永田音響設計News 00-05号(通巻149号)
発行:2000年5月25日





ビッグハート出雲

ビッグハート出雲(右はJR高架)
 このところ、山陰地方の建築が話題になることが多い。出雲市の隣町、大社町の大社文化プレイス(本ニュース147号2000.03)や島根県立美術館、そして来年3月にはシーザー・ペリ事務所設計の鳥取県中部定住センターも竣工する。ビッグハート出雲はその一つである。

 本施設はJR出雲市駅南口に昨年12月にオープンした。既にいくつかの建築雑誌に紹介され、施設の内容や設計の意図、様々な評価などがいろいろと掲載されている。ここでは、音響設計に携わった立場からこのビッグハート出雲を紹介したい。

 ホワイエ・ホール一体型:この施設ではロビー、ホワイエ、ホールなどの境界を崩し、ホワイエとホールを視覚的に閉じない一体の空間にしたいという目論見が設計者の小嶋一浩氏/シーラカンス+アソシエーツ(C+A)にあった。実際、完成後にこの建物に入ってみるとサイドバルコニーの後方に位置するホワイエから、舞台を見ることも音を聴くことも雰囲気を感ずることもでき、魅力的な空間が出来上がっている。しかしながら音響条件を考えるとバルコニー背後の壁は客席に反射音を届かせるための重要な面であり、ホワイエとホールとの壁を全てなくす訳にはいかなかった。設計ではこの仕切をオペラハウスで使われる反射性のカーテンを採用することにしていたが、小嶋氏は最後までどのような仕上げにするか決めかねていた。結局、現場でサイドバルコニー席の背後の「開口《を見ながら小嶋氏と話し合い、最終的に反射面として大きく寄与すると考えられる面についてのみ、最小限のガラスを入れることになった。

 音響条件とデザイン:国内にあまりに画一的なホールが多いことをとらえ、それが音響条件に縛られているためとの思いが高じてのことであろうか、“どこの地域でも音の良いホールを作る必要はない”と極論をいう人もいるようである。しかしそれは計画する立場の奢りであって地域の市民に対する真摯な姿勢ではない。市民にとっては空間の面白さもさることながらホールの持つ性能も重要であって、良いものを望むのは当然のことであり、いかなるプロジェクトにおいても与えられた条件の中で最大限の努力を払うのが設計者の勉めであると考える。本件では市民を交えてのワークショップが何度か開かれ、設計の意図や市民の要望などを直に語り合う機会が得られた。このワークショップによりこのようなホワイエとホールが一体となるような思い切ったプランが理解され実現可能になったと言えるが、一方で音楽が盛んな地域でもあり、思っていた以上に音響性能に対する要望や期待が多かった。設計者の小嶋氏にはこのような思い切ったプランを実現しながらも、市民の要望する音響性能を実現したいという期待があったと思う。それは、ある程度実現できたように思っている。

白のホール(反射板セット)
 客席のついた走行式反射板:一般的な多目的ホールでは音響反射板が舞台上部か後方に収紊されていて音楽会の時にセットされる形式がほとんどであるが、この施設では袖に控えている櫓状の可動客席が音楽会の時には舞台中央側に移動し、さらに天井反射板が後方から迫出され客席が舞台を取り囲むような直方形の空間を構成する機構となっている。固定のバルコニー席から可動客席に同レベルで乗り込むことができ、その隙間は数センチで渡し板もいらないほどに調整されている。観客と演者が一体となる明るく楽しい雰囲気の空間となっており、演奏者が観客のまわりのバルコニーで演奏するような形式の演出も可能である。

 鉄道の騒音振動対策:ホールの舞台側外壁から約10mの所にJR線が通っており、その騒音については、客席の外壁をガラスで構成するとそこを透過する音がホール内でNC-30を大きく上回ることが予想された。このガラス面からの騒音の影響を低減させることを考慮し、鉄道側の舞台フライタワーをRC造2重壁とし厚い防音塀の効果が得られるように設計者に提案した。その結果、黒く塗られた大きなフライタワーが横に張り出し、ガラス張りのホワイエとホールをかばう配置になっている。鉄道振動については、工事前の敷地の振動調査結果から列車走行時のピークレベルで地盤振動による影響は舞台上でNC-25~30程度になることが予想された。振動対策としては、一般的に地盤に接する構造体部分に緩衝材を挟んだり室を浮構造にするなどの方法があるが、いずれもかなりの工事費が発生する。ここでは列車通過の頻度や工事予算を考慮した結果、そのような防振対策は行わないものとした。
 竣工時の測定ではホール内での列車通過音はピークでNC-27程度であり、ほぼ地盤からの振動伝達の寄与が大きく、ガラス壁(2重)からの影響はほとんど見られなかった。

 廣村氏のサイン計画:この施設のもう一つの魅力がサイン計画である。廣村氏は無印良品のデザインをされたデザイナーであり、紀尾井ホール紀尾井シンフォニエッタ東京のチラシのデザインもされている。受付には「受《、トイレには「厠《、搬入口には「搬《といった文字が扉一面に廣村氏デザインのロゴで描かれている。一般的に使われるようなアクリル板や金属板にスクリーン印刷されているわけでなく、扉やガラス面に直に描かれており、予算的にも抑えられているようだ。しかも、これが建物のイメージに良く合っている。2階の通路などは建築的に素っ気なく裏方空間のイメージだが、廣村氏のサインにより市民の使いやすい工房的なよい雰囲気を醸し出していると思う。

【問い合わせ先】ビッグハート出雲 Tel: 0853-20-2888     (小野朗記)


円形ホールの音響設計

 音の集中が起きやすいので室内音響の教科書ではまず避けたい(避けるべき)形状とされている円/楕円形状平面やドーム/ボールト天井などのホールの実例や最近携わった設計例から音の集中現象とその緩和方法について紹介する。

円形ホール中央部の
エコーダイヤグラム
 円形平面や球形の室内の中央で拍手などの短い音を発するとしばらく遅れて大きな反射音が返ってくる。その場所でしゃべると自分の声が拡声されたように大きく聞こえる。これが音の集中で、パルス音を発生させて反射音の到来状況を記録するエコーダイヤグラムでは右図のような波形が観測される。直接音よりも大きな反射音の塊となる場合もある。音源が中央にない場合でも中心と対象な位置では音の集中が起きやすい。また、フラットな床の場合には床からの反射音の集中も加わるので、机・イスなどの備品が搬入される以前の空室状態では、音の集中がより顕著に感じられる。

 劇場の歴史を遡ると、まず登場するのはギリシャ・ローマ時代の円形劇場である。円形ステージ(オルケストラ)を中心に急勾配の観客席が同心円状に取り囲んでおり、天井(屋根)は見られない。音響的には演者から球面状に拡がる直接音と床からの反射音が効率良く伝わる観客席配置と解釈できる。16世紀には演劇が盛んなイングランドで円形または多角形平面のシェークスピア劇場が建設されている。屋根の無い平土間を3層の桟敷席が取り囲む形態で、桟敷席観客の吸音・散乱効果により音の集中が和らげられていたのではないかと考えられる。国内では水戸芸術館ACM劇場(本ニュース28号1990.04)や静岡グランシップの静岡芸術劇場(本ニュース138号1999.06)が同様な形式の劇場で、バルコニー席後壁の煉瓦すかし積が吸音・散乱の役割を担っている。

 一方コンサートホールでは、平面形が楕円のコンセルトヘボウ・リサイタルホール、平面形は長方形ながら天井の短手方向が樽型ボールトのロンドンのウィグモアホールや、楕円平面・ドーム天井のロイヤルアルバートホールを例に挙げることができる。前の2ホールはリサイタルホールで規模が小さいため、特別な音響処理は見られない。ウィグモアホールは室内楽奏者のロンドンデビューのホールとしてステータスの高いホールである。その樽型天井は、焦点が客席より上にあるためか特異な音の集中は感じられない。ロイヤルアルバートホールでは、ドーム天井からかなり遅れて客席に返る反射音を遮り、かつ有効な反射音を得るための円盤が多数吊られている。

 劇場・コンサートホール以外の球形空間としては、プラネタリウムやドーム映画館が挙げられる。これらのドーム天井の仕上げは有孔金属板で、背後には吸音材(グラスウール)が敷き詰められている。ただし、映写/映像効果の低下を防ぐために、あまり大きな開孔率の有孔板にはできない。したがって、このような室の内部で音を発生させると場所によっては音の集中を強く感じることになる。ただし、解説や映画の音声はドーム外側のスピーカから拡声されるので実際には支障にならないのである。

 この音の集中を音響的に緩和する方法としては、①円形を部分的に崩すこと、②円形あるいは球形部分を拡散・吸音仕上げとすること、が挙げられる。最近の実例をいくつか紹介する。

1)桜井市図書館講堂(奈良県)
半径10.8mの円形平面、屋根は緩やかな球殻。
天井を階段状に折り上げ、中央部には下に凸の反射面を取り付け。壁面ガラスの前面に吸音カーテンと簾を下ろす。

2)大正複合施設円形ホール(大阪府)
半径10.5mの円形平面、視覚天井。
天井裏の舞台機構、ダクト、キャットウォークが拡散と吸音の役割。壁面は四角錘の拡散形状で、有孔ボードによる吸音仕上げを分散で配置。

3)大阪国際会議場特別会議場(大阪府)
半径11.5mの円筒の上にドーム天井。
ドーム天井は有孔アルミパネル(開孔率20%)の吸音仕上。中央部リング状照明の内側は透光性の幕貼。


 上で“緩和する方法”と書いたように、こうした対応を行っても音の集中がまったく解消されるわけではないが、実用上問題がない程度には和らげることができる。特に電気音響設備を使った講演会・会議などは、ほぼ支障なく行うことができる。設計サイドとして重要なのは、軽い音の集中が生じるのは室の特徴であり、それを補って余りある雰囲気の建築空間であることを理解・認識してもらう努力ではないかと思う。     (小口恵司記)


本の紹介

◆『劇場工学と舞台機構』 小川俊朗 著  オーム社発行 平成12年4月 定価 5,000円

 著者の小川俊朗さんは1962年、早稲田大学文学部演劇専修終了後、1992年まで、海外のオペラハウス、劇場で研鑽を積んでこられた異色の経歴の舞台人である。アメリカで活躍されている小川さんのことはかつての劇場関係の機関誌の記事や舞台関係の方々から伺っていたが、直接お会いしたのはディズニーコンサートホールのプロジェクトが始まった時である。この著書は小川さんがドイツ、アメリカで学ばれ、体験された劇場機構の原理、仕掛け、構成などについての解説書であり、実務をとおして集積された膨大な資料が紹介されている。電子技術先行のわが国で、しかも、伝統的なしきたりが残っている劇場界で、ドイツが得意とする機構の全容はまだ十分に消化されていないのではないだろうか。小川氏自らの手による図面、最先端の機構の写真―やや上鮮明なのが残念―が魅力的である。この書が今後、わが国の劇場技術における国際化の突破口となることを期待している。                                   (永田穂記)


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