No.225

News 06-09(通巻225号)

News

2006年09月25日発行
Poster Session

舞台と客席空間の音響的な繋がり - Coupled Room –

 6月25日~28日の4日間、第9回西太平洋音響会議(9th Western Pacific Acoustics Conference, WESPAC IX)が韓国のソウルで開催され、室内音響分野の”Acoustics in Coupled Volume”というセッションに招待を受けて参加した。Coupled Volumeは“結合室あるいは結合空間”と訳される。限られた大きさの開口を共有して2つの室がつながっている場合、両室の大きさや吸音仕上げの程度がかなり違っていると、減衰の途中で折れ曲がった残響カーブが観測されることが知られている。このような室内音響現象について改めて考えてみようというのがこのセッションのテーマである。日本国内には数多くの多目的ホールが建設されてきたが、その多くは背の高い舞台空間(フライタワー)と客席空間がプロセニアム位置でつながっており、典型的な結合室を形成しているのである。この結合空間の音響設計を紹介してほしいというのが招待の主旨であった。本記事では発表をまとめるにあたって辿ってみた日本の多目的ホールの残響設計の足跡を紹介したい。

Fig.1 Typical multi-purpose hall
Fig.1 Typical multi-purpose hall

 フライタワー壁面は直接外気に接するので内側で断熱処理が行われ、その断熱材が吸音性を併せ持つ場合があるが、今日我々は響きの調整の目的でフライタワー壁面の吸音仕上げを提案している。その理由は背の高い舞台空間の響きが長くなり過ぎないようにコントロールするためである。多目的ホールの舞台形態は2つに分けられる。1つはステージ上に音響反射板を組んで客席と一体の空間を作るコンサート形式で、もう1つは音響反射板をフライタワー内に格納してステージ上に幕類や舞台装置をセットする劇場形式である。フライタワーの吸音が少ない場合、客席内で測定される残響時間は特に低音域でコンサート形式より劇場形式の方が長くなることがある。

Fig.2 Reverberation time in multi-purpose hall for different acoustical finishing in fly tower
Fig.2 Reverberation time in multi-purpose hall for different acoustical finishing in fly tower

 これはコンサート形式の音響反射板が板振動により多少低音を吸音するのに対して、劇場形式では反射板が格納され、代わりに低音の吸音性の少ない幕類が音に直接曝されるのでフライタワー内の低音の響きがかえって長くなり、その響きが客席にも及んで長い残響が観測されるのである。このとき残響カーブには折れ曲がりが生じている。

 では、いつ頃からフライタワーの吸音が行われるようになったのか? それを探るために、多目的ホールの残響計算の方法について過去の学会発表を辿ってみた。日建設計・船越さんはコンサート形式の残響時間の予測と実測が比較的よく合うことから、まずコンサート形式の残響計算を行い、劇場形式の残響時間はコンサート形式のそれに変換係数を掛けて求めてはどうかと提案している(1964年)。同レポートの中では、低音域における残響時間の逆転現象と減衰波形の折れ曲がりを指摘している。“舞台空間の背後に入った音のエネルギーは、壁面が反射性の仕上げで造られた大きな空間の中で繰返し反射され、長い残響を起すことになる”という記述から考えて、同年代にはフライタワーの吸音は行われていなかったようである。その後、NHK技研の山本さん・小川さんはホール内装材の設計用吸音率を検討したレポートの中で、劇場形式でもコンサート形式の音響反射板位置に仮想の仕切壁があると見なし、その仮想壁に見掛けの吸音率を与えて残響時間を計算する方法を提案している(1979年)。“フライ部分の吸音処理の少ないホールを除き、仮想壁の中高音域の吸音率として0.6~0.65程度の値を用いるのがよいと思われる”との記述からみて、この頃にはフライタワーの吸音は一般的に行われるようになっていたようである。以上多目的ホールの残響計算に関する検討のレポートを辿ってみると、フライタワーの吸音が行われるようになったのは1960年代後半からで、その目的はやはり背の高い舞台空間の響きの調整にあったようである。なお、この見掛けの吸音率を用いる計算方法はコンサート形式と劇場形式で残響計算に必要な室容積と室表面積を算定し直さなくて良いので実務に向いており、我々もこの方法で残響計算を行っている。

Fig.3 Double decay curve without absorptive material in fly tower
Fig.3 Double decay curve without absorptive material in fly tower

 ところで海外の同様な形式のホール・劇場でフライタワーを吸音仕上げにしている例はあまり見掛けない。あっても壁面全面ではなく部分的である。また60年代以前に建設されたホールの中にはフライタワー壁面が吸音されていなくて今も使用されている例がある。東京文化会館大ホールはその代表例である。フライタワーが吸音されていないことをこのホールで感じる低音の豊かな響きの要因の1つに挙げる声もあり、何回かの改修を経てもその状態が維持されている(本News140号。文化会館は1961年にオープン)。最近では、吸音材をフライタワー壁から少し距離を置いて取り付けて、より低音域までの響きをコントロールする場合もある。確かに低音域でも残響カーブの折れ曲がりは見られない。ただ筆者は、はたして残響カーブが折れ曲がるような響きの残り方はどんな場合も“ふさわしくない”のだろうか?という疑問を抱いている。音が続いている間はほとんど折れ曲がりを意識しないし、響きが極端に尾を引くように残るのでなければ不自然さも感じない。この辺りをもう少し考えてみたい。(小口恵司記)

5.1マルチチャンネルで聴くクラシック

 映画の世界では、1980年代に4チャンネルによるサラウンド音響システムが登場し、その後、様々なシステムが製品化されてきているが、方式としては現在のところITU(国際電気通信連合)の推奨規格になった5.1マルチチャンネルに落ち着いている。DVDビデオもこの方式で制作された作品が増えて、ホームシアターとして再生装置を家庭にも売り込もうと家電量販店などではデモに熱が入っている。たしかに多くの映画作品ではサラウンド音響の効果は絶大で、いまやサラウンドなしでは物足りないという風潮である。

 ところで、最近、映画やビデオだけでなく、TVのハイビジョン映像に対応する音の新たなサービスとして、この方式を使った放送が増えてきた。例えばウィーンフィルのニューイヤーコンサートの衛生中継がこの方式で放送されたことは記憶に新しい。これまでは、映画やビデオファンだけが関心を寄せていたものが、クラシック音楽の世界にも入ってきつつある、という状況である。これをクラシック音楽ファンはどのように受け止めるのか興味深いものがある。とはいっても、まだサラウンドで聴いたことがない、という方が多いと思う。筆者もその一人で、販売店では映画ばかりで音楽ソフトをじっくり試聴できそうもないし、まだ再生装置を買う気にはならない。そんな思いでいたところに理想的な条件でじっくり試聴する機会があったのでその感想を記してみたい。

 試聴したのは数十席の固定椅子のあるホール型スタジオで、スピーカは大型の物がすべて最適位置に配置されている。ソフトはTV放送用の、つまり前方のスクリーンに映像を伴ったクラシックコンサート番組でオーケストラ演奏である。今回、音だけに着目した試聴の印象を一言でいえば、響きの豊かなコンサートホールの客席に座って聴いている感じである。そして、その響きがスピーカから創りだされているという人工的な違和感は思ったより少なく、かなり自然である。放送局がPRするように、精細度の高い映像とあわせてのクラシック音楽の新しい楽しみ方として将来的に魅力があるのは確かであろう。

 ところで、この新しい魅力を秘めた放送サービスが、すべてのクラシック音楽ファンに喜んで受け入られるか、というと疑問を感じる。たしかにホールのような響きの空間感覚は、これまでのステレオでは味わうことができないものであるが、反面、音の微妙なディテール、繊細さなどにこだわるとサラウンドの音がむしろ邪魔になる、という意見も出てきそうである。おそらく、クラシック音楽に関していえば、サラウンド肯定派と否定派に分かれるのではないかと思う。ちなみに一緒に試聴した方々の評価も分かれた。この点は映画と大きく異なるところである。また、映画のサラウンド効果は、一般家庭での様々な聴取環境やサラウンド機器の性能・設定にあまり左右されないかもしれないが、クラシック音楽の聴取にはこれがかなりシビアに影響するようにも思う。

 はじめての試聴体験にもとづいた個人的な感想ではあるが、クラシック音楽の視聴者の音の好みや聴き方、放送音質に対する希望などは多様であるだけに、サラウンド放送の目的と効果などについて、もっと具体的な情報提供が必要だと思う。今後も2チャンネルステレオによる視聴者が大多数を占めることを考えると、マルチチャンネル化のためにステレオ放送の質が阻害されることがあってはならない。サラウンドはあくまで付加サービスとしてステレオ放送の音質向上も忘れずに追求を続けて欲しいものである。(中村秀夫記)

参考文献:山本武夫“サラウンドサウンドの普及に向けて” FDl(2003.03~08)

151st Meeting ASA(Acoustical Society of America)in Providence

 2006年6月5日から9日にかけて、米国のプロビデンスにおいて米国音響学会(ASA:Acoustical Society of America)の151回大会が開催された。

 プロビデンスは米国で最も小さいロードアイランド州の州都で、ニューヨークとボストンの間、ボストンから車で1時間ほど南に下ったところの水辺の街である。大会は町の中心部にあるロードアイランドコンベンションセンターで行われた。

Poster Session
Poster Session

 本大会の建築音響部門のテーマは、「礼拝空間の音響(1984-Present) Space of Worship – Another Quarter Century of Experience」で、この20年間に建てられたキリスト教会や礼拝堂、大寺院、イスラム教のモスクといった宗教施設の音響計画がポスターセッションで紹介された。なお、礼拝空間の音響は1983年の106回大会でも取り上げられている。今回は米国国内の学会だけに米国内からの参加者が多かったが、世界各国の約60の施設が、ポスターにより紹介された。永田音響設計は前回に引き続いて参加し、今回は霊南坂教会、東京キリストの教会、信濃町教会、初台教会、それに立教女学院マーガレット礼拝堂の5件について報告した。

 本大会では新築の施設のみならず、歴史的な建造物であるサウジアラビアのモスクやカテドラル、新興宗教の巨大な施設における拡声明瞭度の改善といった内容の紹介などもあった。一方、米国の大型の教会では、利用主体を音楽演奏として捉え計画されている施設が意外と多いという印象を受けた。

 さらに今回、特別祝典企画として「スピーチプライバシーの50年、Celebration:50 Years of Speech Privacy」というテーマで、10名の音響学者による招待講演が行われた。オープンプランオフィスや病院におけるスピーチプライバシーの実態調査結果、評価指標と必要条件、対策方法についてこれまでの知見と、最近の世情を反映したより高度なスピーチセキュリティの必要性などについての発表があった。最初にL.L.Beranek博士が演壇に立ち、この50年のBBNにおける研究から今日の研究成果についての講演があった。Beranek博士はこの講演以外にも発表があり、90歳を過ぎてなお矍鑠(かくしゃく)とし、現役の研究者として活躍されている姿が印象的であった。

 この他、図書館の音響(Acoustics of Libraries)というセッションがあり、6件の報告があった。これはまだ日本では取り上げられていない部門である。ある大学の研究室からの発表として、学校の図書館各室の音響測定値を示しながら、「静かで集中する室」「コンピュータを使う室」「会話を行う室」のように目的別に3種類の部屋を設定し、それぞれに音響計画を行うことで、効率的で快適な空間を生み出し、知的生産力を刺激することが出来る、とした実態調査に基づく報告などがあった。

 プロビデンスにおける151回米国音響学会大会は盛況裏に終了した。(小野 朗記)

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