ミューザ川崎シンフォニーホールのオープン
7月1日、ミューザ川崎シンフォニーホールがオープンした。こけら落としコンサートは、このホールのレジデントオーケストラである東京交響楽団(以下:東響)、指揮:秋山和慶によるマーラー交響曲8番「千人の交響曲」であった。慣れないホールで大人数のコーラスと息を合わせるのが難しい曲だが、この日の演奏は大変好評で、まずは関係者一同ほっと胸を撫で下ろした。
施設計画
この計画は都市基盤整備公団(現:都市再生機構)施行による川崎駅西口再開発事業で、施設全体の設計は松田平田設計、コンサートホールについてはACT環境計画が設計協力した。この施設は、27階建ての業務棟とコンサートホール棟、それらをつなぐガレリアで構成されている。駅から建物までをペデストリアンデッキでつなぐ計画で、そこから流れてくる人の動線や施設全体の構成などの理由から、ホール棟が鉄道側に配置されている。建物と鉄道軌道までは近いところで30mと鉄道騒音振動の影響を受け易い距離であり、その対策として建物の地中躯体面に板ゴムを貼る地中防振工法やホールの防振遮音構造などの重厚な工法を採用することになった。また、ホール棟の地下には走行式の機械式駐車場があり、この騒音振動対策も同様に大きい課題であった。いずれも竣工後の検査でホール内において感知できず、これらの対策の効果が確認できている。
ホールデザイン
コンサートホールの基本形状には、舞台の周りを段々畑のようにブロックにわけられた客席が取り囲むワインヤード形式が採用された。デザインの意図としては客席の段々畑が螺旋状に上昇していく空間構成で、平面形は非対称形となっている。舞台前方と1階客席にかけての上部に大型の音響反射板が設けられ、音響調整がある程度できるように電動で上下するとともに、一部角度が変えられるようになっている。螺旋状に構成された壁、音響反射板、それに音響反射板を取り囲むように設けた天井反射板などは、客席や舞台への反射音が均等に、時間的にバランスよく到達するように、その形状や角度が細かくコントロールされている。また、生音楽以外の拡声の明瞭性が重視される催し物に対応するために、舞台背後を取り囲むように電動昇降式の吸音カーテンが設けられ、天井から舞台周辺の客席手摺の高さまで下ろすことが出来る。
レジデントオーケストラ
本施設の基本構想の段階ではこのホールはポピュラー音楽を主体とする多目的ホールとして計画されていたが、具体的に計画を進める段階で、読売日本交響楽団(以下:読響)がこのホールのレジデントオーケストラになるという話が進められ、ホールの計画は方向転換した。ワインヤード型のコンサート専用ホールとしたのも、日本を代表するオーケストラがフランチャイズ提携するという前提があったからだ。しかしながら、事情はさて置き、工事段階に入ってから読響は撤退を表明、その後、川崎市と公団・設計者サイドとでワインヤード型ホールの多目的利用方法を真剣に議論することになった。ホール自体の計画はもとより、舞台設備についても読響の要望を盛り込んだ設計であったため、その修正作業も進められた。その中で舞台のオーケストラ雛壇迫の分割形状が特殊だったため、川崎市に対し在京のオーケストラにヒヤリングをすることを提言したところ、それをきっかけに東響とのフランチャイズ契約の話が持ち上がった。我々にとってもこの決定は吉報であったが、その段階から可能な範囲で東響の要望を聞き入れ、一旦は無くした専用の事務室、練習室、楽器庫などを用意した。ホールの音響計画としては、東響のメンバーが納得する雛壇迫の分割形状に修正できたことが、今後このホールにおいて東響が作り上げて行く響きに大きく影響する重要なことだったと考えている。
チューニング
事の経緯はともあれ、コンサートホールにレジデントオーケストラがあるという意義は大きい。それはただ定期公演を行う会場とは意味が違う。竣工後、早速東響の練習が始まった。毎回、指揮者、演奏曲目が変わり、さらに演奏者が次第にホールに慣れてくることもあってその度に聴感的な印象が違ったが、ホールの音響に聴衆が失望することはないという確信は持てた。パイプオルガン(クーン社:スイス製)設置後、東響のメンバーから意見を聞きながら音響反射板の高さと角度の調整を行った。最初は他の楽器が聴きにくいという意見もあったが、調整により演奏環境は大分改善されたようだった。雛壇迫の使い方については、まだ演奏を重ねながらの調整が十分とは言えないが、新しく東響の音楽監督に就任されたユベール・スダーン氏が、雛壇迫の色々な高さを試しながら音作りをすることに積極的であり、今後に期待できる。
今のところクラシックの主催公演はほぼ満席で良い滑り出しを見せており、東響の定期公演も売れ行きが好調のようだ。この時期になぜ自治体が大規模コンサートホールを建てるのか。なにより「音楽都市川崎」のイメージ作りに大きな起動力となるレジデントオーケストラの存在と、川崎ならではの演奏会がひとつの答えとなるであろう。(小野 朗記)
ミューザ川崎シンフォニーホール http://www.kawasaki-sym-hall.jp/
ミューザ川崎シンフォニーホールの舞台音響設備
ミューザ川崎シンフォニーホールの舞台音響設備は、場内や周辺諸室への案内放送と、講演会や式典におけるスピーチの拡声を主な目的として設置されており、その他の催し物においては、移動型のスピーカや外部からの持ち込み機材の使用が想定されている。
スピーカは、天井分散と昇降式の大型システムのほかに、ステージサイド、ステージフロント、バルコニー席下の補助用および話者へのはね返り用が固定設置されており、吸音カーテンの設定と各客席ブロックの利用条件や、マイクロホンの使用条件に合わせて使い分けられる。通常のクラシックコンサートにおける場内放送には、主に天井内に分散配置された合計33台のスピーカが使用される。下図は天井分散スピーカの位置と向きを示している。これらは客席からは直接見えないように天井裏のボックス内に設置され、開口面はネット仕上げとなっている。ホールの竣工時と施設のオープン以降、案内放送やマイクロホンによるスピーチの拡声音をチェックしたが、響きの長い空間における拡声の音質としては十分なものであることを確認している。
講演会に用いる大型スピーカは露出の吊り下げ方式で、左右に5台ずつの計10台である。使用しないときには音響反射板内に収納できる昇降機構が採用されている。上の写真は音響反射板から吊り下げられた状態の大型スピーカで、背後に白く見えるのは、舞台周辺に吊り下げられた吸音カーテン、黒く点在するのはバトンに吊り下げられた舞台照明器具である。この大型スピーカを使用した場合の拡声音は、すっきりした音質の、申し分の無いものであることを聴感上確認している。吸音カーテンによって響きが抑えられる効果も大きい。(菰田基生記)
セレモアコンサートホール武蔵野の音響設計
このホールは株式会社セレモアつくば立川本社の事務棟の2階の一角に計画された90席の小コンサートホールである。オーナーのセレモアつくばはいま、東京近郊で躍進を続けている葬祭業を営む企業で、社長の辻正司氏の卓見により、介護、福祉、その他幅広い事業を展開している。ホール事業もその一つ、ベーゼンドルファー225、シュトラウスモデルというわが国でも珍しい名器から出発したホールである。
私がこのホールに関わるきっかけは昨年11月、調律師の佐野善吾氏からの電話であった。いま、注文を受けているピアノを置くという部屋をみたのだが、普通の事務所ビルの中の一室、天井も低く、壁の2面が大きなガラス窓、このような名器を設置する空間としては心配だ、一度、見てほしい、という内容の電話であった。早速、立川駅の北側約2kmのセレモアつくば本社に建設中の事務棟ビルを訪れ、問題のホールの状況を確認した。 もともと多目的集会室として計画されたこの空間は、幅8m、奥行き15m、天井高3m、直方形、東、南の2面にはガラス窓、西側は事務室に隣接、北側がホール入口のエレベータホールにつながっている。壁構造は石膏ボード12mm2層貼り、この構造は遮音層としてはもちろん、コンサート空間の反射壁としても問題であることは明かである。また、天井裏には空調機、換気ファンが設置され、騒音対策は皆無という状況であった。とりあえず工事は中止し4月27日の竣工を目標に可能対策を考えることでスタートした。
この状態の響きは石膏ボードの板振動による低音吸収で低音の響きは短く、中音域で持ち上がった山形の残響特性で、板振動の抑制が大きな課題であった。 空調騒音は弱運転でもNC-40を越しており、軽減対策は不可能であった。しかし、換気ファンは天井裏に吸音チャンバーを設置すれば、弱運転でNC-30をクリアーできる見通しであった。
設備上のもう一つの問題は舞台、客席の照明である。この種の小ホールの演奏会で、換気不足と演奏者への照明が考慮されていないことをしばしば体験している。このホールでは天井裏の空調機、換気ファンのために、シーリングライトは遮音の点で設置できず、仕方なく天井下約30cmの処にラダーを組み、そこに照明器具を設置した。
問題の石膏ボードの壁、天井にはさらに石膏ボード2枚を糊、釘併用で密着させ、剛性を増した。南側を奥行き3.5mの舞台とし、その両袖には外に凸に湾曲した反射壁を設置し、両袖と舞台背後に倉庫兼通路的なスペースを設けた。下手側のガラス面には漁網のカーテンで反射音を和らげ、暗転のために厚めにカーテンを、上手の壁には山型の拡散壁を設けた。吸音面は低音域の吸音を少なくするため25mm厚のグラスウールを空気層なしで背後の壁に密着し、表面を木製リブで押さえ、これを分散配置した。
ベーゼンドルファーという香りを感じさせる響きの楽器、それも、100名足らずの天井の低い空間でその特色をどのように引き出せばよいか、これはホールの響き創りとは違った観点からの考慮が必要である。それに、客席椅子はすでに発注済みであり、吸音特性を知る術はなかった。低、中、高音域、それとホールの縦、横、高さ方向の響きのバランスなどを考慮し、吸音面を多少多めに分散配置し、ピアノの演奏と音響特性の結果を総合的に判断し、吸音面の最終の配置を決める方針で工事を進めた。
音響測定と吸音面の調整は6 月10日に行った。測定と平行して、ピアニストの久元祐子さんに演奏をお願いし、響きの物理特性とピアノ演奏音を耳で確認しながら、吸音面の最適割付を検討した。ところが、当日、正規の客席椅子が間に合わなかったこと、また、ピアノも調律、整音が十分でないこともあって、室内の響きの調整はまだ最終段階にはいたっていない。11枚の吸音面全オープン、全クローズの状態を確認し、現在は、舞台面2枚の吸音面だけをクローズし反射面にした状況で使用している。現状の残響特性は空室、500Hzで0.5秒、低音域、高音域でやや持ち上がった特性である。ピアノの調整の仕上がりを待って、再度、音響特性とピアノの演奏効果の両面から、最終の吸音面を決定したいと考えている。現在の吸音面は半分に出来るという見込みである。
本ホールの正式なコンサートが6月27日に行われた。当日、最大の問題は空調機能であった。騒音の関係で空調機を止めると、室内温度の上昇があまりにも急で、夏期、空調を止めて換気ファンだけで運用することは不可能であることを再認識した。空調のほかにも降雨時の道路騒音の問題も指摘されているが、これらを解決し、ベーゼンドルファーのある小ホールとして独自の活躍ができることを期待している。
私の体験からいって、現在の葬儀場の音、響きの質はそうじて好ましいとはいえない。音響設計から取り残されている空間の一つである。このホールは葬儀会場ではないが、この誕生がきっかけになって、葬儀施設全体の音環境が改善されることを願っている。(永田 穂記)
ホールへの問い合わせ:Tel:0120-77-1121(代表)
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