子どもの館 HOW!?
北九州市黒崎駅の再開発ビル“コムシティ”7階に、市立子どもの館(愛称HOW!?)がある。北九州市が“子どもプラン”に基づく子育て支援施設として計画したもので、昨年11月にオープンした。幼児から中高生まで幅広い年齢の子どもたちが遊び・活動できるだけでなく、親子が安心して楽しく過ごせる様々な施設・コーナー、子どもホールや音楽スタジオなどが整備されている。設計は(株)日本設計、施工は再開発ビル全体が大成建設(株)、子どもの館が(株)松尾組である。永田音響設計は、子どもホール(多目的ホール)、スタジオHOW(音楽練習室)、プレイルーム(ミニ体育館的なスペース)の建築音響設計を担当した。
子どもの館を取り巻く騒音・振動環境と遮音・防振対策
再開発ビルはJR鹿児島本線と国道3号線に挟まれた東西に細長い敷地に建設された。さらに、1階には筑豊電鉄の黒崎駅前駅と西鉄バスのターミナルが収容され、8階には電気室・機械室・室外機置き場が配置されるなど、子どもの館は様々な騒音・振動源に取り囲まれている。これら騒音・振動源からの影響を出来るだけ低減させるために、子どもホールとスタジオHOW(2室)に防振遮音構造(いわゆるボックス・イン・ボックス)を採用した。スタジオHOWは中高生のバンド練習ができる貸しスタジオで、防振遮音構造はスタジオ内で発生する大音量の遮音の役割も担っている。
防振遮音構造は、床の防振支持材としてグラスウールを用いる簡易防振と防振ゴムによる高性能防振の2つに大別されるが、ここでは最も影響が大きいと思われる筑豊電鉄の振動測定データや類似施設内の鉄道振動データを基に、防振ゴムによる防振遮音構造を採用した。また、固定側の乾式遮音壁にはコンクリート相当の遮音性能を有するD-50の石膏ボード壁を採用した。プレイルームについては、下階への床衝撃音を低減させる目的で防振ゴムによる防振床とした。
竣工時に行った音響測定の結果、壁・天井に防振遮音構造が採用されていないプレイルームでは筑豊電鉄の発車・到着に伴う固体伝搬音が多少聞こえた(室の用途上問題ない大きさ)のに対して、子どもホールとスタジオHOWではNC-20程度の暗騒音下で鉄道騒音をまったく検知できず、防振遮音対策が有効に機能していることが確認できた。
子どもホールの室形状と室内音響設計
子どもホールは音楽・映画・人形劇・紙芝居・演劇など、子ども達が主役の様々なイベントに利用できるプロセニアム形式の多目的ホールで、客席は前部が平土間、後部がベンチタイプの段床で構成されている。
楽しさを建築的に演出することを意図して、天井は曲率の緩いドーム型で、菱形に光る面が市松状に配置されている。ドーム天井は音の集中が起きやすく、音響的な対応の難しい形状である( 本News149号 2000.5)。子どもホールでは天井面を市松状に仕切り、高低差を300mm程度として音の拡散をねらい、上記の光る面以外を開孔率20%の孔あき板吸音構造とすることで吸音面と反射面を分散で配置する対応とした。竣工時には、平土間部分でも音の集中をまったく感じないことが確認できた。また、この天井の吸音面は、多目的ホールとして短めの響きを実現するために適した面積でもある。空室時の500Hzにおける残響時間は1.0秒で、明瞭性が重視される空間に適した響きの長さとなっている。
プロ野球の近鉄・南海・ダイエーで活躍したカズ山本氏が館長に就任し、ボランティア応援団による施設運営を指向するなどユニークな施設として出発した子どもの館が、いつも子ども達でにぎわい続けることを願いたい。(小口恵司記)
“子どもの館” http://www.kodomo-how.com/
本の紹介 『オペラと音響デザイナー』
─音と響きの舞台をつくる─
小野隆浩 著 発行 新評論 本体 2,000 円
本著は現在、企画が進行中の<アートマネジメント>シリーズ(プロデュース:佐藤和明)の最初の著作である。著者の小野隆浩さんは現在(財)びわ湖ホールでオペラ制作を担当されている舞台音響家、小野さんの言葉を借りれば音響デザイナーである。
本書の内容であるが、前半の1/3がオペラについてのガイド、後半でオペラ公演の企画から本番まで、音響デザイナーを中心とする舞台音響の仕事が要領よくまとめられている。生音が主役のオペラ公演における電気音響設備の役割と実務の詳細が見事に描き出されている。小野さんの舞台音響に対する情熱と姿勢が、‘音響デザイナー’という言葉を生んだのであろう。
この本に目を通した最初の印象は、私ども音響設計業務を担当している技術者と通じ合う言葉で語られている、という点である。これまで、どちらかといえば、裏方さんという言葉でくくられていた舞台人の世界、そこに抱いていたヴェールが取り除かれた感がある。今後、舞台関係の仕事を志す方は言うまでもなく、ホール、劇場の計画、設計に関わる方々にも一読をお勧めしたい。(永田 穂記)
改修と音響設計《4》 電気音響設備の改修
電気音響設備の改修の目的は、(1)老朽化した機材の更新、(2)「拡声音が聞き取りにくい」などのクレーム対策、(3)新しい機能の導入(例えば音声信号のデジタル化など)の3つに大別される。ホールの改修工事では、機材入れ替えの対応だけでなく、仮設足場等の建築工事を伴うことが多く、また大規模になるので、準備段階からしっかりと段取りをつけて臨むことが必要になる。以下にその概要と実施例をいくつか紹介する。
現状調査
新築の場合と違って、ホール等が10年から15年くらい経過すると、どの部分を直したいのか、音響オペレータの意見がある程度まとまってくるはずである。通常は、新築工事を担当した施工会社が以降のメンテナンスを定期的に行なうことが多いため、ホール運営側と施工会社のあいだで、改修工事の青図のようなものは自然とできあがってくる。図-1は、新築時には無かったステージ両サイドの固定スピーカがホール側の要望によって追加された例である。運営側の方針はこれ以外の点についても明確だったため、改修工事は比較的スムースに行われた。
ユーザーのクレームから改修計画がスタートすることも多い。「スピーカの拡声音が聞こえにくい」、「マイクを使うと非常にしゃべりづらい。そのせいもあって客席側では何を言っているのか聞き取れない」といった内容が圧倒的に多いが、まずはその原因を探る必要がある。スピーカが壊れていた、あるいはその他の機材が古くなっていて音が出にくくなっていれば聞こえづらくて当然である。響きの長い空間に設置されているスピーカ設備が発揮できる性能には限界があり、スピーカ自体を強力なものに交換してもその改善効果は期待薄で、むしろ建築的な吸音処理が必要な場合もある。付け焼き刃、その場しのぎの改修はかえって余計な費用が後に生じることがある。急いで直さなければいけないのはわかるが、ユーザーへのヒアリングや拡声テスト、あるいは音響性能の測定に至るまで、調査にはある程度の時間をかけ、現状を正確に把握することが重要である。
新たな機能の追加として、部屋を移動型のパーティション壁で区切った場合にも対応できるように天井分散スピーカを設置したことや、音響調整室をステージの近くに、あるいは客席後部に移設した例もあった。
基本計画と実施設計
現状調査の結果、改修計画を始めるには、まずその実施項目を詰めていく必要がある。長年使われてきたホール等では、電気音響設備だけでなく、建築(内装、特に客席椅子、外壁、構造等)や設備(電気、空調、給排水衛生、舞台機構、舞台照明等)の改修を同時に実施したい場合が多いため、施主は、予算をにらみながらそれらの優先順位を付けなくてはならない。また、ホールの使用頻度が高ければ、改修のための工事期間はできるだけ短くしたいというのが運営側の願いであるから、工程の調整も重要である。小さな会議室の機材を更新するだけであれば設計作業は比較的簡単だが、大規模な工事になると、建築と設備の取り合い部分などの詳細設計は複雑になるため、設計事務所による実施設計作業は不可欠となる。図-1のホールの場合には、新築時に担当された設計事務所が、改修のための現状調査から設計監理に至るすべての業務を行なった。ホールとして改修を希望されていた項目のうち、今回は最終的に、電気音響設備一式の更新のほか、ステージ床の張替、客用トイレの追加および地下リハーサル室と機械室の改修が行われた。
更新する機材を選定するために実際のホール等で試聴ができることは、新築の場合には実現できない改修時の利点である。図-2は、大学内にある礼拝堂のスピーカを更新する際に、事前に行なった比較試聴の様子である。候補となる機種をいくつか挙げて用意し、先生方に普段通りにマイクを通じて話していただいて、関係者全員で試聴を行なった。幸い評価は一致したので機種はその場で決まった。
設計業務と工事の発注方式
公共施設の建設における発注の公平さが最近よく話題になるが、改修の場合も同様である。結果として、設計業務や工事の発注方式は一律ではなく、業務の進め方も変わってくる。弊社のような音響コンサルタントの業務内容も、(1)現状調査と改修提案までを担当、(2)設計業務を受注、(3)設計事務所の設計・監理業務をサポート、(4)施主のアドバイザーとして工事監理や完成検査に協力等、場合によって異なり、立場も様々である。発注方式や業務参画の形態はどうあれ、施主、運営するスタッフ、新築時の設計事務所および施工とメンテナンス会社の相互のコミュニケーションが重要であることを実感している。
工事監理と調整(チューニング)作業
改修工事は新築の場合と同じように、建築、構造および他の設備と調整しながら正確な施工図を作成して、確認を受けた上で施工に入る。いいかげんな施工図をもとに現場合わせで工事をすると、スピーカが他の設備にぶつかってしまったなどというひどい結果になることがあるので注意が必要である。
電気音響設備の動作特性は、調整(チューニング)作業によって大きく変わる。工事の最後に十分な時間を取り、実際にスピーカから出る音を聴きながら、必要に応じて、特性を測定するための機材を用いて行なう。大きなホール等では、音響測定を一通り行なっておくと、工事の記録としてだけでなく、さらに将来の改修工事の際に役立つことになる。
その他の改修事例
本ニュースの 119号(1997.11) 、 120号(1997.12) 、 121号(1998.1) および123号(1998.3) にホール電気音響設備の改修計画と事例シリーズ、また教会の電気音響設備を改修した例として 38号(1991.2)にも関連記事があるので参考にしていただきたい。(菰田基生記)
ニュースのメール配信サービスのご案内
本ニュースのEメールによる配信サービスを希望される方は、(1)配信先のメールアドレス、(2)お名前、(3)所属 を記したメールをnewsmail_j@nagata.co.jpまでお送り下さい。