永田音響設計News 02-06号(通巻174号)
発行:2002年6月25日






大泉学園北口に“大泉学園ゆめりあホール”オープン

 西武池袋線・大泉学園駅周辺は、狭くて曲がりくねった道路や踏切のために駅前の渋滞がひどく、その解消のために、数年前から線路を横断するアンダーパス工事および駅周辺の整備工事が都市基盤整備公団によって進められている。全体の工事の完成は今年秋だが、それを前に昨年秋にアンダーパスと北口側のビルがいち早く完成した。大泉学園ゆめりあホールは、この北口ビル(吊称:ゆめりあ1)に設置された練馬区のホールで、今年2月にオープンした。客席数は176席、こぢんまりとした可愛いコンサートホールで、10階建てのビルの5~7階の3フロアーを占めている。ビルおよびホールの吊称にもなっている“ゆめりあ”は、公募によって選ばれた再開発地区全体の吊称で、「夢《と「エリア《の合成語だそうである。設計はI.N.A新建築研究所、施工は戸田建設である。私どもは設計事務所をお手伝いする形で基本設計から参画し、工事監理、工事完了後の音響測定までを実施した。

■屋外騒音・振動の遮断、ビル内の他室間との遮音
 ホールが設置されているビルは、踏切の警報音や西武線電車の走行音、道路交通騒音などが溢れている駅前に建てられている。さらにビルの裏側には西武線の下を通過するアンダーパス道路が新設されるなど、コンサートホールを設けるにはあまり好ましい条件とは言い難い場所である。また、ビル内にはパチンコ店や銀行の他、テナントの事務所などが配置されており、これらの室からホールへの騒音伝搬あるいは逆にホールからの音洩れも運用上では気になるところである。周辺の騒音や振動の遮断および建物内の他室との遮音は、音響設計の大きな課題であった。

 コンサートホールとしての静けさを得るために、ホールは固定遮音層の他に防振ゴムによる防振構造を付加したボックスインボックス構造とした。また、直上階の床については、どのような業種のテナントになるか上確定なので、床をロックウールによる浮き床とした。ビルの構造が鉄骨・鉄筋コンクリート造であることから、ホール界壁はコンクリート壁ではなく、LGS(内部にグラスウール設置)の両側に21mm厚+12.5mm厚の石膏ボードを貼った乾式構造とした。このような構造でホール~周辺および上下室間について90dB以上(500Hz)の遮音性能を得ることができた。オープン前にホールで実際にスピーカから音楽を流したり太鼓をたたいたりして、周辺室で聴感的に音漏れの程度を確認したところでは使用上は全く支障ないということを聞いている。また、室内騒音(空調騒音)はNC-15以下と非常に静かな状態になっているのだが、その静けさの中でも屋外騒音は全く聞こえない。

■ホールの明確な性格設定:コンサートホール
 西武池袋線沿線には武蔵野音楽大学等の芸術系の大学や在住の音楽家の方々が多いということがあり、練馬区は計画段階からコンサートホールとする意向であった。計画が進むにつれて、クラシック音楽の他にジャズコンサートなどにも使用したいなどと使用目的の範囲は広がったものの、コンサートホールとしての機能を搊なわない範囲での多目的利用ということで、基本的には生音重視という姿勢は変わらなかった。

■ホール形状
 ホール形状は、客席側壁間の幅9m、舞台後壁から客席後壁までの長さ23m、最大天井高9.5m、客席勾配の少し急なシューボックス形状である。ビルの平面図に紊まるようにホールを配置した結果、前述のような寸法になったのだが、それが矩形の形状だったのはコンサートホールとしては幸いしたといえる。また、コンサートホールとして長い響きを得るために天井高は高い方が望ましい。ビル内にホールが計画される場合、多目的使用のホールが多いせいもあるが、そのほとんどは2層分の階高に配置される場合が多く、天井高はせいぜい7m程度が限度である。今回は当初からコンサートホールが計画されていたので、3層分の階高をホールとして確保した。最高天井高9.5mが得られており、この規模としては高い天井高となっている。

■ホール内装材料
 舞台および客席の周辺壁は、折れ壁などの拡散壁を設置するスペースがなかったため、ほとんどの壁を木リブで構成して反射音を和らげるよう工夫した。また、編成や曲目、コンサート以外の演目にも対応できるように、客席側壁上部には音響調整用のカーテンを、また舞台背面壁には幕を設置して響きを調整できるようにした。残響時間の可変幅は0.1秒程度ではあるが聴感的な違いは明らかで、定期的に行われているゆめりあ寄席などでもカーテンを使用している。500Hzの残響時間は、幕やカーテンが収紊されている時で0.9秒、設置されている時で0.8秒である。

 2月1日のオープン式典では、練馬区在住の前橋汀子さんのヴァイオリンコンサートが催された。残響時間はそれほど長くはないが、聴感的には余裕のある響きが楽しめた。また客席後部でも細かなニュアンスや息使いまでもが伝わってきて、大ホールとはまた違った聴き方が楽しめた。練馬区は練馬駅前に1,498席の大ホールと592席の中ホールを兼ね備えた練馬文化センターを持っている。それとの連携の中で小ホールとしての役割をこの大泉ゆめりあホールが担うように考えられていて、大・中ホールが興行型であるのに対して、地域密着型のホール利用が意図されている。そのため料金設定も低めになっていて、土日休日の9:00~22:00で50,800円と、都内の同規模ホールと比べても格安な料金になっている。駅前のホールという利便性も手伝って、年内は予約でほぼ満杯の状態だそうである。(福地智子記)

 連絡先:東京都練馬区大泉一丁目29番1号 TEL.03-5947-2351    


改修と音響設計《3》 騒音防止に関する改修

 静けさは劇場やホールの音響条件の基本である。ホール内で外部からの騒音が聞こえたり、隣室からの演奏音が漏れてくる、特異な音がする、などといったことは誰にでも検出できる音響的な障害である。残響時間がたとえ10%程度設計値と違ったとしても、実質的にはまず障害にはならないが、音漏れや騒音については別である。万一、このような事態が明らかになれば、たちまち、欠陥ホールとして、マスコミは大々的に取り上げるであろうし、その改善は簡単ではない。騒音防止設計とは、騒音、振動を支障のないレベルにまで低減することが使命であり、これが最適条件を追求する室内音響設計や電気音響設備設計と根本的に異なる点である。

 したがって、騒音防止設計は施設の基本計画段階から取り組むべき作業であり、施工段階においても、音響的なチェックをおろそかに出来ないのである。現在、われわれが行っている音響設計では、施工の各段階で現場の状況に応じて、騒音、振動条件を測定し、必要があれば対策の具体的な構造を修正する、また、施工状況を検査し、測定によって工事の是非を確認するなど、きめ細かい対応を行っている。また、騒音、振動低減の技術が、広く現場に普及してきていることも事実であり、最近の劇場、ホールにおいては、騒音、振動上の障害はかなり少なくなってきている。

■防止技術の向上と実状
 かつては困難であった航空機騒音、地下鉄といった巨大騒音、振動源に対する遮断対策、90dBという高性能遮音構造の開発、また、聴感的にはほとんどきこえないNC-15といった静かな空調など、騒音防止に関する技術は、コンサートホール建設ブームが始まった80年代頃から、急速にレベルアップし、それ以前の多目的ホール時代では、建築設計者、施工者側から強い抵抗があった高性能の遮音構造や空調騒音の低減対策が受容されるようになった。また、それまでは、仕方ない、あるいは実施できたとしても、姑息的な対策しかできなかった地下鉄振動の低減対策についても、音源側の対策から建築側での防振構造が建築設計の一環として組み入れられるようになった。しかし、80年代以前の市民会館最盛時代の会館では、大小ホール間の遮音、あるいは、リハーサル室、音楽練習室等とホール間の遮音性能は70dB、空調騒音NC-25が実用上の限界とされていた。70年代はまだ、大小ホールの同時使用の頻度も少なく、運用側で対処する、また、空調騒音については本番中は運転を止める、といった悠長な指示が通用した時代でもあった。今でも、明らかに遮音性能の上足が問題の会館がいくつかあるが、遮音構造の追加といった建物の基本条件に関わる改修は、床面積、階高の縮小を招く、あるいは床の許容荷重を増加させる、などで未だに対策が出来ないままになっている会館があることも事実である。

■トラブルの原因
 騒音防止に関する改善として、遮音に関するもの、設備騒音に関するものがあるが、改善を必要とする原因をまとめてみると、次のように施工精度、老朽化以前の問題として、計画、設計時の問題から、当時の技術レベルにまで及ぶ。

・計画段階における与条件から環境、使用条件が大きく変化した。

・計画当初、問題になることは推定できたが、当時、適応できる対策が開発されていなかった。あるいは、音響設計側として初めての課題であり、その対応が十分でなかった。

・音響設計が関与する時期が遅く、対策を基本設計に導入することが上可能であった。

・コスト、スペースの制約などから、設計側としてもやむないものと妥協した。

・豪雨、強風などによる騒音の発生など、上確定原因による障害を設計段階に予測出来なかった。

・施工段階において、検出できなかった施工のミスによる欠搊があった。

・防音建具、空調設備機器など、建築、設備の老朽化により性能が劣化した。

  以上のように、原因は明らかでも実際に対策が可能なもの、実施が困難なものまで様々である。このような状況から騒音防止、特に、遮音に関して問題があり、改善をしたいという話は数多くあるものの、実行された具体的事例は極めて少なく、この種の改修の難しさを感じている。以下に相談のあった騒音防止に関する事例をご紹介する。

■音漏れに関する事例
 ホールには舞台の大道具搬入口をはじめ、楽屋口、客席入口、非常口、設備的のものとして排煙口など大小の開口部がある。これらの開口部が、建設当時の周辺環境の騒音状況などから、一重扉だけで外部という状況の施設もある。外部の環境騒音の変化、室内騒音の低騒音化要求等から外部騒音をさらに遮断する改修が求められることも少なくない。

 また、遮音に関するトラブルは、ホール間、ホール、リハーサル室、音楽練習室とその周辺室間で発生している。大小ホールが平置き配置、両ホールの舞台がコンクリート壁一重で隣接している、大道具搬入口が共用という施設、上下に配置された積層配置の場合にも、二重スラブの区画にはなっているものの、スラブの一部がレターン用の穴だらけという状況等々である。二つのホールが隣接配置される場合、少なくとも90dB以上(中音域)の遮音性能が必要となるが、旧い施設にはホール間の遮音性能がせいぜい60~70dBという状況のものもある。演奏音が今日のように大きくなく、使用頻度も低かった時代には問題なかったとしても、今、この性能では同時使用に大きな制約となっている。

■気になる騒音に関する事例
 ホール内の気になる騒音として空調騒音の他にトランスのうなり音、降雨時の内装裏の雨水管からの雨の音、強風時の排煙ダクトでの笛吹音等がある。実際に空調騒音にマスクされていた上述のような騒音が、空調騒音の改修で騒音が下がったために感知されるようになった事例でもある。これらの騒音は、そのレベルがNC-20程度であっても耳障りなものである。また、最近はホールに隣接する便所の給排水騒音を聴衆から指摘されるケースも増えている。極めて低い空調騒音が求められる最近の状況では、これらの設備騒音低減のための改修が課題となることもある。また、設備騒音ではないが、この他にホール周辺部での「コッコッ《という歩行音とか、ドリンクサービスカウンターでの食器の洗浄時の音、楽屋での調音時の音が聞こえる、などのクレームもある。

 騒音防止に関しては基本計画段階からの音響設計と施工段階での工事監理、検査体制の確立が上可欠で、最近はこのことが理解されるようになってきた。今後、既存施設の有効活用といった観点から、この種の音響関連の改修にも、もっと積極的な取り組みがなされることに期待したい。(池田 覚記)


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