ミュージション川越
音楽を愛好する人にとって、自分の部屋で周囲に気兼ねなく楽器の練習ができることは理想であり、一人住まいの若者、特に音大生にとっては真剣な問題でもある。
一般的に防音に配慮したマンションの場合、躯体の中にもう一層箱を構成する防振遮音構造を採用することが多い。このような構造の場合、確実に遮音性能は確保できるが、1戸当りの有効広さの割に専有面積が多くなり、全体の工事費も上がり家賃も高くなる。
本施設の場合、室内で楽器演奏する場所と受音される場所とをある程度限定し、そこでの遮音が確保されていれば良しとし、遮音構造のために付加されるスペースを極力減らした。その結果、床面積を効率よく確保することができ、比較的安い家賃(月額80,000円前後)を実現している。一方で、オーナー側が、楽器の練習時間帯や楽器の種類に対し制限を設定し、またインターネットを通じた入居者とのあるいは入居者どうしの意見や情報交換の場を設け、住民が互いに理解し合い、快適でトラブルがなく楽しい生活が送れるようなマンションを計画している。ここでは、この施設について紹介する。
建物計画
設計は手塚建築研究所、施工は佐藤秀である。建物は鉄筋コンクリート造8階建てで、基準階には10戸、最上階は基準階の2戸分を1戸とした2倊の広さの住戸が3戸あり、全体で63戸ある。建物の中心の大きい吹き抜けに沿って廊下があり、両側に住戸が並ぶ。各標準住戸には天井高さ3.8mの居間とバス、トイレ、キッチンがあり、それら水周り空間の上に天井高さ1.4mのアップフロアがある。外壁側は床から天井まで一面窓である。居間にはアップフロアに上がる階段があるが、残りのスペースにグランドピアノが置ける空間を持たせている。
遮音性能と遮音構造の設定
床スラブ厚200mmの上にグラスウールの湿式浮き床厚120mmを設け、最も伝搬の寄与の大きいと考えられる隣接室間の界壁は230mmのコンクリート壁+防振遮音壁:繊維混入石膏板8mm 3層+グラスウールを片方の壁に設置している。サッシはガラス厚12mmのはめ殺しスチールサッシ1重のみで、テラスへの出入り口はローラー締まりハンドルのスチール防音扉となっている。また、天井はスラブ現しであるため、それらからの側路伝搬による影響によりサッシの近くやスラブの近く(アップフロア空間)では隣室での発生音が居室の中央よりも大きくなることが予想されるが、ここでは、居間における楽器を演奏する場所間の遮音を確保することを考えて居室中央の場所間で目標遮音性能(D-60~65)を設定している。
入居者へのルールづくり
前述のように、天井スラブからの側路伝搬の影響により寝室空間となるアップフロアでは隣室からの受音レベルが大きくなることが予想され、深夜に楽器の練習をする場合にはお互いの生活に影響を与えることが考えられた。そのため楽器演奏の時間制限と楽器の音量制限を入居にあたっての契約書のなかに盛り込むことになった。入居者募集のパンフレットにも「ご入居にあたっては使用する楽器(金管楽器、打楽器等)に制限があります。レッスン時間は8:00から24:00を基準とします。」と明記されている。楽器の種類を制限するにあたっては、楽器のパワーレベルのデータから100dBを大まかな目安として決めており、その結果、電気楽器(バンド)、金管楽器、打楽器(ドラムス、ティンパニー)等がそのレベルを越える可能性があるため制限の対象としている。また、練習時間帯の制限については、夜12時までの音は「お互い様」として許容できると判断された。
完成後の遮音特性
建物の完成に先立ち、2住戸だけ工事を先行させモデルルームとして一般に公開した。公開の前に遮音性能の測定を行い、まずは目標遮音性能(D-60~65)が満足されていることを確認した。そして公開時には1室にグランドピアノを置き、そこでアルバイトの音大生に演奏し続けてもらい、隣戸の室で音を体験できるようにした。音大生は繊細な弾き方だったこともあり、隣戸ではほとんど聞こえず、見学者が来る度に弾いているかどうかを確認しに行くような状態であった。また、見学者の多くは不動産関連雑誌の記者であったが、音源側と受音側の2住戸を見て遮音性能の感じがつかめたようだった。記者曰く「D-65の性能を謳っているマンションでももっと聞こえるところがある」とのことで、実際の遮音性能を確認しないで設計性能を示している所もあるそうである。
居間の中心部間の音圧レベル差でみると、いずれの測定結果も目標遮音性能(D-60~65)を満足する結果となっている。また、最上階の倊の広さを有する部屋についてはD-65を越えている。
入居後の評判
このマンションは一般の雑誌HANAKO、ブルータス、フィガロジャポンなどにも紹介され、テレビでも採り上げられ話題になった。入居者募集から数週間で全ての室が埋まり、現在では空き待ちに登録している人が大勢いるという。
全室の入居が完了してから一ヶ月後位に、建主である(株)リブランの主催で全入居者に声を掛けて一階のアトリエと呼ばれる空間で入居者パーティーが開かれた。入居者同志が知り合う良い機会でもあり、建て主や我々が入居者に意見を聴く良い機会でもあった。
入居者の中にプロ声楽家のご夫婦、有名オーケストラのハーピスト、室内オーケストラのホルン奏者の方などがおり、そのパーティーで演奏や歌を披露された。その他には意外と音大生が少なく、趣味で楽器を演奏する方が多かった。
入居者の皆さんはこのマンションをとても気に入っていただいており、プロの方でも時間制限は特に支障なく、周囲からの音も全く気にならないとのことだった。 (株)リブランはその後も、単に不動産管理をするだけでなく、インターネットを通じた入居者との、あるいは入居者同志の意見交換や情報交換の場を設けており、お互いのコミュニケーションを重視している。このような特殊なマンションではそういった入居者への配慮も音によるトラブルを解消する大切な手段なのかも知れない。
【問い合わせ先】㈱リブラン tel: 048-474-2313 (小野 朗記)
インバータノイズ障害の広がりと対策
ここ数年の間に私たちの周りにインバータを内蔵した家電機器が増えてきた。例を挙げればエアコン、洗濯機、冷蔵庫、照明器具などが代表的なものである。インバータの機能は一言でいえば周波数変換器である。電力会社から供給されている電気の周波数は地域により50Hzと60Hzに決められているが、使う機器によっては周波数を変えることにより、きめ細かい運転が可能となるだけでなく、電気料金の節約、さらには省エネにもなるので、変換素子などのコストダウン、性能向上にともなって利用はますます広がりそうである。すでに産業界でも電車、エレベータなど身近なものにも広く使われている。
このような便利で優れた機能を持ったインバータであるが、実は副作用もある。それは、周波数変換の過程で障害波を発生し、これが電波として空気中に放射されたり、あるいは電源回線を通して他の設備に影響を与えることである。この障害波の発生はインバータの動作原理上避けられないものであるが、一般の住宅やオフィスなどではこのような障害波に敏感な設備は少ないため支障となることは少ない。しかし、ホールや劇場にはマイクロホンのような微弱な信号を扱う設備があるため、エレベータや空気調和設備にインバータの導入が進むにしたがい、発生した障害波が電源回線を経由して音響設備のマイクロホン回線に侵入して雑音を生ずるケースが増えている。実際にはマイクロホン回線に侵入する障害波のレベルはきわめて低いので通常の音響設備の使用条件では客席の観客に雑音を感知されることはほとんどない。問題となるのは録音用のマイクロホン回線への雑音の混入である。とくにホール・劇場が放送局やレコード会社の番組収録やCD制作に使用される場合は、きわめて低い雑音レベルが要求されるので、その際にインバータノイズの存在を指摘されるケースが多くなっている。インバータ雑音のために放送やレコーディングに使えないという烙印が押されてしまうとホールや劇場の稼働率にも影響するので軽視できない問題である。
ホールや劇場におけるインバータノイズの原因は、ほとんどが電源回線を介しての伝搬によるものなので、インバータ機器の電源回路に障害波遮断トランスを挿入することにより多くは解決されることがこれまでの事例で明らかになっている。であれば、新設のホールや劇場施設では、インバータを使用した機器を設置する場合には障害波遮断トランスの使用を条件とすればよいではないか、ということになるが、これがなかなか実行されていないのが現状である。それはつぎのような理由による。
- 電気設備設計や施工関係者にインバータノイズの実体があまり知られていない。
- インバータ設備を使用しているホールや劇場でもノイズが障害になっていない施設もあり、障害発生について事前に予測することがむずかしい。
- 空調機に使われるような電力容量の大きい障害波遮断トランスは高価なため、すべてのインバータ使用機器にこれを設置することは設置スペース増も含めてかなりのコストアップになる。障害が生じるかどうかわからないのに予算にこれを見込むことに二の足を踏んでしまう。
このようなことから、既設の施設における対策は、不運にも障害が生じてしまったら何らかの手を打つという、もっぱら対症療法によっているのが現状である。しかし、このやり方は障害が起きないことを前提としているため、障害が生じてしまった場合、以下のような問題を生むことになる。
- 対策に要する費用をどこが負担するか明確でない。(ノイズの原因となっている設備が特定されても、設計図書に何の記載もなければ施工者は「設計図通り施工した」と主張し費用負担に応じたがらない)
- 竣工後に障害波遮断トランスを設置することは、費用以外に搬入経路や設置スペース等の点で困難が伴う。場合によっては物理的に不可能ということもあり得る。
程度にもよるが、もし障害が発生したら人件費も含めるとその対策に相当の費用がかかり、設計の段階で対応しておいた方が結局安く済んだ、ということにもなりかねない。これまでは、ホール・劇場でインバータ設備が使われだして間もなかったし、雑音発生の実体も明らかではなかったから対症療法によるしかなかったという事情があろうが、障害事例が増えつつある状況を考えると、これまでのような、障害が生じたら請負者に対策費用を負担させる、というやり方はこれからは通用しにくくなるように思う。たしかに原因者負担主義からいえば責任はインバータ設備施工者にあるということになるが、これは施工者だけに責任を押しつけられない設計も絡んだ問題だからである。
対策方法として確実なのは前述のように障害波遮断トランスの設置であるが、雑音強度によってはインバータ設備の電源線をシールドする、アースの取り方を変えるといった軽微な方法で解決される場合もある。このようなことがこの問題を複雑にしているのだが、ホールや劇場施設の場合は、インバータノイズを避けて通れないものとして、それに対応した設計を行っておくという覚悟を決める時期にきているように思う。やむを得ず対症療法でいくというのであれば、障害発生の可能性、対策工事の要領、対策工事費の扱いなどを設計段階で明確にし、施工者にも入札前にそれらの情報を周知させておくことが必要であろう。ただ、これができたとしても対症療法には対策工事費が事前に確定できないため役所の予算制度とマッチングしないという難しい問題がある。この点が解決されないかぎり公共ホール・劇場においては対症療法的な対策は問題の根本的な解決につながらないといえる。 (中村秀夫記)
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