永田音響設計News 05-06号(通巻210号)
発行:2005年6月25日






軽井沢大賀ホール - リゾート地のコンサートホール -

Exterior of the Hall
(courtesy of Kajima Corp.)
 ソニー株式会社の吊誉会長・大賀典雄さんが退職慰労金を充てて建設を進め軽井沢町に寄贈された“軽井沢大賀ホール”が、ゴールデンウィーク初日の4月29日にオープンした。開館記念式典で挨拶に立たれた大賀さんは、「ホール寄贈は奥様・緑さんの提案であった」、「オープニングシリーズのチケットはすべて売り切れと聞いて一安心」、と開館の喜びを語っておられた。

 ホールはJR軽井沢駅から徒歩数分の矢ケ崎(やがさき)公園内に建設された。前面には豊かに水をたたえた公園の池が広がり、西に浅間山や離山(はなれやま)を望む軽井沢ならではの立地である。設計・施工は鹿島建設株式会社で、2003年春に行われたプロポーザルにより選ばれた。我々は、プロポーザル段階から、室内音響に関して音響設計協力を行ってきた。

[設計にあたっての与条件]:東京芸術大学出身で音楽家としてのキャリアも長い大賀さんから、実現したいコンサートホールの形態についてつぎのようなお話をうかがった。●平行対向面のない形が理想形である、●ステージはフル・オーケストラ+合唱が演奏できる広さを有すること、●オペラハウスの天井桟敷のような気軽に聴ける席も作りたい、●東京文化会館のような豊かな低音に支えられた柔らかい響きが好みである。

 また、リゾート地である軽井沢町の建物高さに関する制限や冬期積雪への対応も、配慮すべき要件であった。

Drawing Plan
(courtesy of Kajima Corp.)
[ホールの形状]:ホール平面形状は、平行対向面ができない正5角形である。ステージは約150m2(間口約22m×奥行き約9m)で、2管編成のオーケストラが演奏できる広さを有し、さらにステージ後部の2階レベルにコーラス席が設けられている。客席数は、ステージを取り囲む1階席が660席、5角形の各辺から浅めに張り出す2階バルコニー席が140席の合計800席である。2階バルコニーの客席は“止まり木”スタイルの立見席で、気軽にコンサートを楽しめるようにチケット料金も割安に設定される。

 ホール部分の屋根は周辺休養施設との調和や積雪を効率よく地面に導くために5角錐で形成されており、ホール天井は十分な容積を確保するために屋根に合わせた山型の天井となっている。天井頂部に設けられたトップライトまでの高さはステージから約14.5mである。

[室内音響設計]:筆者の知る範囲で5角形平面のコンサートホールの例はない。ただしこれまでに、4角平面のコーナーをステージとするリサイタルホール(例えば東京文化会館小ホール)の音響的な特徴の検討例や、6角形平面のコンサートホールの実施例(例えば水戸芸術館コンサートホールATM)があることから、これらを参考にすれば、角数の点で両者の中間に位置する5角形平面の本ホールの室形状に関する検討も可能と考えて設計に臨んだ。基本的な室形状の検討はこれまでどおりコンピュータ・シミュレーションを用いて行った。周辺壁やバルコニー手すり壁の傾斜やステージ上部のアンサンブル・リフレクターは、その検討過程で提案し採用された要素である。

Interior of the Hall
(courtesy of Kajima Corp.)
 つぎに、響きの長さの目安である残響時間1.6~1.8秒(1階席満席時、中音域)を目標に定めて、内装仕上げの検討を進めた。低音域の豊かな響きを実現するために、客席床・壁面はコンクリート直仕上げを基本とし、天井は石膏ボード21mm×3層の重く固い構成、ステージ床は檜集成材厚50mm(木軸組)とした。同時に高音域の音の散乱を意図して、壁面には長野県産カラマツ材の堅リブを直接固定して並べ、天井面は深さ数mmの凹凸ができる塗装仕上げとした。なお、石田和人氏のデザインによる客席椅子の吸音特性を把握した上で、堅リブ仕上げのリブ底面の一部に吸音材を配置した。また、昨年12月に実施した満席時の音響テストを踏まえて若干の仕上げ調整を行った。最終的に、ステージに対向する西側壁面のリブ底が吸音仕上げとなった。

Opening Concert
(courtesy of TOKYO PHILHARMONIC)
[オープニングシリーズ]:4月30日のチョン・ミョンフン指揮・東京フィルハーモニーを皮切りに、前橋汀子さん(ヴァイオリン)、中村紘子さん(ピアノ)、日野皓正さん(ジャズ・クインテット)など第1線で活躍する音楽家が連日登場し、終盤には大賀さんが指揮台に立たれてウィンナワルツ・ポルカの楽しい演奏会が繰り広げられた。また、軽井沢中学校吹奏楽団演奏会や地元の合唱団による「第九《演奏会もシリーズの中で企画され、地元に誕生したコンサートホールのオープンを祝った。筆者もそのいくつかを聴くことができた。800席というホール規模から、フル・オーケストラやジャズはさすがに音量が大きいと感じたが、けっして飽和した印象はなくむしろ若干の余裕すら感じた。内声パートも含めて各楽器が良く聞こえてきたことが何よりであった。演奏者からは“素直な響き”と好評をいただいている。

 軽井沢は長野新幹線が開通して東京から約1時間で訪れることができる。演奏会を聴いてその日のうちに帰京できるわけであるが、週末は滞在してゆっくり音楽と自然を楽しみたいものである。(小口恵司記)

ホームページ http://www.town.karuizawa.nagano.jp/toppage_o.asp


劇場椅子の吸音

 コンサートホールや劇場によく足を運ばれる方でも、座る椅子の形状やデザインなどに関心を寄せる方はどの程度いらっしゃるだろうか。コンサートを聴いたりお芝居を観たりするのに疲れなければそれが良い椅子であって、どのようなデザインだとか材質だとかにはそれほど頓着されないのではないか。しかし、ホールにはいろいろなデザインの椅子が設置されている。人が座ってしまえば着衣などによって椅子の印象は薄らいでしまうが、ホール見学会などのようにホールを見るというような場合には、空間の中で椅子の占める割合が大きいこともあって、椅子のデザインにどうしても眼がいってしまうし、また確かにそれによってホールの印象も変わってくる。

 ところで、ホールにおける劇場椅子というのは、単に座り心地やデザインだけが重要なのかというと実はそうではない。音響的に非常に重要な要素なのである。椅子によってホールの響きは変わる・・・というと、嘘のようだが本当の話しである。座り心地が良いとかデザインが優れているということだけで評価されるものではないのである。

 稼働率の高いホールの劇場椅子はどうしても消耗が早い。コンサートを聞いているときに身体を少し動かすとギィギィと音がして身の縮む思いをされた方も多いと思うが、毎日数十kgの体重を支えているのだからいろいろなところに上具合が生じて来るのも致し方のないことである。したがって日常のメンテナンスは上可欠であるが、オープンから10年を過ぎた辺りから日常のメンテナンスでは補いきれなくなって取り替え工事が行われるケースが増えてくる。

 椅子が変わっても人が座ってしまえば吸音は変わらないだろうということで、見た目や座り心地のみに着目して椅子を交換してしまうと、音に敏感なお客様からクレームが出てしまうことにもなりかねない。着席によって隠れない部分の仕様の違いが、着席時の吸音にも影響を及ぼすので要注意である。

 ホールの響きの長さを表す残響時間は、大きさと内装仕上げ材料に関係している。長い残響時間を得るためには大きな室容積と吸音しない材料を内装仕上げとして使用することが必要で、響きの長いコンサートホールの天井が高く、天井、壁、床に布や有孔板、カーペットなどの吸音性のものがほとんど見あたらないのはこのためである。

 吸音性のものが少ない中で最も大きい吸音は客席椅子と人で、これらの吸音はホール全体の吸音のほぼ50%程度を占める。すなわち、残響時間は椅子と人の吸音の程度で決まるともいえ、残響時間を精度良く予測するには、椅子の吸音特性を精度良く予測することが必要となる。

 吸音の程度を表すには吸音率が使用されるが、椅子のように形の複雑なものは吸音力(吸音率に面積をかけたもの)で表される。椅子の吸音力としては、一般的な寸法と設置条件(幅50cm程度、高さ90cm程度、前後間隔0.95~1m)およびデザイン(椅子の座と背の人が座る側のみ布貼り)に対して我々はつぎのような値を使用している。



Seating designed to minimally
absorb low frequency sound
 この数値は、工事途中あるいは取り替え工事において、いくつかのホールで椅子設置前後の残響時間の差から吸音力を求め、それを平均したものである。しかし、椅子のデザインの多様化(例えば、布貼りの範囲が広いとか椅子の寸法が大きいなど)によって、上記の値をそのまま使用すると残響時間の計算結果が実測値と異なるケースが増えてきている。椅子の構造と吸音の関係については、クッションや布の面積が中高音域の吸音に、クッションの厚さや背板の構造、肘の形状が低音域の吸音に関係している。布面積が大きいほど中高音域の、クッションが厚いほど低音域の吸音が大きくなる傾向である。また肘ケースが大きいほど低音の吸音は大きくなりがちである。

 設計段階には設置予定の椅子の仕様と上述の一般的な椅子の仕様を照らし合わせたり、あるいは同様の仕様の椅子のデータを参考にして使用しているが、より精度の高い残響時間の推定と設置予定の椅子に特異な特性がないかどうかを確認するために、施工段階に設置予定の椅子の吸音特性測定をJISに基づいて実施し、その結果を残響計算に反映している。

A reverberation room during
a test of the sound absorbing
power of seating
 ところで、実験室における測定結果を残響計算にそのまま適用できるのか・・・。これに対しては多くの研究が行われているものの、まだ決定的な方法は提案されていない。JISがISOとの整合化を目的に1998年に改定され、椅子のように連なって配置される個別吸音体については、残響室内に実際の配置方法と同じように設置し、配列の端は反射性の材料(高さは1m以内)で覆って測定を行わなければならなくなった。

 以前のJISにはこのような方法が明記されていなかったため、配列の端の影響によってホールで示す値よりも大きめの値が測定されていたが、改訂後のJISによる測定結果はほぼ同等の値が得られるようになり、以前のように残響室における測定値を補正する手間は省けるようになった。しかし、床勾配や室形状などによってホール内における椅子の見かけの吸音特性は異なると考えられ、残響室における測定値に対する補正は依然として必要である。このように残響室における測定結果からかなり正確な吸音特性の値が得られるようになってきているが、設計段階にさらに精度良く予測できるのが理想である。

 ホールの評価量として多くの尺度が提唱されるようになり残響時間についてはあまり重要視されなくなってきているが、その周波数特性などは聴感の印象との関連が直接的でわかりやすく捨てがたい尺度である。そのような観点からも、ホールの響きにとって、たかが椅子されど椅子、椅子の吸音特性は重要と考える。(福地智子記)


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