戸畑駅南口「ウェルとばた」に、戸畑市民会館(北九州市)オープン
福岡県北九州市は、1963年に門司(もじ)、小倉(こくら)、八幡(やはた)、戸畑(とばた)、若松(わかまつ)の5市が合併し、当時全国で6番目の政令指定都市として誕生した市である。その後1974年に小倉が小倉南・小倉北の2区に、八幡が八幡東・八幡西の2区に分かれ、現在は7区で構成されている。北九州市はいわゆる企業城下町で、旧八幡製鐵所(現新日本製鐵)の繁栄と衰退の影響をまともに受けてきた町でもある。5市合併前の景気の良い頃に各市にはすでに市民会館が建設されており、今もその名称を引き継いで旧5市の名が付いた市民会館が存在する。
ここで紹介する戸畑市民会館は、旧戸畑市民会館に代わる施設としてJR戸畑駅南口の「ウェルとばた」内に昨年12月にオープンした施設で、多目的利用の大ホール(800席)、クラシックコンサートを主目的とする中ホール(300席)、パーティなどが行える平土間の多目的ホールおよびリハーサル室、大小の練習室から構成されている。設計は梓設計、建築工事は鹿島・東亜・九鉄・川口共同企業体で、永田音響設計は設計から音響検査・測定までの一連の音響設計を行った。
「ウェルとばた」
「ウェルとばた」は、 “北九州方式”と呼ばれる地域福祉ネットワークによる街作りを推進している北九州市が民間活動支援の拠点として計画し、市民福祉の向上を図るために設置した施設である。「ウェルとばた」の敷地は、戸畑駅が現在の場所に移築されるまで建てられていた場所である。駅舎の移築、ショッピングセンターの開業、そして「ウェルとばた」のオープンで、駅前の整備が完了したことになる。写真の高層棟がそれにあたり、現在20社あまりの福祉関係の団体や機関が入居している。名称の“ウェル”にはWellの他にWelcomeやWelfareなどの意味も込められているということだが、福祉を唄った施設であることから、子供からお年寄りまでが快適に過ごせるような配慮が至る所にとられている。赤外線音声情報案内システムや赤外線補聴システムの設置、また肢体不自由者用の多目的トイレは各階に、さらに介助犬用のトイレも設備されている。
「ウェルとばた」の1階部分はすべて駐車場になっていて、各施設は2階以上に配置されている。戸畑駅からの利用者は階段(もちろんエスカレータが設置されている)を上った後、3層吹き抜けの交流プラザに入りここから目的の施設に行くことができるようになっている。
戸畑市民会館
戸畑市民会館は、「ウェルとばた」の南側、JR軌道から遠い側に配置されており、写真の手前の四角と楕円形の建物である。四角い方に大ホールが、楕円形の方に中ホールと多目的ホールが配置されている。
〔鉄道騒音・振動の低減〕
敷地がJR軌道に近いことから、設計初期に敷地において電車走行騒音と振動を測定し、その結果に基づいて低減対策の検討を行った。その結果、駅に近いことや特急電車がすべて停車することから、ホールに対する固体伝搬音はそれほど大きくはないものの、演目によっては支障となることが予想された。加えて、大・中ホールの使用演目と他室との同時使用に対する遮音の必要性から、中ホールに防振構造を採用した。竣工時の音響検査・測定において、防振構造を採用しなかった大ホールではJR電車走行時の騒音はかすかに聞こえる程度、中ホールでは全く聞こえないことを確認している。
〔同時使用に対する遮音〕
大ホール舞台背後の2階部分には、廊下を挟んでリハーサル室と大・小の練習室が配置されている。練習室の高い利用率に対応できるように、これら3室には防振ゴムによる防振構造を採用した。また中ホール階下には多目的ホールが配置されており、中ホールとは運営母体が異なることから同時使用を考慮して多目的室の天井に防振遮音天井を設置した。竣工後の遮音測定では、大ホール~練習室・リハーサル室間および中ホール~多目的室間で80dB以上の高い遮音性能が得られていることを確認している。
〔大ホール〕
大ホールは、旧市民会館の改築ということもあって、旧市民会館にも設置されていた回り舞台や迫り、奈落等も設備された本格的なホールとなっている。客席は側部と後部にバルコニー席が設けられたコンパクトな形状であるのに対して、舞台空間は回り舞台が設置されたこともあって、この規模のホールとしては大きくなっている。残響時間(500Hz)は、舞台反射板設置時:1.9秒(空席時)、1.7秒(満席時推定値)、舞台幕設置時:1.4秒(空席時)、1.3秒(満席時推定値)である。
〔中ホール〕
主目的の音楽以外の催し物などにも対応できるように、拡散を意図して設置した舞台正面および側壁下部のリブ壁の裏側にカーテンを設置した。カーテンの有無による残響時間の差は0.2秒である。いずれのカーテンも収納した状態(最も残響が長い状態)での残響時間(500Hz)は、空席時1.3秒、満席時(推定)1.2秒である。
残念ながらオープン後、ホールを訪れる機会がなく、実際の使用時の響きを確認していない。今回紹介した戸畑市民会館は戸畑区在住の方々の利用を対象に計画・建設されたものである。できれば区民の方々に日常的にホールを利用していただければと考えている。(福地智子 記)
問い合わせ先: 093-871-6042、URL
http://www.city.kitakyushu.jp/~kyouiku/sisetu/tka/tkatobat.htm
秋吉台国際芸術村を訪ねて
ホールには顔となる人が必要である。ホールというハードは建築的な言葉で語りかけているかもしれないが、自分が何たるかを語る術を持たない。「私はこういうホールなのです、こういう性格なのです、こうすれば楽しめますよ」とホールになり代わって語りかける「人間」が必要なのである。
ホールも一個の人間にたとえることができる。建築は肉体、空調設備は循環系統、電気の配線は神経系統とみなせるが、これを駆使し、ホールに命をあたえる脳が必要であり、これがホールの顔となる人である。ローマの詩人ユベナリスの名句ではないが、ホールも健全な精神の支えによって健全な活動が可能なのである。
4月16日の「山口情報芸術センター(YCAM、http://www.ycam.jp)」の竣工式のあとYCAMの設計を担当の磯崎新アトリエのスタッフ数名と私どもの永田、小口と秋吉台国際芸術村を訪問した。ほぼ4年ぶりの秋吉台国際芸術村は、穏やかな春の陽がさす山あいに力強くそして静かに佇んでいた。ここは、1998年の夏、作曲家、細川俊夫氏の芸術監督によって、「第10回秋吉台20世紀音楽セミナー&フェスティバル」でオープンした記念すべき地である。当時、小口と私はそのフェスティバルを手伝い、ルイジ・ノーノ作曲の「プロメテオ─聴く悲劇─」という現代音楽オペラの上演を感動をもって見届けたことが懐かしく思い出される。(永田音響設計News 129号(1998.9) )
しかし、フェスティバルはそれを最終回として、中止になってしまった。つまり、核となるものを欠いたのである。建物は当初のまま、周りの静かな環境もかわらず、ウグイスの声も同じく静かな谷間にこだましていた。
もともと、人出で賑わうような場所でもなく、人間の作り出す騒音や視覚的な雑物からまったくかけ離れ、周囲は山で、目に入る空も限られている。しかし、何かを感じる、あるいは精神を凝縮し、何かを生むにはふさわしい環境である。いま、この施設は頭脳を持った顔を待ち望んでいるのである。
ここも自治体運営の例に漏れずほとんどのスタッフが交代してしまい、計画当初の運営方針を受け継ぐ組織もない。赴任されて間もない副村長の内田博三氏から、切々とした思いを伺った。地元である秋芳町の人たちにもっと利用してもらいたいとの副村長のお話に逆らうように、私の個人的な思いから音楽、特に現代音楽を核として、日本全国いや世界に向けて運営されてはいかがなどと、勝手なことをお勧めしてしまった。たしかに県立の施設ではあるのだが、その精神が音楽というグローバルなものを目指したからには、いわゆる町民会館的としての利用はあまりにももったいないという思いからである。
世界に開かれた「芸術文化の創造と発信」、「滞在型創作活動」から出発したこの秋吉台国際芸術村、せめて、「音楽の創造と発信」の場としての活動の端緒を歩み出してほしい。内田博三副村長に、どうか、この芸術村の顔になって、命を与えていただきたい。(稲生 眞記)
秋吉台国際芸術村:TEL.0837-63-0020、URLはhttp://www.artnet.or.jp./
本の紹介
『まもなく開演』─コンサートホールの音響の仕事─
三好直樹 著 発行 新評論 定価2940円
本書は、昨年8月号で紹介した小野隆浩著『オペラと音響デザイナー』に続く<アートマネージメント>シリーズ(プロデュース:佐藤和明氏)の2作目である。著者の三好直樹氏は東京芸術劇場の音響担当として開館時から現場で活躍されているだけでなく、日本音響家協会などを通じてホールの音響に携わる人たちとの情報交換や親睦、さらに後進の指導など積極的に活動されている。
生演奏のクラシックコンサートでは、音響スタッフの仕事はほとんどない、と思われる方が多いかもしれないが、本書を読むとそれが誤った思いこみであることがわかる。クラシックコンサートといえども音響スタッフが実にいろいろな仕事をしていることが具体的にわかりやすく紹介されており、これを知るとコンサートを聴く際の楽しみも増すにちがいない。
本書は主としてコンサートホールの音響スタッフを対象に書かれている。したがって、彼らが知っていなくてはならない知識としてクラシック音楽全般、建築音響、電気音響等の解説にかなりの紙面が割かれている。これらの知識を本書なくして得ようとしたら大変な労力と根気が必要であろう。その意味でも現場の音響担当者には有用な座右の書になるだろうし、一般の音楽ファンにも、ホールの裏側を覗いてみたい、という興味に答えてくれるだろう。(中村秀夫 記)
(株)新評論 TEL 03-3202-7391 http://www.shinhyoron.co.jp
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