは、演奏の小さな音のニュアンスまでが聞こえることが求められ、NC-15〜20などの静けさが必要とされる。しかし、顔をつきあわせて会議をするような会議室では、会議を行う音声が十分聞こえる程度の静けさがあれば基本的に十分であり、NC-30〜35程度が一般的である。静かになればなるほど、聞こえなくて良い音も聞こえてくる。例えば、最近の集合住宅はサッシの気密性なども良くなり、外部の騒音が聞こえなくなった代わりに、以前には気にならなかった程度の隣戸からの音や、以前に紹介した(本News06-06号)便所の行為音が聞こえて気になるなどといった新たな問題も生じている。

 もう一つ忘れてならないのが、法律により定められた静けさである。例えば特定機械を設置する施設について敷地境界線上における騒音値を規制した「騒音規制法」や、都道府県など地方自治体によっては騒音に関する条例を定めているところもある。(石渡智秋記)


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